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第106話:ホワイト・アイズと、銀(シルバー)の査定——そして「未知の祝杯」

ギルドの空気は、不快な熱気と、鉄錆、そして安エールの匂いが混じり合う混沌そのものだった。

受付カウンターで手続きを終えたばかりの田中は、発行されたばかりのパーティ登録証をまじまじと見つめていた。


「パーティ名、『ホワイト・アイズ(白い目)』。……よし。これで俺たちの仕事、ようやく本格始動やな」


胸元で鈍く光る四つの「アイアン」のプレート。

かつての「マッド」から這い上がり、地道な依頼をこなし、ようやく手にしたプロの入り口。田中にとっては、これが単なる身分証ではなく、この世界という市場に正式に参入するための「営業許可証」に見えていた。


だが、その平穏は、背後から突き刺さるような鋭い、だがどこかカラッとした声によって破られた。


「——『ホワイト・アイズ』か。新米の『鉄』にしては、随分と面白い名前を付けたもんだな。……おい。その名前、本当に背負えるのかどうか、俺たちが直々に査定してやるよ」


振り返ると、そこには三人の男たちがいた。

胸にあるのは、重厚な**「シルバー」**のプレート。

鉄から見れば三階級上。大型魔物を単独で、あるいは危なげなく狩り獲る「超一流」の証だ。リーダー格の剣士、重装甲を纏った大盾使い、そして背中に長弓を背負った斥候。三人それぞれが、一筋縄ではいかない修羅場を潜り抜けてきた、完成されたプロのオーラを放っていた。


「……あかん、ザック。あんまり旦那方を煽ったらあかんわ。」


田中は、溜息混じりに肩をすくめた。

ザックが既に短剣の柄に手をかけ、口角を吊り上げているのを見て取ったからだ。田中は、これから始まる「摩擦」を、避けるべきトラブルではなく、将来的な「投資」としてのイベントへと切り替えるべく、脳内のフローチャートを瞬時に書き換えた。


「銀ランクの旦那方。……『査定』、ですか。……いい提案ですわ。……確かに俺たちは、昨日今日上がってきたばかりの『新参者』ですからな。……ですが、新参者には新参者なりの、『祝儀リスク』ってのが高く付くもんでしてね。……旦那方のその誇り高い銀のプレート、俺たちが今日、その価値を再確認アップデートして差し上げましょうか?」


訓練場。

「鉄」と「銀」という、本来なら成立し得ない組み合わせの模擬戦を見ようと、野次馬たちが囲む。

田中は一人、訓練場の隅に置かれた木箱にどっしりと腰を下ろした。戦う気など微塵もない。懐から手帳を取り出し、ペンを走らせるその姿は、戦場に立つ冒険者ではなく、不渡りを出した取引先を追い込みに来た債権回収業者、あるいは敏腕のマネージャーそのものだった。


「ザック、ニコ、ミア。……『プロの仕事』、見せて差し上げろ。……ただし、怪我だけはさせんといてな」


田中の静かな、それでいて冷徹な指示。それが開戦の合図だった。


銀ランクのリーダーが、その場にいた誰もが反応できない速度で間合いを詰めた。

「……アイアンが、俺たちの踏み込みを見切れるかッ!!」


(ガキンッ!!)


鋭い金属音が響いた。

銀のリーダーが放った長剣の刺突を、ザックが短剣一本で真っ向から受け止めていたのだ。

「……ははっ。銀ランクの旦那、挨拶がえらく急だな」

ザックの腕が、火花を散らしながら競り合う。体格差、武器のリーチ、ランクの壁。それらすべてを、ザックは魔力運用による瞬時強化と、極限まで練り上げられた重心移動で強引に埋めていた。


銀ランクの三人組も、流石に超一流だった。

リーダーが前衛で嵐のような連続攻撃を繰り出し、大盾使いがそれを完璧にカバー。そして斥候が、死角から精密な投擲を放ち、ザックの逃げ場を確実に奪う。


だが、「ホワイト・アイズ」も、総力戦でこれに応じた。


ザックが銀の剛剣を紙一重でかわし、その懐に潜り込む。大盾使いがそれを強引に弾き飛ばそうとするが、その瞬間、彼の足元がわずかに「歪んだ」。

ニコが、ただ静かに戦場を俯瞰していた。

彼女は派手な魔法を放つことはない。ただ、銀ランクの戦士たちが踏み出す瞬間の地面を魔力で弛緩させ、あるいは彼らの視界の隅に、わずかな「偽の残像」を混ぜる。

三対三という数において、その「わずかな違和感」は、完璧な連携を崩す致命的なノイズとなる。


「……あっち。……今、右に0.5センチずれたよ。」


ニコの声が、男たちの脳内に直接響く。

その隙を、影が縫った。

ミアだ。

彼女は銀ランクの三人が作る連携の「継ぎ目」を正確に突き、指先で神経の束を狙い撃つ。銀の斥候が即座に反応し、ナイフで応戦するが、ミアの動きは蛇のようにしなやかで、かつ合理性の極致をなぞっていた。


一進一退。

ランクの壁を、練度と才能という名の暴力が削り取っていく。

ザックの短剣が銀の鎧を掠め、銀の長剣がザックの頬を裂く。

ニコの干渉を銀のリーダーが精神力で弾き飛ばし、ミアの神速の関節技を、大盾使いがその重厚な肉体で封じ込める。

それは、ギルドにいる誰もが想像だにしなかった、極限の「拮抗」だった。


二階のテラス席では、一人の女性が杯を置いたまま、その光景を静かに見つめていた。

彼女の名はエルゼ。

その細い首元に光るのは、英雄・守護神の証である**「白金プラチナ」**のプレート。一国の誇りであり、S級魔物を単独で狩る伝説の体現者だ。


「……信じられない。あの子たち、銀ランク三人の完璧な連携を相手に、一歩も引いていないわ。……いえ、それ以上に異常なのは……」


エルゼの視線は、訓練場の隅で木箱に座り、一度も顔を上げずに書類をめくっている田中へと向けられた。

「……あのリーダー、田中。自分の仲間が銀ランク三人と殺し合いに近い模擬戦をしているのに、一度もペンを止めていない。……彼にとって、銀ランクとの『互角』は、最初から織り込み済みの予定事項なのかしら。」


エルゼは、その身に宿る膨大な魔力が、興奮で微かに震えるのを感じていた。

「ただの新米アイアンじゃない。あれは、化け物を飼い慣らしている『管理者』だわ。」


(パチンッ!)


田中が、手帳を閉じる音。

それは、一日の業務が区切りを迎えた際の、無意識の指鳴らしだった。


その音と同時に、訓練場の戦いがピタリと止まった。

ザックと銀のリーダーの武器が互いの喉元に添えられ、ミアとニコが残りの二人を完全に取り囲んでいた。


「……そこまで。……旦那方、良い勉強になりましたわ。」


田中がようやく顔を上げ、静かに立ち上がった。

勝ったとも負けたとも言わない。ただ「商談」を終えたビジネスマンのように、淡々と泥を払う。


訓練場には、心地よい、だが激しい疲労を伴う静寂が流れた。

銀ランクのリーダーが、荒い息を吐きながら長剣を鞘に納める。

「……はぁ、はぁ……お前ら、化け物だな。シルバーになってから、こんなに必死になったのは久しぶりだ。」


ザックもまた、額の汗を拭いながら、どこか晴れやかな顔で笑っていた。

「……ふん。旦那こそ、最後の一撃、ありゃマジで首飛んでたぜ。」


その様子を見守っていた田中が、懐から時計を取り出した。

「……おっと。もうこんな時間ですか。……旦那方。……本日の査定、大変有益な時間でしたわ。……よろしければ、この後、本日の『反省会』という名の、祝杯を上げに行きませんかな? ……新米の俺たちの、挨拶代わりの奢り、ということで。」


「……私も、その末席に加えていただけるかしら?」


凛とした、鈴の鳴るような声が二階から降り注いだ。

全員が顔を上げると、そこには白金ランクのエルゼが立っていた。ギルド中が静まり返る。伝説の英雄が、新米の誘いに自ら名乗りを上げたのだ。


「……おっと、白金の姐さんですか。……ええ、もちろん。……名刺代わりの会食に、伝説の姐さんが加わってくれるなら、これ以上の『宣伝』はありませんわ。」


田中は一切物怖じせず、丁寧だが対等なトーンで応じた。


その日の夜、ギルド近辺で一番の高級酒場には、異様な集団がいた。

上等な肉を豪快に食らうザックと、それに負けじと食い下がる銀ランクの戦士たち。ニコとミアは、銀の術師や斥候と技術論を交わしながらも、運ばれてくるデザートを淡々と片付けている。


そして、その中心には、白金ランクのエルゼと、ジョッキを片手にした田中がいた。


「……田中さん、と言ったかしら。あなた、本当に興味深い方ね。……あの激しい立ち合いの最中、一度も後ろを振り返らなかった。……仲間の方々を、そこまで信頼なさっているの?」


「……いえ、信頼やなくて『計算』ですわ。……彼らが銀ランクの旦那方を『圧倒』せんように抑え、かつ怪我をさせずに『互角』のまま商談を終える……。その帳簿(計算)が合っているか、手帳を付けるのに必死だっただけですわ。……エルゼの姐さんも、こうして肉を食えば、ただの『良いお客様』ですわ。」


田中が事も無げに言うと、エルゼは優雅に、だが驚愕と共に目を細めた。

「……『圧倒しないように抑えさせた』ですって? ……ふふ、全くだわ。……ホワイト・アイズ。……あなたたちの名前、今日でしっかり心に刻みましたわ。……いつか、私が守るこの国の壁を越えて、私の領域まで辿り寄るのを……愉しみに待っていますわね。」


「……ええ。……その時はまた、さらに大きな『商談』ができることを楽しみにしてますわ。」


(パチンッ!)


田中が再び、満足げに指を鳴らした。

ホワイト・アイズ。

その名は、恐怖でも蹂躙でもなく、圧倒的な「実力」と「信頼」という名の名刺を持って、この世界に確かな足跡を刻み始めた。


外は、澄み渡る夜空。

新米たちの初営業は、白金の英雄さえも魅了し、これ以上ない形で幕を閉じたのだった。

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