【第41話:岩塩パレスの落成式 —— 51歳、不純な「常連」たちに囲まれる】
「……おい、ポチ。……これ、……夢やないよな? ……俺、……ただの岩穴に住んでたはずや。……なんで、……壁が鏡みたいに磨き上げられて、……足元に『魔導式床暖房』まで入っとるんや……」
工事開始からわずか数日。
ドワーフのガラムが「これぞ職人の魂よ!」と叫びながら槌を置いた時、そこにはもはや「洞窟」と呼ぶには恐れ多い空間が広がっていた。
岩塩を精密に切り出したカウンターは、琥珀色の酒を注げば内側から発光するかのように輝き、奥にはポチが巨大な体を預けても余りある、ふかふかの毛皮(ハンスが道中で狩った魔物の特級品)が敷き詰められている。
「……ガラムさん、……やりすぎや……。……これ、……商社の『接待用迎賓館』より豪華やぞ……」
「……がっはっは! ……田中殿、……つまらんことを言うな! ……これだけの酒を作る男が、……薄汚い穴蔵に住んでいるなど……連邦の酒飲みの名折れじゃわい!!」
ガラムは真っ赤な顔で、完成したばかりの岩塩カウンターを叩いた。
横では、『紅蓮の牙』のリーダー、ドーンが呆然とグラスを握りしめている。
「……レナ、……お前……。……こんな場所を……自分たちだけで独占しようとしていたのか? ……これは……国家機密級の贅沢だぞ……」
「……ふふっ、……だから言ったでしょ、ドーン。……ここに来れば、……任務の疲れなんて……一瞬で溶けてなくなるって」
レナは満足げに、新調された「岩塩ソファー」に深く腰掛けた。
田中は、呆れ果てながらも、51歳の「接待魂」が疼くのを止められなかった。
「……はぁ。……もうええわ。……これだけ立派な『店』を作られたら、……店主(俺)が不貞腐れてるわけにもいかんしな。……ほら、……ドワーフのおっちゃんも、……ドーンさんも! ……今日は『落成祝い』や! ……樽の中身、……全部空ける勢いで飲みなはれ!!」
田中が指先を鳴らし、木樽から溢れんばかりの酒精を注ぐ。
その瞬間、岩塩の壁が酒精の香りを反射し、洞窟全体が「飲むだけで酔う」ような、不純極まりない香気に包まれた。
「……乾杯ーーー!!!」
戦士たちの怒号のような乾杯の声が、魔の森の深淵に響き渡る。
レナたちは、かつてないほどのリラックスした表情で笑い、ドワーフたちは「この壁の削り具合が……」と職人談義に花を咲かせ、ポチは戦士たちが持参した最高級の肉を食んで、機嫌良さそうに尻尾を振っている。
田中は、マントから昇格した藍色の服の袖を捲り、カウンターの中で次々とグラスを満たしていった。
「……ポチ。……俺、……隠居して『一人で静かに』暮らすつもりやったんやけどな。……どうも、……51歳の商社マンの運命は、……どこまでも『接待』から逃げられへんみたいやわ……」
「……でもな、……これだけ喜んでもらえたら、……悪い気はせんな。……不純や。……この隠居生活、……賑やかすぎて……最高に不純やわ……」
宴は、夜が明けるまで続いた。
翌朝、満足げな顔で(そして盛大な二日酔いと共に)帰路に就く『常連客』たちを見送りながら、田中は確信した。
ここはもう、ただの隠居所ではない。
大陸最強の戦士たちが、その牙を休め、ただの「飲み助」に戻るための、世界で唯一の**『魔の森の秘密基地』**なのだと。




