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第132話:市場調査と聖女のノイズ

ルミナスの街並みは、外観こそ衛星都市としての威厳を保っているが、サトウの目には「賞味期限切れの不良在庫」のように映っていた。

石畳の隙間に詰まったゴミ、やる気のない露天商、そして何より通行人たちの「諦め」を含んだ視線。これらはすべて、統治システムが深刻なエラーを起こしていることを示す、動かしがたい市場データだ。


(……まずは拠点(宿)の確保。それから、この街の『帳簿上の歪み』を特定する。……あ、その前に薬局だ。絶対に、絶対に筋肉痛に効く薬草の練り薬を買う。一刻を争う事態だ……)


サトウは22歳の瑞々しい足取りで歩きながらも、意識の深淵では、腰の奥底に潜む「違和感」を必死に宥めていた。

実際、肉体は何の不調も訴えていない。だが、過去51年間の経験が、「この角度で歩き続けると、明日の朝は四つん這いでないと動けなくなるぞ」という不吉な予兆を、神経の端々にピキピキとした幻聴のように響かせているのだ。


■ 宿屋という名のコストセンター

「いらっしゃい。……なんだ、ガキか。うちは一泊、銀貨三枚だ。前払い、食事抜きだぞ」


宿屋の主人は、サトウの若々しいツラを見るなり、あからさまに足元を見たぼったくり価格を提示した。リベルタの相場より三割は高い。

サトウの瞳が、一瞬だけ「冷徹なオーナー」のそれに切り替わった。


「……主人。その価格設定、客層を絞るための戦略か、それとも単なる機会損失ロスの補填か? 左右の窓枠は歪み、暖炉の煙突は煤が詰まっている。この維持管理レベルで銀貨三枚を要求するのは、市場原理を無視した暴挙だ」


「あ、あぁ……? 何をブツブツ言ってやがる」


「結論を言おう。銀貨二枚。その代わり、三日間滞在し、一階の食堂の『不自然な閑古鳥』の原因を、私が経営分析してやる。これは君にとって破格のコンサルティング代だ。……カイル、荷物を運べ」


「は、はい! オーナー!」


51歳の田中として培ってきた相手の弱みを突く交渉術と、22歳のサトウとしての有無を言わせぬ圧。その奇妙な混合物に圧倒された主人は、反論するタイミングを完全に失い、呆然と銀貨を受け取った。


■ 聖女という名の演算阻害因子バグ

翌朝。サトウは宿の食堂で、白粥に近い煮込み料理を胃に流し込んでいた。

健康な22歳の胃袋には物足りないはずだが、51歳の精神には、異世界の脂っこい肉料理よりも、こうした「胃に優しい」味が何よりも染みる。


(……よし、胃腸のコンディションは回復。昨晩、気休めに塗りたくった薬草の異臭は凄まじいが、精神的な安心感のおかげで腰のピキピキ鳴りそうな警戒レベルも下がった。……さて、市場調査を……)


その時、宿の重い扉が勢いよく開かれた。


「――皆さん! 苦しんでいる方はいませんか!? 慈愛の女神は、等しく光を分け与えてくださいます!」


白い法衣に身を包んだ、眩いばかりの金髪の美少女。彼女が踏み出した瞬間、食堂の淀んだ空気が一変した。サトウは反射的に目を細める。


「……うっ。……何だ、あの高輝度の個体は。視認性が悪すぎる」


彼女は、怪我をしている客たちへ次々と駆け寄り、無償で魔法による治癒を施していく。一見すれば、これ以上ない善行だ。

だが、サトウの脳内演算は、彼女の行動を「最悪の市場荒らし」として記録した。


(……最悪だ。無償配布による市場価格の崩壊。彼女が慈愛を振りまけば振りまくほど、この街の正規の薬師や癒術師は廃業に追い込まれる。根本的な病因を無視した対症療法の連発……これは持続可能性が皆無の、自己満足な慈善活動だ)


「次は、そこのあなた! どこかお辛いところはありませんか!?」


聖女が、サトウのテーブルに詰め寄った。その瞳は、純粋な正義感で満ち溢れている。

サトウは、自分の腰に塗り込まれた「異臭を放つ練り薬」を隠すように、姿勢を正した。


「……結構だ。私の不調は、自力の管理下にある。君の無償リソースを、私のような健常者に割く必要はない。……それよりも、君の行動が引き起こす『経済的二次被害』について、五分ほどレクチャーを受けていく気はないか?」


「え……? けいざい……? え、あの……私はただ、皆さんの痛みを……」


「痛みを消すことが、救いになるとは限らない。……君が今、そこの男に施した治癒。それは、彼が過労で体を壊した原因である労働環境の是正を遅らせるだけだ。……つまり君は、間接的に彼の搾取を助長している。……理解できるか? 善意による市場介入が、いかに残酷な結果を招くかを」


聖女が、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で固まる。

体は22歳の端正な青年。だが、その口から飛び出すのは、51歳のひねくれきった事務屋による、一切の妥協なき現実の突きつけだった。


■ ルミナスの底流

聖女を論理で黙らせ、混乱の中に放置したまま、サトウはゼノたちを連れて街の中枢部へと向かった。

向かう先は、昨日報奨金を渋った衛兵の上長……ではなく、この街の物流の淀みの源泉だ。


(……衛兵の嚥下反射、聖女の暴走、そして不自然な宿泊費。すべての変数が、一点の利権を指し示している。……このデバッグ、思ったよりもコストがかかりそうだな)


サトウは、22歳の体で颯爽と歩を進める。しかし、その時だった。

少しだけ石畳の段差に足を取られ、体勢を崩しかける。


(……おっと)


瞬間、サトウの脳内に「あ、これ以上無理な捻りを入れたら一気にくるやつだ」という、長年蓄積された腰痛センサーがピキピキと警戒音を鳴らした。

実際には、22歳の若く柔軟な筋肉がしなやかに衝撃を逃がしており、何の問題も起きていない。だが、サトウの精神は勝手に冷や汗をにじませ、歩行速度を慎重に落とさせた。


(……危ない、危ない。今のは確実に『リーチ』だった。22歳の肉体、過信するなよ自分……。とにかく無理は禁物だ。まずは座って、しっかり状況を整理しよう……)


周囲からは颯爽とした若きリーダーに見えていても、その内面は、いつ訪れるかわからない「ギックリ」の影に怯える慎重派のおじさんだった。

サトウは、冷徹なオーナーとして街をスキャンしつつも、心の底では「……やっぱり、お粥じゃ物足りなかったかな。カルシウムが足りていない気がする。……とにかく早く座りたい。そして練り薬を三倍速で塗り込みたい……」という、体は22歳だが精神は51歳の切実な願いで溢れかえっていた。

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