【第26話:恐怖の「水圧肩叩き」 —— 51歳の執念、物理法則に負ける】
谷底生活も四年目。田中の腰に巻かれた「蔓と狼の抜け毛のフェルト」は、もはや泥と脂で固まり、見た目だけは歴戦の戦士のような「異臭を放つ腰布」と化していた。上半身は完全なる裸。22歳の若く引き締まった肌は、日々の無茶なDIYでついた細かい切り傷だらけだ。だが、そんな彼を今一番悩ませているのは、精神にこびりついた「社畜時代の、あの鉄板のような肩こり」だった。
「……あかん、ポチ。肉体はピチピチのはずやのに、脳が『肩が重い、誰かにどついてほしい』って信号を出し続けとる。……お前はええなぁ、四足歩行やから肩こり知らずか? ……俺はもう、この『脳内の重荷』を物理的に粉砕せんと、隠居生活を楽しめへんわ」
田中は、指先のウォータージェットを「削岩機」として使い、崖の下に転がっていた巨大な黒曜石を、強引に「拳」の形に削り出した。それを、前回作った『巨大水車(洗濯機だったガラクタ)』のクランク軸に、蔓でぐるぐる巻きにして固定する。軸受けには、ポチが捕ってきた魔物の脂をベッタリと塗りたくった。
「……よし、ポチ! メインバルブ(ただの岩の栓)開放や! ……俺のこの、51年分の『澱』を、優しく……そう、優しく叩いてくれ!!」
ドォォォォン!! という、大砲でも撃ったかのような衝撃音が谷底に響き渡った。水圧を受けた巨大水車が、設計ミスによる凄まじいトルクで回転を始め、連結された「岩の拳」が、目にも止まらぬ速度で前後運動を開始した。シュッ、シュッ、と空気を切り裂く音が、もはやマッサージ機のそれではない。
「……ちょ、これ、速すぎ……ギャアアアア!!」
回避が間に合わず、田中の左肩に「岩の拳」がめり込んだ。
グシャッ、という生々しい音と共に、田中の肩の皮膚が弾け、鮮血が舞う。激痛が脳を突き抜ける。
「……痛い痛い痛い!! 死ぬ! これ、マッサージやなくて暗殺やんけ!! ……ポチ、止めろ! 早くバルブを閉めろ!!」
田中は転げ回りながら、指先から無意識に出た「魔力120%の水」で傷口を洗った。傷は瞬く間に塞がっていくが、精神的なショックは隠せない。
「……ハァ、ハァ……。……危なかった。……やっぱり、51歳の素人が『オートメーション化』に手を出すのは早すぎたんや。……道具は、もっとこう、加減というもんを知らなあかん……」
田中は、二発目を受ける勇気など微塵も沸かず、血のついた岩の拳を遠い目で見つめた。しかし、不思議なことに、一発食らった左肩だけは、痛みの後にじわじわと温かくなり、あれほど重かった「社畜の呪い」が少しだけ軽くなっている気がした。
「……いや、でも……一発でこれなら、出力を100分の1に落とせば、理想の肩叩き機になるんちゃうか……?」
不器用な男の「改善」という名の迷走は、一度の流血程度では止まらなかった。




