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【第28話:泥まみれの「胃袋」サバイバル —— 51歳、大地の苦渋(しぶ)さに悶える】

谷底生活も数年。田中の「衣食住」は、洗練されるどころか、ますます原始的な「野良」の様相を呈していた。腰に巻いた「蔓と狼の毛のフェルト」は、今日の作業開始早々、無理に踏ん張った拍子に股から裂け、今や前後の布を蔓で無理やり繋ぎ止めた、心許ない「原始人のエプロン」のような状態だ。


「……あかん。……裁縫も、素材選びも、全部落第点や。……ポチ、そんな哀れみの目で俺を見るな。……これでも、かつてはオーダーメイドのスーツ着て、銀座で接待してたんやぞ……」


田中は、泥だらけの地面に這いつくばり、周囲に自生している「ギザギザした葉っぱの草」と格闘していた。ポチが獲ってくる肉は絶品だが、数年も経てば、51歳の精神は無性に「繊維質」を求める。だが、この谷底に生えているのは、どれもこれも「食うてくれるな」と言わんばかりの、棘だらけでアクの強そうな雑草ばかりだった。


「……ええかポチ。農業の基本は、まず『土の掃除』や。……でも、この根っこ、岩に食い込んでてビクともせえへん。……なら、どうするか。……物理(高圧洗浄)で引きずり出すしかないんや!」


田中は、指先を地面に向け、超高圧のウォータージェットを叩きつけた。だが、それは「耕す」という繊細な行為ではない。ただの「泥の爆破」である。


「……おりゃああ! どけ! 邪魔や! ……根っこごと、全部洗い流したるわ!!」


バリバリバリッ!! ドッカン!!

高圧の水が岩の隙間に潜り込み、土を内側から吹き飛ばす。周囲には泥水の雨が降り注ぎ、田中は瞬く間に、22歳の彫刻のような肉体を真っ黒な泥で塗り潰した。目に入る泥を「指先の真水」で洗い流しながら、彼はひたすら、雑草の根を地面から「掘り出す」のではなく「吹き飛ばして」収穫していった。


そうして手に入れたのは、正体不明の「ヌルヌルした根っこ」と、木の上に実っていた「見た目だけは美味そうな、紫色の固い実」だ。


「……よし、収穫完了や。……まずは、この紫の実からやな。……ポチ、お前も一口……あ、逃げたな。……商社マンの直感やと、これ、絶対甘いと思うんやけどな」


田中は、泥を拭った実を豪快に齧った。

「……っ!? ……アグッ……ガハァッ!! ……しぶッ!! 渋すぎるわ!! 舌の水分全部持ってかれたぞ!! ……なんやこれ、柿の化け物か!? ……ペッ、ペッ!!」


悶絶する田中の横で、ポチが「だから言ったのに」という顔で鼻を鳴らす。だが、田中は諦めない。51歳の知恵が、彼を突き動かす。

「……待て。……この渋み、これだけ強いってことは、しっかり『灰汁抜き(あくぬき)』すれば、ええ保存食になるはずや。……よし、この『肩叩き機(水圧振動機)』の振動で実を粉々に粉砕して、指先から出す『熱いお湯』で三日三晩、晒し続けたるわ!」


数日後。田中の不器用な「力技加工」により、あの渋い実は、なんとか喉を通るレベルの「味の薄いゼリー状の何か」へと姿を変えていた。

「……はぁ、はぁ。……ようやく食えるようになった。……美味いかって聞かれたら……『不味くはない』としか言えんけどな。……でも、自分で苦労して泥まみれになって作ったもんは、……コンビニのサラダより、ずっと『生きてる』味がするわ」


泥まみれの腰布一丁で、正体不明の「根っこのお浸し」を啜り、バキバキの筋肉を躍動させて(ただ苦いだけだが)顔を顰める22歳の田中。その光景は、太古の荒ぶる神のようでありながら、中身は「野草を食べて腹を壊した、哀れな日曜大工のお父さん」そのものだった。


「……あー、今日も一銭にもならん労働をしたわ。……ポチ、帰るぞ。……今夜は、この『無味乾燥なゼリー』の試食会や。……お前も、付き合えよ。……俺の『隠居のこだわり』に、付き合うんが専務の仕事やからな」


不器用な男が、不老の肉体を泥で汚し、正体不明の植物と格闘しながら、誰にも理解されない「ガラクタの楽園」を広げていく。その日常は、美しさとは程遠い、しかし、かつての満員電車に揺られていた日々よりも、ずっと「確かな手応え」に満ちていた。

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