表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/136

第105話:ブランドの誕生と最初の看板

「……さて。パーティ名の件やが、昨日の約束通り『叩き台』を数案に絞り込んだ。これより選定会議を行う」

翌朝。王都スラムの拠点。朝食の干し肉を噛みながら、田中は無表情に三枚の羊皮紙を並べた。

昨夜、子供たちが泥のように眠っている間、田中は一人残って脳内のそろばんを弾き、実務効率とリスク管理の観点から「最も角が立たない名前」を事務的に精査していたのだ。

「いいか。名前は『看板』や。強すぎれば売られた喧嘩を買うコストが増え、弱すぎれば交渉で足元を見られる。……まず、これが俺の提示するリストや」

田中は一枚ずつ、丁寧に指を差した。

1.『王都環境衛生・第十七代理店』(公的機関への帰属意識を偽装)

2.『スラム清掃・駆除代行サービス』(サービス内容の徹底した直結)

3.『不純物除去専門・タナカ商会』(責任の所在の明確化)

「これらはすべて、ギルドの登録名簿と照らし合わせ、商標の重複がないことを確認済みや。……正直、どれでもええ。好きに選べ」

「……おっさん」

ザックが深いため息をつき、羊皮紙を指で弾いた。

「……あんた、本気で言ってんのか? なんだよ『代行サービス』って。俺たちは便利屋じゃねえ、冒険者なんだぞ。魔物を狩って、その死体で金を稼ぐ『ハンター』なんだ。掃除なんてのは、そのついでだろ!」

「……お掃除屋さん、かっこよくない。私は、もっと強いのがいい」

ニコも不満げに頬を膨らませる。ミアに至っては、無言で田中の案をすべて裏返した。

「……不評やな。実務的な信頼度は高いと思ったんやが。……なら、お前らで考えろ。俺の叩き台はあくまで『叩き台』や。この看板を一生背負って戦場に立つのはお前らやからな。納得できんのなら、自分らでゼロから絞り出せ」

田中はそう言うと、椅子を引いて一歩下がった。腕を組み、置物のように沈黙を守る。

ここからは、ワンマン社長の押し付けではない。彼らの「冒険者としての自意識」を試す時間だ。

「……なあ。俺たちがやりたいことって、何だ?」

ザックが、田中の冷徹な書類を見つめながら呟いた。

「……強くなる。……そして、狩る」

ミアが静かに、だが鋭く答える。

「そうだよな。魔物をブッ倒して、金稼いで、誰にも文句言わせねえくらいデカくなる。……でもさ、俺たちが今やってる『狩り』って、他の連中とは何かが違うだろ」

ザックが、自分の新調した装備を見つめる。

「おっさんに仕込まれて、嫌になるほど精密に急所を突いて、返り血一滴も浴びずに獲物を解体して……。周りの連中からは『スラムのガキが、鉄ランクのくせに澄まし顔で仕事しやがって』って、いつも『白い目』で見られてる。……それが正直、クソほどムカつくんだよ」

「……白い目」

ニコがその言葉を拾った。

「……それだ。……『ホワイト・アイズ』。……おじさんの冷たい目みたいに、どんなに強い魔物が来ても、一瞬で凍りつかせて仕留める。……ねえ、これなら『ハンター』っぽくてかっこよくない?」

「……ホワイト・アイズ」

ミアもその響きに、初めてわずかな光を宿した。

「……見下す奴らの目を……恐怖で、白く染める。……いい」

ザックがニカッと笑い、田中の前に立ち塞がった。

「……おい田中! あんたの用意した『第十七代理店』はゴミ箱行きだ。俺たちの名前は、**『ホワイト・アイズ』**だ! スラムを這いずり回ってた俺たちの『白い目』を、王都中の奴らに叩きつけてやるんだよ!」

田中は、背後で一切表情を変えなかった。だが、その脳内では最高潮にそろばんの珠が弾けていた。

(……パチ、パチパチ。よし。俺が事務的なクソ案を並べて『夢のなさ』を突きつけたことで、あいつら自身の内側から『反骨精神』と『冒険者としてのプライド』を融合させた最高のブランドコンセプトを引き出した。……有能なマネージャーは、部下に『自分たちで旗を立てた』と確信させるのが、真の仕事やからな)

「……『ホワイト・アイズ』か。……ええ名前や。不服はない。……では、ギルドへ登録に行くぞ。今日は『それだけ』や」

ギルド:商号登録と「経営の第一歩」

数時間後、一行は冒険者ギルドのカウンターにいた。

「……『ホワイト・アイズ』。受理しました。では、鉄プレートの裏面にパーティ名を刻印します」

受付の職員が魔法具を使い、三人の鉄プレートにその名を焼き付けていく。刻まれた文字を見つめる三人の顔つきは、昨日までとは明らかに違っていた。「名無しの寄せ集め」が、一つの「組織」になった証だ。

「……よし、登録完了や。今日はもう帰るぞ」

田中が踵を返すと、ザックが慌てて呼び止めた。

「おい、待てよ田中! せっかく登録したんだ、景気よく一つ依頼を受けていこうぜ! 鉄ランクの討伐なら、今の俺たちなら余裕だろ!」

「却下や」

田中は振り返りもせずに言い放った。

「ええか。名前が付いたということは、これからはお前ら個人の失敗ではなく、『ホワイト・アイズの失敗』として記録に残るんや。ブランドの初陣を、その場の勢いで選んだ端金はしたがねの依頼で汚すわけにはいかん」

「……慎重すぎねえか?」

「リスク管理や。今日は拠点に戻って、新しい名義での『業務分担』と『緊急時のフローチャート』を再確認する。現場に出るのは、装備の最終点検と、俺が周辺の依頼相場を完全に把握してからや。……経営は、戦う前から始まっとるんや」

拠点:組織の再定義

スラムの拠点に戻ると、田中は三人を座らせ、改めて羊皮紙を広げた。

「これより『ホワイト・アイズ』第一回定例会議を始める。……ザック、お前はリーダーや。現場の最終判断と、対外的な交渉を担当しろ。ニコ、お前は『広報兼スカウト』や。持ち前の鼻と耳で、街の噂と現場の異変をいち早く察知しろ。ミア、お前は『技術主任』。武器のメンテナンスと、獲物の急所破壊による資産価値の最大化を担え」

「……技術、主任」

ミアがその響きを気に入ったのか、小さく呟く。

「そして俺は……まあ、相談役アドバイザー兼、経理や。お前らが無理な攻めをせんよう、後ろからそろばんを弾かせてもらう」

田中は、子供たちの目に宿った「自分たちの看板を背負った」という適度な緊張感を満足げに眺めた。

(……パチ、パチパチ。よし。これで内部統制は整った。次は、この『ホワイト・アイズ』という名に見合う、最も収益性の高い『初仕事』を、俺が裏でオークションにかける番やな)

窓の外では、王都の夕陽がスラムの街並みを赤く染めていた。

「ホワイト・アイズ」の快進撃。それは、依頼も受けずに会議室で戦略を練るという、冒険者の常識を無視した「事務的な準備」から始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ