第39話:文明の味と、遠くで燻る『不純な勧誘』
「……ポチ、見てみ。……これ、……ハンス君が置いていった『乾燥肉』と、俺が採ってきたキノコや。……それを、……この小鍋でコトコト煮込んでな……」
アイゼンガルドの五人が去ってから数日。
田中は、岩塩の洞窟の前にしつらえた小さな焚き火を囲んでいた。
5年間、生の果実か、ポチが仕留めた獲物を岩塩プレートで焼くだけだった「原始人スタイル」の食卓に、ついに「スープ」という革命が起きたのだ。
「……ズズッ、……はぁぁ……。……不純や。……温かいもんが胃を通るだけで、……51歳の……いや、22歳の魂が震えとるわ……。……ポチ、お前も飲むか? ……塩分控えめやぞ」
ポチは、自分専用に用意された岩塩の器からスープをペロリと平らげ、満足そうに喉を鳴らした。
新しい藍色の服は、驚くほど丈夫で、それでいて風を通さない。田中は5年ぶりに「衣食住」が人並みに揃った実感を噛み締め、焚き火の爆ぜる音に耳を傾けた。
一方その頃。
アイゼンガルド連邦の辺境都市、冒険者ギルドの奥深くにある「行きつけの酒場」では、とんでもない極秘会議が開かれていた。
「……いい、カイル。……公式の報告書には一文字も書いちゃダメよ。……あの『聖域』の場所も、……あの『究極の酒』のことも」
リーダーのレナが、土産に持たされた田中の酒が入った水筒を、まるで国宝でも扱うように抱えていた。
「分かっているさ。……あんな場所、……軍やギルドに嗅ぎつけられたら、……すぐに管理区域にされて、自由に出入りできなくなる。……あそこは、……俺たちの『秘密の隠れ家』でなきゃいけない」
魔導師のカイルが、水筒から一口だけ酒を舐め、顔を紅潮させて吐息を漏らす。
その異様な光景に、隣のテーブルで飲んでいた別のS級パーティー『紅蓮の牙』のリーダー、剛腕のドーンが不審そうに声をかけてきた。
「おい、レナ。……お前ら、……九死に一生を得て帰ってきたって聞いたが、……なんだそのニヤけた顔は? ……それに、……その水筒から漂う、……脳を焼くような香りは何だ……?」
レナは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「……聞きたい、ドーン? ……任務の愚痴も、……連邦の堅苦しい決まり事も、……全部忘れて『本当の贅沢』を知りたいなら、……次の休暇、……私たちについてきなさい」
「……あ、……ああ!? ……なんだ、……その誘い方は……」
「……ついでに、……お抱えのドワーフ工匠、ガラムにも声をかけなさい。……『一生に一度拝めるかどうかの、巨大な岩塩の洞窟を改造する仕事がある』ってね」
レナたちの計画は、着々と進んでいた。
それは国家の任務ではなく、命を救ってくれた「全裸の恩人(今は服を着ているが)」への、最高に個人的で不純な恩返し計画。
「……ふぅ。……ポチ、……なんか耳が痒いな。……誰か、……俺の噂でもしてるんか? ……まあええわ。……今夜は、……この服のポッケに手ぇ突っ込んで、……星でも見ながらもう一杯いくか」
田中は、新しい服のポケットの便利さに感動しながら、穏やかな夜を過ごしていた。
数ヶ月後、自分の平穏な隠居所が「S級冒険者たちの非公式ベースキャンプ」へと改造される未来など、まだ一ミリも予想していなかった。




