【第50話:不純な拾得物 —— 51歳、辺境の海岸で「査定」される】
「……ごほっ、……げほっ! ……塩辛っ……。……鼻の奥まで、……磯の香りと……ヘドロの臭いが……不純に突き刺さっとる……」
肺に溜まった海水を吐き出しながら、田中は力なく砂を掴んだ。
指の隙間からこぼれ落ちる砂粒。5年間かけて築き上げた「岩塩パレス」も、仲間との平穏も、ポチのフカフカの背中も、すべて濁流の彼方に消えてしまった。
「……あかん、……目ぇ開かへん。……まぶたが、……塩で固まっとる……。……51歳の粘膜、……海水の塩分濃度に……耐えられへんって……」
ズタボロになった藍色の服は、海水を吸って異様に重い。左足の靴はどこかへ流され、右足の指先は岩場で切り刻まれていた。体温は奪われ、指先から「熱湯」を出そうとしても、ピチャリと冷たい雫が垂れるだけ。
「……ポチ……。……お前、……今頃激怒して……海に向かって……吠えとるんちゃうか……。……すまんな、……俺、……情けない……『不純な漂流物』に……成り下がってもうたわ……」
意識が再び闇に沈みかけた、その時だった。
「……おい、何か打ち上がってるぞ。……人間か? 魚の餌か?」
上から降ってきたのは、連邦の騎士のような冷徹な声でも、レナのような鈴を転がす声でもない。
もっとこう、**「潮風で喉を焼いたような、ガサついた野太い声」**だった。
「……汚ねぇジジイだな。……死んでんのか? ……おっ、待てよ。この服、ボロボロだが……随分と良い布を使ってやがるな。……連邦の貴族の成れの果てか?」
ガサゴソと、荒っぽい手つきで田中の胸元が探られる。だが、そこにあるのは濡れそぼって文字も読めなくなった「嘱託職員」の契約書の切れ端だけだ。
「……ちっ、金目はなしか。……おい、この指……見てみろ。指先だけ真っ白にふやけてやがるが、爪の形が……ただの労働者じゃねぇ。……こいつ、魔導師か何かか?」
「……知るかよ。放っておけ。……いや、待て……。こいつの指から滴ってるこの雫……海水にしちゃあ、妙に粘り気が……」
田中は、重い瞼を必死に持ち上げた。
逆光の中に立っていたのは、ボロボロの革鎧を纏い、顔に深い傷跡のある男だった。男は田中の指先から滴る「ぬるま湯(魔力の残滓)」を舐め、顔をしかめた。
「……真水……? ……おい、こいつ。この状況で、真水を生成してやがるのか……?」
「……ひぃ、……あ、……あの……。……俺、……怪しいもんや……。……ただの、……51歳の……窓際……商社マン……で……」
「……なんだか分からねぇが、こいつ、歩く『真水生成器』かもしれねぇぞ。この先の砂漠地帯の連中に売れば、良い値がつく……。……おい、運べ! 死なせるなよ!」
田中は、乱暴に担ぎ上げられた。
51歳の身体が、荷物のように揺さぶられる。
「……あぁ、……拾われた……。……でもこれ、……『ホワイトな救助』やなさそうやな……。……今度は……浄水器扱いや……。……不純やわぁ……」
波音の遠ざかる音を聞きながら、田中は今度こそ深い眠りに落ちた。




