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【第4話:拉致とコンプライアンス —— セレスとの遭遇】

ある日の夕暮れ、スラムの「移動式足湯・田中」が繁盛のピークを迎えていた時のことだ。談笑していた住人たちが、何かに怯えるように一斉に蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。重厚な鉄の響き、そして蹄の音。石畳を叩くその音は、明らかにスラムの住人が出すものとは異なっていた。


現れたのは、白銀の甲冑に身を包んだ王宮騎士たち。そしてその中心で、一際毛並みの良い白馬に跨る、氷のような瞳をした女――魔導師団長セレスだった。


「貴様が、この異常な高純度魔力水の主か」


セレスの声は、冬の北風のように冷たく、一切の感情を排していた。田中は51年の人生経験と、商社での修羅場から、目の前の相手が「話の通じない絶対的な権力者」であることを瞬時に察知した。彼は22歳の瑞々しい顔に、商社マン時代の「困り顔の営業スマイル」を必死に貼り付けた。


「あの……許可ならちゃんと取ってますよ。元締めにも場所代払ってますし。いきなり大勢で囲むなんて、コンプライアンス的にどうなんですか? せめてアポイントメント取ってくださいよ。……名刺、切らしてましてね」


「コンプライアンス? 戯言を。貴様のその異能、王国の軍事力として徴用する。……連れて行け」


セレスの冷酷な合図とともに、左右から筋骨逞しい騎士たちが田中の細い腕を掴み上げた。


「おい、離せ! 俺はただの、お湯出し係やぞ! 接待なら得意やけど、戦うなんて無理やって! 労基署に訴えるぞ! ……せめて、お湯代の回収だけさせてくれーー!!」


田中は、かつて風俗の領収書を嫁に突きつけられた時以来の絶望感に襲われながら、軍の拠点へと引きずられていった。51歳の精神は、早くも「……あかん、これ残業代とか絶対出えへんし、下手したら有給どころか寿命まで削られるパターンや」と、真っ黒な未来を予感して震えていた。

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