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第113話:減価償却と、ランクという名の参入障壁

翌朝、王都のメインストリートを歩く四人の姿があった。

先頭を行く田中の足取りは、いつになく事務的で断固としている。その後ろを、数日間にわたる『手ぶら』という、物理的にも精神的にも脆弱な(クリティカルな)状態からようやく解放されようとしているザック、ニコ、ミアの三人が、期待と不安を混ぜ合わせたような顔で追っていた。


「……なあ、本当にいいんだな? 高いやつなんだろ?」


ザックが、まだ何も掛かっていない自分の空っぽの腰を、無意識に何度も触りながら確認する。


「ええ。昨夜申し上げた通り、これは単なる『消費コスト』ではなく、事業継続のための『資本投下アセット・ビルディング』です。現場のセーフティ(安全)が担保されない事業など、サステナビリティ(持続可能性)が皆無ですから。……さて、着きましたよ。当セクターにおける主要サプライヤーです。」


田中の足が止まったのは、煤けたレンガ造りの重厚な建物。王都でも品質の高さで知られる武具工房『アイアン・レガシー』だった。

扉を開けると、熱気と共に力強い槌音が鼓膜を叩く。田中は店内に並ぶ武具を、まるで工作機械の在庫を検品インスペクションするかのような冷徹な目で見回した。


「いらっしゃい。……見慣れん顔だな。」

奥から現れたドワーフの親方の鋭い視線が、清潔なスーツ姿の田中と、手ぶらの子供たちを往復する。


「本日は、我がパーティーの『基幹設備』を新規調達しに参りました。親方、この三名に、現在調達可能な範囲で最も耐久性が高く、実戦における損耗率デプレシエーションが低い標準装備を揃えていただきたい。予算は銀貨合計60枚。全て即金キャッシュで決済します。」


「……あ? デ、デプレ……なんだと? よく分からんが、予算銀貨60枚、それも即金ってのは景気がいい。おい、小僧。まずはその長剣を握ってみろ。」


親方に促され、ザックは一本の剣を手に取った。更地に埋まったあの鉄屑ではない、重心が完璧に調整された本物の重み。


「……すげえ。……これだ、これなんだよ……!」


「ニコには魔導伝導率を最適化した杖を。ミアには軽量化と硬度を両立した短剣を。……親方、これでフィックス(確定)です。包装は不要。直ちにデリバリー(装備)を。彼らにとって武器は、私にとっての『通帳』と同じ、生存のコア・コンピタンス(核心的強み)ですから。」


田中は銀貨の袋を一切の躊躇なくカウンターに置いた。腰に、背中に、馴染み深い獲物が戻る。それは、田中にとって「ようやく生産ラインの歩留まりが改善された」という安心感でもあった。


ギルドにて:突きつけられた「昇格」という名のコンプライアンス違反

「さて、ハードウェアの補強は完了しました。次は販路チャネルのメンテナンスです。ギルドへ顔を出しましょう。」


新しい装備を身にまとい、意気揚々とギルドへ向かった一行。だが、カウンターへ近づく彼らを見るギルド職員たちの目は、いつもと違っていた。


「あ、田中さん! ちょうど良かった。ギルド長が至急、奥の応接室でお待ちです!」


受付嬢エレンに案内された室内。座るギルドの幹部たちが、田中たちに一枚の書類を突きつける。


「……田中さん、君たちの実績は、もはや鉄ランクの枠組みでは説明がつかない。魔石271個。それも全て無傷のトップクオリティだ。そこでだ……ギルド本部でも話し合った。特例として、本日をもって君たちを『銅ランク』へ昇格させることにした。おめでとう。」


「……銅ランク……!!」


ザックの顔が、ぱっと明るくなった。自分たちの価値が、王都に認められた瞬間。だが、田中の反応は、冷酷なまでに「ビジネス」だった。


「……ふむ。昇格、ですか。……謹んで、デクライン(拒絶)させていただきます。」


室内の空気が、凍りついた。


「……な、何と言った? これは名誉なことだぞ? 銅ランクになれば、もっといい仕事も回せるようになるんだ。」


「リスクマネジメントの観点から、デメリットが大きすぎます。」


田中は手帳を開き、あらかじめマーキングしておいた「ギルド規約:第4条」を指し示した。


「規約によれば、銅ランク以上の個体は、ギルドが発令する『緊急徴用(強制依頼)』を原則として拒否できない……違いますか? ギルド側のオペレーションミスや、ステークホルダー(貴族)の我儘によって、有無を言わさず現場のリソース(我々)を拘束される。これは独立した経営体にとって、致命的な『稼働停止リスク(ダウンタイム)』です。」


「え、えーと……ステーク……? いや、有事の際の話であってだな……」


「その『有事』の定義が曖昧なこと自体、ガバナンス(統治)の欠如です。不透明なリスクを負うのは、経営者としてコンプライアンス(規範遵守)に反する。現在、我々は鉄ランクという、強制依頼に縛られず、自由に案件をセレクトし、圧倒的な利益率を維持できるブルーオーシャンにいる。このベネフィットを捨て、わざわざギルドの『社畜(専属隷属状態)』になるメリットがどこにあるのです? 昇格という甘いインセンティブで、我々を安く買い叩こうという算段ですか?」


「お、おい、田中……何を言って……!」


ザックが、震える声で田中の袖を引く。


「これは『冒険者』の格なんだぞ!? やっと認められたんだよ!」


「ザック、ロジカル(論理的)に考えなさい。格や名誉は、一日のキャッシュフローを何割向上させてくれるのですか? より強い魔物と戦うことは、単なる『修繕コスト(負傷)』と『欠勤リスク』の増大に過ぎません。……ギルド長、このオファーは謹んで却下します。我々は引き続き、鉄ランクというセグメントで収益の最大化プロフィット・マキシマイズを追求させていただきます。」


夜:経営方針のミスマッチと、現場の決裂

帰り道。武器を手に入れた歓喜は、田中の不純な経営判断によって完全に塗り潰されていた。


「……なあ、田中。本気なのか?」


ザックの足が止まった。街灯に照らされたその顔は、怒りと、それ以上に「悲しみ」という名のノイズに満ちていた。


「ええ。銅ランクへの昇格は、我々のビジネスモデルを破壊する『隠れた負債』でしかありません。現場の君たちも、強制依頼で無駄死に(バッドコスト)させられるより、今のままの方が安全にインカム(稼ぎ)を得られるはずですが?」


「……安全……? インカム……?」


ザックの拳が、新しい剣の柄の上で白くなるほど握りしめられる。


「俺たちは、魔石を吐き出す機械じゃねえんだよ!! お前は、俺たちがどんな思いで……どんなに必死に、あの『更地(どん底)』から這い上がろうとしてるか、一ミリもアウトプット(理解)できてねえ!! 銅ランクになれるって言われた時、俺……やっと、一人の冒険者になれたんだって、死んだ父ちゃんに報告できるって思ったんだよ!! お前はそれを……『効率』が悪いからって、ゴミみたいに捨てやがった!!」


「……非合理的イラショナルですな。感情の満足という形なきリターンが、将来の資産形成にどう寄与するのです。プロならエビデンス(証拠)とリスクで判断しなさい。」


「……お前、本当に最低だよッ!! コンプライアンスだか何だか知らねえが、人の心すら計算に入れられねえのかよッ!!」


ザックの咆哮が、夜の街に響き渡った。


「武器をくれたのは感謝する。でも、お前のその、人間を数字としか見てねえところが……『効率』のためなら俺たちのアイデンティティ(誇り)すら踏みにじるところが、虫酸が走るんだよ!! ……もう、お前とはやってられねえ!! アライアンス(提携)解消だッ!!」


ザックは吐き捨てると、そのまま夜の街へと走り去った。ニコとミアも、絶望したような顔で田中を見つめ、ザックを追って走り出した。


一人、夜の静寂に取り残された田中は、手帳を取り出し、ザックの名の上に「メンタルヘルス不調:組織へのロイヤリティ欠如(離職)」と書き込もうとして……なぜか、ペンが動かなかった。


(……おかしいですね。適切な設備投資を実行し、強制徴用という最大のリスクをヘッジした。……なぜ、現場のエンゲージメント(貢献意欲)がこうも急激に崩壊するのか。……私の知る経営理論では解明できない、致命的なシステムエラー(感情)が存在するのですか……?)


51歳の不純な再起。最強の武器と、最強のロジックを手に入れたはずの「ホワイト・アイズ」は、その内部から、音を立てて崩壊の時を迎えていた。

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