【第30話:不純な「宴(うたげ)」 —— 51歳、岩塩風呂で整う】
「……ポチ。……贅沢ってのは、こういうことを言うんやな。……金じゃない、地位じゃない。……『有り余る塩』と『適温の湯』。これだけでええんや」
塩の正体に気づいてから数日。田中の隠居生活は、劇的な「クオリティ・オブ・ライフ(QOL)」の向上を見せていた。
彼は指先の水で、寝床の横にある「岩塩の層」をさらに深く削り、巨大な石の浴槽を作ると、そこになみなみと温水を注ぎ込んだ。
「……はぁぁぁぁ……。……染みる。……染みるわぁ……。……見てみ、ポチ。……これこそが、最強の『ソルト・スパ』や。……俺の肌、塩でキュッと引き締まって、さらに『現役感』が出てきた気がするぞ。……中身はおっさんやけど、見た目だけはもう、どっかの国の王子様でも通じるんちゃうか?」
岩塩の風呂に浸かりながら、田中は削りたての岩塩をまぶした干し肉を齧り、指先から出した「一番冷たい水」を煽った。
かつて満員電車に揺られ、上司の顔色を伺いながら飲んでいた安い発泡酒とは比べ物にならないほど、この一杯の水と肉が美味い。
「……でもな、ポチ。……塩が手に入ると、人間、欲が出るもんやな。……次は、あれや。……『酒』や。……この谷底に生えとる、あの渋い実。……あれをこの魔力満載の水でふやかして、……なんとかして『不純なドブロク』にできへんかなぁ」
田中は、ピンク色に輝く岩塩の壁を見つめながら、不敵な笑みを浮かべた。
51歳の精神が、22歳の無限の体力と「塩」という最強のブーストを手に入れたのだ。もう、誰にも止められない。
「……よっしゃ、明日は『醸造部門』の立ち上げや! ……失敗して酸っぱくなるかもしれんけど、……まぁ、それも隠居の楽しみやからな!」
泥まみれ、全裸に近い腰布一丁の男が、宝石のような岩塩の光に照らされて笑う。
その姿は、崖の上の人間が見れば「狂気の魔王」にしか見えないだろうが、本人はただ「美味しいお酒を飲みたい」という、あまりにも世俗的な欲望に忠実なだけだった。




