【第52話:不純な水増し請求 —— 22歳の奴隷、砂の街で「スラムの記憶」が蘇る】
「……おい、起きろ『水瓶』。商売の時間だ」
ガラムの野太い声と共に、馬車のカーテンが乱暴に開け放たれた。
目に飛び込んできたのは、焼け付くような太陽と、どこまでも続く黄金色の砂丘。連邦の肥沃な大地とは正反対の、死と渇きが支配する砂漠の街『カササ』だった。
「……ひぃっ、……暑い。……これ、……オフィスのエアコンを……環境保護のために……28度設定に固定……された時より……ずっと地獄や……」
田中は鎖を引かれ、フラフラと馬車を降りた。
22歳の若くしなやかな肉体は、連日の過酷な移動で泥と汗にまみれている。首の魔封じの首輪は、砂を噛んで嫌な感触を立てていた。
ガラムは街の中央広場に陣取ると、仰々しく鐘を鳴らした。
「さぁ寄ってけ! 今日は特別だ! 泥水に喉を焼かれるのはもう終わりにしろ! この『純水魔導師』が、お前らの乾いた胃袋に聖母の涙を注いでやるぞ!」
「……聖母の涙……? ……誰が……そんな……不純な……。……俺、……ただの……51歳の……給湯器やぞ……」
田中が文句を言おうとすると、ガラムが首輪の鎖をグイと引いた。
「おい、田中。指を出せ。コップ一杯分だ。……ただし、魔力は最小限にしろ。首輪が『過剰抽出』と判断すれば、お前の心臓が止まる設定に変えてあるからな」
田中は震える指先を、行列を作る住人たちの空の容器に向けた。
5年前、王国のスラムで、明日食うパンのために一滴ずつ水を売っていたあの頃の感覚が、嫌な手触りで蘇ってくる。
ピチャ、ピチャリ。
「……あぁ、……真水だ! 混じりけのない、本物の水だ!」
住人たちが歓喜の声を上げる。
だが、その傍らでガラムが受け取っている対価を見て、田中の商社マンとしての「勘」が警報を鳴らした。
「……ちょっと、……ガラムさん。……今の……コップ一杯で……銀貨3枚も……取ったんか? ……それ、……王国のスラム価格の……100倍……いや200倍の……ボッタクリ……やで……」
「黙ってろ。ここは水が金より高い場所なんだよ。お前は黙って水を出してりゃいい。……お前の一日のノルマは100リットルだ。出し切るまで飯抜きだぞ」
100リットル。魔力を封じられた状態での強制労働。
田中は、砂にまみれた自分の足元を見つめた。
22歳の若々しい足先。だが、その一歩先には、搾取され続けるだけの「奴隷」としての未来が口を開けている。
「……なるほどな。……あんた、……短期的な……キャッシュフロー……しか……見てへんわけや。……顧客満足度……無視の……殿様商売……」
田中は、指先から垂れる水を眺めながら、不敵に目を細めた。
首輪のせいで、今はまだ「酒精」は出せない。
だが、かつてスラムを生き抜いた「給湯器」としての経験値は、首輪ごときでは封じられない。
「……見てろよ、ガラム。……俺はな、……倒産寸前の会社を……裏帳簿と……根回しだけで……立て直してきた男や。……あんたの……ボッタクリ経営、……根底から……不純にして……破産させたったるからな……」
砂漠の熱風の中、田中は初めて、首輪の重さを忘れてニヤリと笑った。




