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【第49話:不純な漂流 —— 51歳、意識を濁流に預ける】

「……はぁ、……ひぃ、……もう、……一歩も動けへん。……51歳の心肺機能、……完全に『減価償却』終わっとるわ……」


断崖を滑り落ち、追っ手の目を眩ませるために飛び込んだ激流。冷たい水が、ボロボロになった藍色の服を容赦なく締め付ける。岩に身体を打ちつけ、泥水を飲み込みながら、田中は必死に水面に顔を出そうともがいた。


だが、背後から迫る魔法の光と、仲間を見捨てて逃げ出したという自責の念が、鉛のように身体を重くする。


「……ポチ、……レナさん、……すま……ん……。……俺、……また……逃げて……」


視界が、急速にセピア色に染まっていく。

全力で走り続けた心臓が、不規則なリズムを刻んで悲鳴を上げていた。指先から「熱湯」を出して体温を維持しようとする、その最後の魔力さえ、もはや残っていない。


「……あかん、……これ、……接待帰りに……終電逃して、……駅のベンチで意識飛ばす時の……あの感覚や……。……不純やなぁ……。……最後くらい、……布団で……寝たかった……」


意識が遠のく中、田中の身体は抗うのをやめた。

激流に呑み込まれ、木の葉のように翻弄されながら、川幅が広がる下流へと運ばれていく。


「………………」


何時間、あるいは何日経ったのか。

川の荒々しい振動が、いつの間にか、ゆったりと寄せては返す「大きな揺らぎ」へと変わっていた。


田中は、意識を失ったまま、連邦の東端にある名もなき海岸へと流れ着いた。

右の靴はなく、左の袖は引きちぎられ、全身は塩分と砂にまみれている。かつての「岩塩パレスのオーナー」の面影はどこにもない。


「…………う、……ぅ……」


波打ち際で、わずかに指が動く。

だが、目を開ける気力はない。ただ、頬を撫でる潮風と、遠くで鳴く海鳥の声だけが、自分がまだ「生きてしまっている」ことを告げていた。


「……海……か。……俺、……どこまで……流されたんや……。……独りぼっちやな……」


51歳の商社マン、異世界転生から5年。

すべてを失い、文字通り「漂流物」へと成り下がった男を、鈍色の空が見下ろしていた。


その時、砂を踏みしめる、複数の足音が近づいてくる。


「……おい、見ろ。何か打ち上げられてるぞ」

「……人間か? 藍色の……ボロボロの服を着てやがる」


意識の淵で、聞き慣れない、しかしどこか「荒っぽい」声が響いた。

田中は、その声の主を確認することもなく、再び深い闇の中へと沈んでいった。

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