【第43話:不純な夜学会 —— 51歳、異世界の常識を論破する】
「……全敗や。……全敗やぞ……。……俺たちが、……アイゼンガルドで『最強』と謳われるこの俺たちが……盤の隅っこを奪い合うだけの遊びで、……一人の『ただの男』に全滅させられるとは……」
ドーンが真っ白に燃え尽き、岩塩のカウンターに突っ伏した。
その横で、田中は鼻歌交じりに「保冷スペース」から、不純な酒精に浸しておいた**『燻製魔獣肉のカルパッチョ風』**を大皿に並べていく。
「……ドーンさん、……勝負は時の運や。……それより、……今日はレナさんが持ってきてくれた『特級ハチミツ』を隠し味に使ったタレや。……これ食うて、……機嫌直しなはれ」
田中が差し出したのは、魔の森の凶暴な蜜蜂から採取されたハチミツと、岩塩、そして酒精を煮詰めた特製のソースをかけた逸品だ。
一口食べた瞬間、戦士たちの脳内に「不純な多幸感」が駆け抜ける。
「……はぁ、……美味しい。……田中さん、……貴方は本当に不思議な人ね。……これだけの知略と、……これだけの食の知識……。……どうして、……あんなスラムのどん底で、ボロボロになっていたの?」
レナが、酒精の力で少し赤くなった顔を上げ、田中に問いかけた。
他の面々も、食べる手を止めて注目する。
最強の戦士たちから見れば、田中の持つ「合理性」や「先読み」は、一国の軍師ですら持ち得ない、異質な知性に映っていた。
「……あ? ……スラム? ……ああ、……あそこは単なる『マーケットリサーチ』の失敗やな」
田中は、グラスを傾けながら、51歳の商社マンとしての冷徹な視線で、かつて自分を追放した「南の王国」の社会構造を切り捨てた。
「……ええか、……あそこの王国は『情報の流動性』が低すぎるんや。……上の連中は既得権益を守ることに必死で、……下の有能な人材を使い潰しとる。……そんな仕組み、……遠からず破綻する一方やぞ」
「……リウドウ……セイ……? ……キトク……?」
ドワーフのガラムが、聞き慣れない単語に眉をひそめる。
「……要するにやな、……『力こそ全て』なんて言うとるうちは、……三流や。……本物の強者は、……『仕組み』を作る。……自分が戦わんでも、……勝手に富と平和が回るような……そんなサイクルをな」
田中は、窓の外で害獣駆除を終えて毛繕いをしているポチを指差した。
「……見てみ。……ポチは戦うのが好きやからええけど、……俺は嫌いや。……だから、……あんたらに最高に居心地のええ場所を提供して、……美味しい酒を飲んでもらう。……そうすれば、……あんたらが勝手に外の魔物を掃除して、……食材を運んできてくれるやろ? ……これが、お互いが一番得をする形なんや」
「……なっ、……!?!?!?」
レナたちは絶句した。
自分たちが命がけでこのパレスに通い、食材を献上している行為が、実は田中の「理論」の中に、ごく自然に組み込まれていたという事実に。
「……不純だ。……どこまでも不純だぞ、田中殿! ……俺たちは、……この旨い酒とオセロのために……知らず知らずのうちに、……貴殿の『警備員』兼『仕入れ担当』にされていたというのか!?」
「……がっはっは! ……ドーン、……気づくのが遅いわ! ……だが、……こんなに快適な職務なら、……ワシは一生辞めたくないぞ!!」
ガラムの豪快な笑い声が、岩塩の壁に反響する。
戦士たちは、田中の語る「不純な合理主義」に震えながらも、同時に心地よい敗北感に浸っていた。
厳しい階級社会や、血生臭い武力の論理ではない、**「お互いが快適だから、一緒にいる」**という、現代日本の感覚に基づいた新しい「絆」。
「……ポチ。……アイツら、……ショック受けてる割に……おかわり欲しそうな顔しとるな。……不純や。……魔の森の英雄たちが、……51歳の『大人の理屈』に完敗やわ……」
夜が更けるまで、51歳の元商社マンによる「不純な夜学会」は続いた。
それは、剣や魔法よりも鋭く、異世界の猛者たちの価値観を、根底からひっくり返していく時間だった。




