第107話:王都の「再開発」と、二日酔いの強制執行
「……ん、……なんや、この地響きは。……王都の朝は、地震のオプション付きなんか……?」
田中の意識は、まだ分厚いアルコールの霧の中にあった。
昨夜、銀ランク三人を相手にした模擬戦。そして、その後に続いた白金ランクのエルゼとの祝杯。51歳の精神と22歳の肉体という、歪なバランスの器に注ぎ込まれたアルコールは、田中の脳を完璧にシャットダウンさせていた。
(……あかん、喉がカラカラや。……エルゼの姐さん、あんなに細いのに、酒量は白金級(化け物)やったな……。)
重い瞼を押し上げようとした瞬間、耳元で**「バキバキッ!」**という、腐った木材と乾燥した泥壁が悲鳴を上げて砕け散る音が炸裂した。
「……ひっ!?」
跳ね起きた田中の視界に飛び込んできたのは、スラムの隅っこにある『他人の空き家』を勝手に占拠して寝床にしていた、あの薄汚れた天井……ではなく、**「突き抜けるような青空」**だった。
屋根がない。それどころか、自分たちが我が物顔で使っていた外壁が、巨大な**「岩石の塊」**によって粉砕されている。それは、数人の魔導師が連結して操る、重機に似た無骨な土木用ゴーレムの腕が、機械的な正確さで振り下ろされている姿だった。
「……おはよう、タナカ。……ちょっと起きるのが遅かったみたい。……今、私たちの『不法占拠拠点』が、あの魔導重機のデモンストレーションに掛けられてる最中……。」
傍らで、ニコが冷徹な声で告げた。彼女は既に厚い眼鏡をかけ直し、崩れゆく壁の隙間から、無慈理な効率で街を壊していく「作業風景」を検品している。
「……ちょ、ちょっと待て! ここは持ち主がおらん、ただの空き家やろ!? 誰に断って、あんな重機(化け物)投入しとるんや!」
「……再開発。……スラムの隅で流れていた、あの『立ち退き』の噂。タナカは『どうせ所有者不明の場所だ、役所もコストをかけて手は出せん』と、高を括っていたやつ。……残念ながら、王家がここは自分たちの土地だと『事後承諾』で強引に決めたみたい。……ここはもう、貴族向けの高級店を揃えた**『新たな巨大商業施設』**になる予定だって。」
ザックが苛立ちを隠さず、大剣の柄を握りしめたまま外を睨みつけている。隣ではミアが、お気に入りの「カビの生えた毛布」が瓦礫の下敷きになったのを見て、言葉にならないどす黒い魔力を全身から溢れさせていた。
(……あかんあかんあかん!! 所有者不明やから逆に安全やと思っとったのに……!! 単なる公園整備やない、巨大な利権が絡んだ『国家規模の商業開発』やないか!! 国家権力の地上げという名の、魔法を使った強引な在庫処分や……!!)
田中は、パンツ一丁に近い無様な姿で、地面に放り出された自分の鞄を必死に手繰り寄せた。
外からは、拡声魔法を使った役人の声が、二日酔いの頭にガンガンと響き渡る。
「……第4区の不法占拠者諸君! ……再開発計画に基づき、本地区を更地にする! ……文句は一切受け付けん!」
「……。……。……あ、あの、旦那方!! ……今、今すぐ出ますから! ……占有権の主張も、コンプライアンス無視の強制執行ですかぁッ!?」
田中は、二日酔いで回る頭を抱えながら、崩れゆくスラムの空き家の出口へと転がるように駆け出した。
背後で、昨日まで確かに自分たちの拠点として機能していた『空き家』が、魔導ゴーレムの無慈悲な一撃によって粉々に砕け散る。
「……最悪や。……ホワイト・アイズとしてブランドを立ち上げた翌日に、本店が強制倒産(地上げ)なんて……。……これ、どこのサディストが書いた不採算なシナリオやねん!」
エルゼとの夢のような夜から、一転して「屋根なし」のどん底へ。
田中は、突き刺さるような朝日を裸眼で見上げながら、二日酔いの吐き気と共に、王都の「真の冷酷さ」を五臓六腑に刻み込むのだった。




