【第47話:不純な組織論 —— 51歳、ギルド支部長の「大人の詰将棋」に嵌まる】
「……おい、ポチ。……入り口の鈴が、さっきから『督促状の束』をポストに叩き込むような、嫌に静かで重いリズムで鳴っとる。……後ろに、もっと『部下の弱みを握ってから微笑むタイプの上司』が張り付いとるぞ」
パレスの岩塩の扉が、音もなく開いた。
現れたのは、磨き上げられた一足の革靴。アイゼンガルド連邦の東部支部長・バルトロは、私兵を入り口に待機させ、一人でパレスの中へと足を踏み入れた。
彼はレナやドーンを一瞥だにせず、カウンターの奥で藍色の服を着て佇む田中を、冷徹な鑑定士のような目で見据えた。
「……君が、レナたちが報告を濁していた『隠者』か。……なるほど、フェンリルの横でこれほど平然としていられるとは、相当な手練れと見える」
バルトロはカウンターから数歩離れた位置で立ち止まり、手袋を脱ぎながら、事務的な口調で告げた。
「……単刀直入に言おう。連邦の市場に流れている『不純な酒精』。その出所を調査した結果、このパレスが特定された。……そして、現在ギルド本部では、君と『紅蓮の牙』に対し、違法薬物の密売および、魔導触媒の不正所持の疑いで逮捕状の準備が進んでいる」
「……はぁ? ……密売? ……俺はここから一歩も出んと、……ただ酒飲んでただけやぞ。……言いがかりもええとこやな」
田中は指先を弄びながら答えたが、バルトロの表情は一切崩れない。
「……市場とは、真実ではなく『法』で動くものだ。……たとえ君が潔白だとしても、ギルドが『黒』と断じれば、このハイウェイは封鎖され、君の仲間たちは連邦から追放される。……君も、この歳で指名手配犯として森を彷徨いたくはあるまい?」
バルトロは懐から、一通の公的な封蝋がなされた書状を差し出した。
「……これは、君をギルドの『外部顧問』として招聘する公式文書だ。……条件は、酒精のレシピの全面開示と、パレスの管理権の譲渡。……報酬は……月給銀貨5枚だ。 ……これを受け入れれば、逮捕状は私の権限で握りつぶしてやろう」
「……月給銀貨5枚。……あんた、……5年前の王国と同じ数字を……この立地で、……この規模の商売相手に、……平然と提示してくるんか……」
田中は、51歳の商社マンとしてのプライドを、冷たい針で刺されるような感覚を覚えた。
バルトロは、田中を「対等な商人」ではなく、単なる「管理すべき資源」として、極めて低コストで買い叩こうとしている。
「……レナ、ドーン。君たちも、自分たちの『ライセンス』が惜しければ、この男を説得したまえ。……君たちの将来は、この一枚の紙にかかっているのだから」
「……っ、……支部長……!」
レナが剣の柄に手をかけるが、バルトロはそれすらも見越したように、冷笑を浮かべた。
「……ポチ。……見てみ。……この支部長さん、……俺を『人』やなくて、……ただの『蛇口』扱いしとる。……しかも、……自分に都合のええ時だけひねるつもりや……」
田中は、かつて自分が逃げ出した「巨大な組織の身勝手さ」を、この異世界で、最も不純な形で突きつけられていた。




