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第104話:権限委譲と「パーティ名」の打診

「……さて。現場の動きも安定してきた。次は『権限委譲』、つまり俺が細かく指図せんでも回る組織作りや」

王都スラムの一角、今にも崩れそうなボロ屋のテーブルで、田中は無表情のまま脳内のそろばんをパチリと弾いた。

これまでの数ヶ月、ドブ板営業のような泥臭い薬草採取から始まり、鉄ランクへの昇級、そして装備の最適化。すべては田中の計算通り、いや、それ以上のスピードで進んできた。だが、組織が成長し、業務が高度化するにつれ、リーダーである田中にすべての判断を仰ぐ「指示待ち」のコストが無視できなくなってきたのだ。

「いいか。いつまでも俺が『右向け右』と言わな動けんようでは、緊急事態イレギュラーに対応できん。商売の世界では、現場の判断の遅れが一千万の損失、あるいは倒産に直結する。冒険者なら、それがそのまま『死』や」

田中は事務的な口調で、目の前に座る三人の子供たちを見据えた。

ザックは新調した直剣の柄を無意識に撫で、ニコは退屈そうに鼻をひくつかせ、ミアはただ無言で足元の影を見つめている。かつては飢えに震えていたスラムのガキどもが、今や一人前の冒険者としての顔つきになりつつある。だが、彼らにはまだ、現場を統括する「当事者意識オーナーシップ」が足りない。

「今日の依頼は、森の入り口付近での『野犬ワイルド・ドッグ』の駆除や。……ザック、今日のプロジェクトマネージャーはお前や。俺は後ろで一切口を出さん。不測の事態も含めて、全部お前らで判断して完結させろ。……ええな?」

「……へっ、マジかよ。あんたが黙っててくれるなら、せいせいするぜ! 任せとけって、俺たちだけでも完璧にやってやるよ」

ザックが勇んで立ち上がる。鉄ランクになってからの彼は、自分たちの実力に自信を持ち始めていた。それが「若さ」ゆえの過信か、あるいは田中の徹底的な教育による「裏付けのある自信」か。それを見極め、権限を委譲できるか判断するのが、今回の田中の裏の目的でもあった。

現場:自律する現場力

王都近郊、木々が重なり合う森の境界線。

かつては一匹の魔物にも怯えていた子供たちが、今では足音を殺し、効率的なフォーメーションで獲物を追い詰めていく。

田中は彼らから十数メートル後方、魔物が絶対に飛び込んでこない「安全圏」を維持しながら、懐中時計を片手に歩を進める。

(……パチ、パチパチ。よし、索敵開始から接敵まで300秒。ニコの鼻が『迷い』を排除しとるな)

前方で、五頭の野犬が低い唸り声を上げて現れた。いつもならここで「ザック、左。ニコ、回り込め」と田中の指示が飛ぶ場面だ。一瞬、ザックが後ろの田中を振り返りそうになるが、ぐっと堪えて叫んだ。

「……ニコ、右の二匹を抑えろ! ミアは隙を見て一匹ずつ確実に仕留めろ。……行くぞ!」

ザックがロングスリングを振り回し、石礫をリーダー格の眉間に叩き込む。

ニコは影に溶けるように移動し、野犬の死角へと回り込んだ。彼の「鼻」は、野犬たちが次にどの方向へ飛びかかるか、その「匂い」から予測を立てている。

そしてミアだ。彼女の動きには無駄がない。

ザックとニコが作り出した一瞬の隙。そこへ、あの「ニードル」が音もなく吸い込まれていく。

野犬の厚い毛皮を避け、頸椎の隙間に正確に突き刺さる鋭い一撃。

(……しゅっ、……っふ)

獲物が崩れ落ちる瞬間、ミアの口角がほんのわずかに跳ね上がる。だが、彼女はそれを周囲に見せることはない。すぐに感情を「無」に戻し、返り血を避けて次の獲物へと視線を移す。それは、田中が繰り返し叩き込んだ「作業の継続性」の体現だった。

田中は一切口を出さず、ただその光景を観察し続けていた。

(……パチ、パチパチ。ザックの判断スピードは合格点。ミアの処理精度も向上しとる。現場の『標準化』はほぼ完了やな)

現場から言葉が消える。代わりに、肉を裂く音と、乾いた石の音、そして規則正しい呼吸音だけが森に響く。

それは「支配」されている不気味さではなく、同じ目的を持つプロフェッショナルたちが、共有された「最適解」に基づいて動いている、極めて機能的な美しさだった。

ギルド:誠実な「完了報告」と予想外の打診

夕暮れ時。王都の冒険者ギルドは、一日の仕事を終えた荒くれ者たちで熱気に満ちていた。

その喧騒の中、ザックを先頭にした一行がカウンターへ向かう。

「……終わりました。確認をお願いします」

ザックは田中に厳しく教育された「ビジネスマナー」に従い、ぶっきらぼうながらも丁寧な言葉遣いで、討伐証明である野犬の耳を提出した。

耳はすべて丁寧に洗浄され、左右一対ずつ、規格通りに束ねられている。

「……ああ、タナカさんのところか。いつも通り、文句なしの綺麗な仕事だ。助かるよ、ザック」

受付の職員が、安堵したような笑顔で応じる。

ギルドにとって、納品物が「汚い」ことは、それだけで再処理の手間を増やすコスト増でしかない。職員たちにとって、彼らは「話が早くて仕事が正確な、超優良な取引先」になりつつあった。

「……いえ。私たちは指示通りに動いただけですから。……あ、これ。移動中に見つけた薬草です。端材みたいなもんですが、よければ使ってください」

ザックが差し出した安価な薬草。

田中はさらに数歩後ろで、清潔なシャツの襟を整えながら、置物のように佇んでいた。

その脳内では、またそろばんが弾かれている。

(……パチ、パチパチ。よし。端材を贈与することで、心理的な返報性を確保。これで将来、何かあった時の『交渉の余地』が広がる。商売の基本は、相手を勝たせながら自分も勝つ『三方良し』や)

田中が「将来の円満な卒業に向けて、しっかり徳を積んでおかんとな」と脳内でハンコを押している間に、受付の職員がふと思い出したように、少し真剣な顔で身を乗り出してきた。

「あ、そうだ、タナカさん。少しお話が……」

田中は無表情のまま、一歩前に出た。

「……何でしょうか。納品物に不備でも?」

「いえいえ! むしろ逆です。君たちの仕事ぶりはかなり評判になってましてね。……そろそろ、ギルドとしても正式に君たちを『特定のグループ』として管理したいんですよ。今のままだと書類上も『タナカ一行』とか呼ぶしかなくて。鉄ランクにもなりましたし、そろそろ看板を掲げて活動していただかないと、指名依頼を出す際にも不便でして」

職員は、新しい登録用紙をカウンターに置いた。

「要するに、**『パーティ名』**を決めて欲しいんです」

田中はぴくりとも表情を変えなかったが、脳内ではソロバンの珠が激しく火花を散らした。

(……パーティ名。つまり『商号』の登録か。これはメリットとデメリットが表裏一体やな)

看板を掲げれば、信頼性は増し、指名依頼による利益率向上が見込める。だが同時に、その名前が売れすぎれば、王都を離れる際の「廃業手続き」が面倒になる。あまりに目立つ名前を付ければ、無用な注目を集め、競合からの妨害も増えるだろう。

「……『パーティ名』ですか。なるほど、それは組織の今後に関わる重要な決定事項ですね」

田中の事務的な返答に、職員は苦笑いした。

「ははは……相変わらず堅苦しいですね。まあ、そんなに難しく考えず、君たちらしい名前を付けてくれればいいんですよ」

「……分かりました。持ち帰って、メンバー内で検討し、後日回答させていただきます」

ギルドを後にする帰り道。

「おい、田中! パーティ名だってよ! かっこいいやつにしようぜ! 『疾風の牙』とかさ!」

ザックが興奮気味に叫び、ニコも「美味しいものが連想できる名前がいいな」と呟く。ミアはただ、短剣の鞘を撫でながら、田中の背中をじっと見ていた。

田中は沈む夕陽を見つめながら、指先を微かに動かした。

(……パチ、パチパチ。……あかん、ザック案は中二病がすぎて営業妨害や。……もっとこう、当たり障りがなくて、かつ信頼感のある名前。……『王都スラム清掃代行サービス』? いや、それはあまりに夢がないな……)

将来の円満な王都脱出と、現在の収益最大化。

その狭間で、商社マン・田中の「ネーミング戦略」を巡る孤独な戦いが始まろうとしていた。

「よし。今日の業務は終了や。パーティ名の件は、俺が叩き台を作る。……お前らは帰りに美味いもんでも食って、明日の英気を養え。……経費で落としてええぞ」

「おっしゃあ! 田中、太っ腹!」

歓声を上げながら食堂へ駆けていく子供たち。

田中はその背中を無表情で見守りながら、脳内のそろばんで「今日の飲食接待費」を計上した。

将来、この場所を去る時、このパーティ名が「伝説」ではなく「綺麗な過去の記録」として残るように。

田中の事務的な思考は、すでに数手先の「解散戦略」までをも弾き出していた。

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