第105話:ブランドの誕生と最初の看板
「……さて。パーティ名の件やが、昨日の約束通り『叩き台』を数案に絞り込んだ。これより選定会議を行う」
翌朝。王都スラムの拠点。朝食の干し肉を噛みながら、田中は無表情に三枚の羊皮紙を並べた。
昨夜、子供たちが泥のように眠っている間、田中は一人残って脳内のそろばんを弾き、実務効率とリスク管理の観点から「最も角が立たない名前」を事務的に精査していたのだ。
「いいか。名前は『看板』や。強すぎれば売られた喧嘩を買うコストが増え、弱すぎれば交渉で足元を見られる。……まず、これが俺の提示するリストや」
田中は一枚ずつ、丁寧に指を差した。
1.『王都環境衛生・第十七代理店』(公的機関への帰属意識を偽装)
2.『スラム清掃・駆除代行サービス』(サービス内容の徹底した直結)
3.『不純物除去専門・タナカ商会』(責任の所在の明確化)
「これらはすべて、ギルドの登録名簿と照らし合わせ、商標の重複がないことを確認済みや。……正直、どれでもええ。好きに選べ」
「……おっさん」
ザックが深いため息をつき、羊皮紙を指で弾いた。
「……あんた、本気で言ってんのか? なんだよ『代行サービス』って。俺たちは便利屋じゃねえ、冒険者なんだぞ。魔物を狩って、その死体で金を稼ぐ『ハンター』なんだ。掃除なんてのは、そのついでだろ!」
「……お掃除屋さん、かっこよくない。私は、もっと強いのがいい」
ニコも不満げに頬を膨らませる。ミアに至っては、無言で田中の案をすべて裏返した。
「……不評やな。実務的な信頼度は高いと思ったんやが。……なら、お前らで考えろ。俺の叩き台はあくまで『叩き台』や。この看板を一生背負って戦場に立つのはお前らやからな。納得できんのなら、自分らでゼロから絞り出せ」
田中はそう言うと、椅子を引いて一歩下がった。腕を組み、置物のように沈黙を守る。
ここからは、ワンマン社長の押し付けではない。彼らの「冒険者としての自意識」を試す時間だ。
「……なあ。俺たちがやりたいことって、何だ?」
ザックが、田中の冷徹な書類を見つめながら呟いた。
「……強くなる。……そして、狩る」
ミアが静かに、だが鋭く答える。
「そうだよな。魔物をブッ倒して、金稼いで、誰にも文句言わせねえくらいデカくなる。……でもさ、俺たちが今やってる『狩り』って、他の連中とは何かが違うだろ」
ザックが、自分の新調した装備を見つめる。
「おっさんに仕込まれて、嫌になるほど精密に急所を突いて、返り血一滴も浴びずに獲物を解体して……。周りの連中からは『スラムのガキが、鉄ランクのくせに澄まし顔で仕事しやがって』って、いつも『白い目』で見られてる。……それが正直、クソほどムカつくんだよ」
「……白い目」
ニコがその言葉を拾った。
「……それだ。……『ホワイト・アイズ』。……おじさんの冷たい目みたいに、どんなに強い魔物が来ても、一瞬で凍りつかせて仕留める。……ねえ、これなら『ハンター』っぽくてかっこよくない?」
「……ホワイト・アイズ」
ミアもその響きに、初めてわずかな光を宿した。
「……見下す奴らの目を……恐怖で、白く染める。……いい」
ザックがニカッと笑い、田中の前に立ち塞がった。
「……おい田中! あんたの用意した『第十七代理店』はゴミ箱行きだ。俺たちの名前は、**『ホワイト・アイズ』**だ! スラムを這いずり回ってた俺たちの『白い目』を、王都中の奴らに叩きつけてやるんだよ!」
田中は、背後で一切表情を変えなかった。だが、その脳内では最高潮にそろばんの珠が弾けていた。
(……パチ、パチパチ。よし。俺が事務的なクソ案を並べて『夢のなさ』を突きつけたことで、あいつら自身の内側から『反骨精神』と『冒険者としてのプライド』を融合させた最高のブランドコンセプトを引き出した。……有能なマネージャーは、部下に『自分たちで旗を立てた』と確信させるのが、真の仕事やからな)
「……『ホワイト・アイズ』か。……ええ名前や。不服はない。……では、ギルドへ登録に行くぞ。今日は『それだけ』や」
ギルド:商号登録と「経営の第一歩」
数時間後、一行は冒険者ギルドのカウンターにいた。
「……『ホワイト・アイズ』。受理しました。では、鉄プレートの裏面にパーティ名を刻印します」
受付の職員が魔法具を使い、三人の鉄プレートにその名を焼き付けていく。刻まれた文字を見つめる三人の顔つきは、昨日までとは明らかに違っていた。「名無しの寄せ集め」が、一つの「組織」になった証だ。
「……よし、登録完了や。今日はもう帰るぞ」
田中が踵を返すと、ザックが慌てて呼び止めた。
「おい、待てよ田中! せっかく登録したんだ、景気よく一つ依頼を受けていこうぜ! 鉄ランクの討伐なら、今の俺たちなら余裕だろ!」
「却下や」
田中は振り返りもせずに言い放った。
「ええか。名前が付いたということは、これからはお前ら個人の失敗ではなく、『ホワイト・アイズの失敗』として記録に残るんや。ブランドの初陣を、その場の勢いで選んだ端金の依頼で汚すわけにはいかん」
「……慎重すぎねえか?」
「リスク管理や。今日は拠点に戻って、新しい名義での『業務分担』と『緊急時のフローチャート』を再確認する。現場に出るのは、装備の最終点検と、俺が周辺の依頼相場を完全に把握してからや。……経営は、戦う前から始まっとるんや」
拠点:組織の再定義
スラムの拠点に戻ると、田中は三人を座らせ、改めて羊皮紙を広げた。
「これより『ホワイト・アイズ』第一回定例会議を始める。……ザック、お前はリーダーや。現場の最終判断と、対外的な交渉を担当しろ。ニコ、お前は『広報兼スカウト』や。持ち前の鼻と耳で、街の噂と現場の異変をいち早く察知しろ。ミア、お前は『技術主任』。武器のメンテナンスと、獲物の急所破壊による資産価値の最大化を担え」
「……技術、主任」
ミアがその響きを気に入ったのか、小さく呟く。
「そして俺は……まあ、相談役兼、経理や。お前らが無理な攻めをせんよう、後ろからそろばんを弾かせてもらう」
田中は、子供たちの目に宿った「自分たちの看板を背負った」という適度な緊張感を満足げに眺めた。
(……パチ、パチパチ。よし。これで内部統制は整った。次は、この『ホワイト・アイズ』という名に見合う、最も収益性の高い『初仕事』を、俺が裏でオークションにかける番やな)
窓の外では、王都の夕陽がスラムの街並みを赤く染めていた。
「ホワイト・アイズ」の快進撃。それは、依頼も受けずに会議室で戦略を練るという、冒険者の常識を無視した「事務的な準備」から始まった。




