【第48話:不純な落日 —— 51歳、聖域を焼かれ「逃亡者」となる】
「……おい、ポチ。……たまには羽伸ばしてこい。……例の、……『森の主』の彼女、……そろそろ寂しがっとる頃やろ? ……俺はレナさんたちと、……新商品の『不純なカクテル』の試作でもしとくわ」
それが、運命の分岐点だった。
ポチが、たった一匹の恋人に会うために魔の森の最深部へと向かい、パレスから「伝説の覇気」が消えたその隙を、連邦ギルドは見逃さなかった。
「……警告鈴が……鳴り止まへん。……これ、……一人の足音やない。……軍隊か、……それとも……」
岩塩の扉が、外側から凄まじい衝撃で粉砕された。
土煙の中から現れたのは、バルトロ支部長率いる、連邦最強の武力集団――『紅蓮の牙』と並び称される、別の二つのS級パーティーだった。
「……レナ、ドーン。同僚に剣を向けたくはないが、これはギルド本部の決定だ。……その『隠者』を引き渡せ。拒むなら、反逆罪としてこの場で殲滅する」
「……ふざけないで! 田中さんは私たちの命の恩人よ! ……くっ、カイル、ハンス! 迎撃用意!」
レナたちが叫ぶが、多勢に無勢。同格のS級二組を相手に、負傷上がりの彼女たちが太刀打ちできるはずもなかった。
魔法が乱れ飛び、自慢の岩塩カウンターが砕け散る。
「……やめろ! ……もうやめてくれ! ……レナさん! ……ドーンさん!!」
田中の目の前で、仲間たちが次々と組み伏せられていく。51歳の商社マンにとって、自分を慕ってくれた若者たちが血を流す光景は、どんなパワハラよりも残酷だった。
「……あぁ、……そうか。……俺がここに居るから、……みんなが傷つくんやな。……俺が……この『不純な力』を持ってるから……」
「……田中殿! 逃げて……! ……ポチを……ポチを呼んで……!!」
ドーンが地面に押さえつけられながら叫ぶ。
その時、支部長バルトロが、安全な後方から冷酷に告げた。
「……ククッ、無駄だ。すでに森の周囲には魔力を遮断する結界を幾重にも張らせた。あのフェンリルが異変に気づいて戻ってくる頃には、全て終わっている。……田中殿、君はギルドの地下深く、銀貨5枚の価値もない『生きた魔力タンク』として繋がれる運命なのだよ」
田中は、指先から酒精を――ではなく、**「熱湯」**を霧状に噴射した。
一瞬の視界不良。51歳の社畜が、人生で一度だけ見せた火事場の馬鹿力。
「……すまんな、……みんな。……俺、……また逃げるわ。……でも、……捕まってたまるか。……銀貨5枚で……俺の人生、……買い叩かせてたまるかぁぁ!!」
田中は、砕けた岩塩の隙間から、パレスの裏手にある断崖へと身を投げた。
背後でレナたちの悲鳴と、追いかける兵士たちの怒号が響く。
冷たい雨の中、泥にまみれ、藍色の服をボロボロにしながら、田中は森の闇へと消えていった。
かつて転生した直後のように、何もかもを失って。
ただ一つ、指先から出る「不純な酒精」と、心に刻まれた「復讐の火」だけを抱えて。




