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第131話:関節の担保と沈黙の門

街道の埃は、容赦なく肺を焼く。

リベルタを立ち、衛星都市ルミナスへ向かう徒歩行軍。サトウは最後尾に位置し、先行する三名――ゼノ、リリア、カイルの歩行ピッチと疲労度を正確に観測していた。彼らに奴隷の首輪はない。一見すれば、22歳の若々しい主君が、美男美女の使用人を連れているだけの、無防備な旅の一団だ。


それが、**「エサ」**としての擬装だ……と、サトウは自分に言い聞かせている。


(……足が、棒どころか鉄柱だ。腰が、腰が悲鳴を上げている……。ルミナスに着いたら、誰がなんと言おうと筋肉痛に効く薬草の練り薬を塗りたくる。いや、その前に湯船だ……。大浴場……頼む、存在してくれ……)


実のところ、サトウの脳内リソースの半分以上は、ふくらはぎの筋肉痛との絶望的な戦いに費やされていた。

肉体は紛れもなく22歳の全盛期。魔法による細胞の活性化も行っている。客観的に見れば、まだまだ余裕で走れるはずの若体だ。しかし、その内側に鎮座する精神は、長年のデスクワークと運動不足でガタが来た51歳の田中である。


脳が「もう無理だ、座らせろ。茶を飲ませろ」と悲鳴を上げれば、どれほど強靭な22歳の肉体であっても、鉛のように重く感じる。肉体的な疲弊を魔法でケアできても、「もう一歩も歩きたくない」という魂からの切実な、あまりに小市民的な叫びまでは、いかなる高位魔法でも消し去ることはできない。


「……おいおい。運がいいぜ。上客だ」


街道の陰から、六人の男たちが這い出した。

手入れの行き届かない、錆の浮いた剣を振りかざす彼らの瞳には、卑俗な光がある。先頭の男が、サトウの若々しいツラを舐めるように見た。


「おい、そこのガキ。いい女を連れてるじゃねえか。置いていきな。そうすれば、お前の命だけは……」


「ゼノ、カイル。前と後ろ、お願い。……あ、カイルは左側も気をつけて。死なせない程度に、かつ、速やかに。残業はさせないから」


サトウは普通に、やや緊張感の欠けた声で指示を出した。指先で格好良くサインを送る余裕など、今の彼には一ミリも残っていない。立ち止まって指示を出すこと自体が、疲れた足腰にとっての休息ですらあった。


指示を受けたゼノが即座に踏み込む。先頭の男の鼻先に重い拳を叩き込み、カイルが流れるような連携で後続の足を払い、首筋に鋭い一撃を見舞う。


「――『水針ニードル』ッ!」


サトウも重い腰を上げ、魔法を放つ。高圧の水流が盗賊の膝裏を正確に狙うが、一本がわずかに逸れて街道の乾燥した地面を虚しく削った。


「あ、今の外れた……。……いや、牽制だ。あえて外して心理的圧迫を与えたんだ。そういうことにしよう。よし、自分の中では整合性が取れた」


独り言で自分を納得させるサトウの姿は、有能な魔導師というよりは、**「自分の入力ミスを仕様変更と言い張るシステムエンジニア」**のそれだった。


十秒後、街道には五人の死体と、恐怖で震え上がる生存者が一人が残された。サトウは、返り血を拭いながら苦笑いするゼノに、容赦なく小言を飛ばす。


「……ゼノ、今のパンチ。上腕二頭筋への負荷分散が強引すぎる。もっとこう、効率的にエネルギーを伝達させないと、後半のパフォーマンスが落ちるぞ。次回の査定に響くからな」

「オーナー、戦いながらそんな細かいとこ見てたんですか? 勘弁してくださいよ……」


現場の苦労を知らないくせに、後出しジャンケンで理屈だけ並べる中間管理職の小言である。


■ 物理的ロックと「痛恨のミステイク」

サトウは、生き残った盗賊の腕を強引に捻り上げた。

「逃げないように固定する」という、極めて事務的な、そして前世の梱包作業に近い手つきでの処置だ。


「ヒッ、あ……あああッ!? 痛い、痛いッ!! 離せッ!!」

「静かに。……いいか、特定の方向に負荷がかかった瞬間、肩関節が自壊するように設計……」


――バキッ。


乾いた、それでいて重い音が、静かな街道に響き渡った。


「「「…………」」」


「……あが、あああああああッ!!? 折れた! 腕が折れたあああッ!! 何すんだお前えええッ!!」


「…………。……あー、すまん。設計上の許容荷重を読み違えた。構造計算の前提条件が甘かったようだ」


サトウは額に浮かんだ冷や汗を拭いながら、平静を装って咳払いをした。

慌てて魔法で治療しようとしたが……今のサトウには、そのわずかな魔力を行使するための精神的集中力が残っていなかった。


(……魔法はダメだ。詠唱するのも、魔法陣のイメージを練るのも、今はただただダルい。この疲労困憊の状態で精密な魔力制御を行うのは、コストパフォーマンスが悪すぎる)


サトウは懐から、小さな小瓶を取り出した。


「……ゼノ、ポーション一滴だけ垂らして止血して。本当の一滴だぞ。もったいないからな」

「一滴って、オーナー……流石にケチりすぎじゃ……」

「いいから、指示に従え。……おい君、今の不具合(骨折)は君の急な動きによるイレギュラーだ。……とにかく、次逃げようとしたら逆の肩も同じことになる。君は今、私の帳簿上では『要修理の精密部品』だ。これ以上の減損処理はさせないでください。……さあ、歩け」


盗賊は、激痛に涙目になりながらも、「計算を間違えておきながら、魔力を惜しんでポーション一滴で済ませようとする、底知れぬセコさと恐怖を兼ね備えた22歳の怪物」に圧倒され、震えながら歩き出した。


■ 都市境界のノイズ:プロファイリング

ルミナスの重厚な石門に到着した時、サトウの疲労はもはや臨界点に達していた。

捕虜を引き渡し、衛兵に事務的な手続きを求めた。


「街道での害獣駆除だ。ギルド規定に基づき、この個体の引き渡しと報奨金の即時決済を要求する」


衛兵が捕虜の顔を確認した、その瞬間。

サトウの視界は、衛兵の喉仏がわずかに動いたこと(嚥下反射)と、視線がコンマ数秒、捕虜の足元へ落ちたことを記録した。


(……反応があった。この『ノイズ』、ただの緊張ではないな。何か、この捕虜の存在自体が『不都合な真実』に触れているのか……?)


「……あー、すまん。報奨金だが、上層部の決裁が必要でな。今日のところは帳簿を預かるだけにして、明日以降にまた来てくれ」


事務的な、だが露骨な「決定の先送り」。


(……でたよ、お役所仕事。51年の人生で、役所の窓口や取引先の経理で何度も見た『担当者が不在ですので』攻撃か。この街のガバナンス、前世の市役所の窓口よりタチが悪いな。……まあいい。今はこれ以上、論理で追い詰める気力もない。疲れた)


「了解した。……では、滞在中の拠点を確保する。行くぞ」


サトウは背を向け、ルミナスの淀んだ空気の中へと足を踏み入れた。

その瞳は、冷徹な「オーナー」として街をスキャンしつつも、心の底では**「早く宿で練り薬を塗り込みたい。できれば大浴場があってくれ。夕飯は消化に良いものがいい。お粥か、あるいは柔らかい煮込み料理だ……」**という、体は22歳だが精神は51歳の切実な願いで溢れかえっていた。

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