第101話:減価償却と再投資の合理性
「……さて。鉄ランクにもなったことやし、装備の減価償却も進んどる。ここらで『再投資』や」
スラムの湿った空気の中、田中は無表情のまま、テーブルの上にいくつかの「ガラクタ」を並べた。
数ヶ月のドブ板営業と薬草採取で積み上げた利益。それをピカピカの武器屋で浪費するほど、田中の経営感覚は甘くない。彼が選んだのは、ギルドの裏手にあるジャンク市から「目利き」で拾い上げた、持ち主の死んだ中古品や欠陥品だ。
「ええか。高いもんが強いんやない。お前らの『今の動き』に合うもんが一番の資産や」
田中は一切口角を上げず、淡々と、だが冷徹なまでに合理的な「職務割り当て」に従って装備を配分していく。
ザック:【投石斥候・保険としての鉄】
• メイン: 使い古された魔獣革の**「ロングスリング」**。
• サブ: 研ぎ減りして短くなったが、芯に高級鋼が残る**「実用本位の直剣」**。
• 田中の処理: 水流魔法で革の繊維を締め直し、剣の重心を「振る」のではなく「叩き斬る」位置へ調整。
• 狙い: 「遠距離で削り、接近されたら重さで受ける。剣は戦うためやなく、死なないための『保険』や。見栄えは経費の無駄やから気にすんな」
ニコ:【隠密剥ぎ取り・消音仕様】
• メイン: 誰かが「短すぎて使いにくい」と捨てた薄身の短剣。
• 装備: 靴底に柔らかなフェルト状の端材を張り合わせた**「忍び靴」**。
• 狙い: 「お前は『鼻』がええ。獲物に気づかれる前に近づくための消音性や。刃の短さは機動力で補え」
ミア:【必殺・高効率ニードル】
• メイン: 治癒ギルドの廃棄物から回収した、細い**「穿孔用の錐」**を再加工した刺突具。
• 狙い: 「ミア、お前はウサギの喉を突く時、口角が上がっとったな。なら、一番抵抗なく生命を摘み取れる形にしたわ」
ギルド窓口:静かなるプロファイリング
翌日、一行はいつものように冒険者ギルドのカウンターへ現れた。
ザックが、少し背伸びをして買った(ように見える)中古の直剣を腰に下げ、鉄ランクのプレートをカチャリと鳴らす。
田中は数歩後ろで、返り血一つない清潔なシャツを纏い、事務的にその様子を眺めている。
「……おう、ザック。またいい角ウサギだな。……ん? 待て」
受付の職員が、納品された素材を見て動きを止めた。
1.「異常な命中精度」: ウサギの眉間には、スリングによるピンポイントの打撲痕。
2.「冷徹な処置」: 喉元には、細い針で一突きされたような、最小限の出血跡。
3.「装備の違和感」: ザックが腰に下げている中古の剣。一見ボロだが、その鞘の収まり、抜刀しやすい角度への微調整。それは**「数千回の実戦」**を経験した者だけが辿り着くカスタマイズだった。
「おい、ザック。その剣……どこで手に入れた?」
ギルドの奥で、帳簿をつけていた**【古参の鑑定官】**が顔を上げた。その鋭い視線が、ザックではなく、背後で無表情に立つ男――田中に突き刺さる。
(……一見、スラムのガキの寄せ集め。だが、装備の選択が『合理的すぎる』。あえて安物を選び、それを使い手の骨格に合わせてミリ単位で調整してやがる。あんな真似ができるのは、軍の特殊工作部門か、あるいは……)
田中は一切口角を上げず、事務的に、淡々と答える。
「……あ、いや。ガラクタ市で安かったんで、自分たちで少し手入れしただけですわ。鉄ランク相応の、ありふれた装備ですよ」
(「「「(嘘をつけ!!)」」」)
ギルド内に、言葉にならない戦慄が走る。
彼らの目には、無表情な田中の姿が、**「スラムのガキを、最少の投資で最凶の暗殺ユニットへ作り変えようとしている、冷酷な軍師」**に見えていた。
「よし。装備も馴染んだようやし、今日の『業務報告』は以上や。帰って明日のシフト確認するぞ」
田中の言葉に、ザックたちは「おう!」と元気よく(しかしプロの殺気を孕んで)応じる。
田中が「安上がりでええ買い物ができた。利益率向上や」と脳内で電卓を叩いている間に、ギルドの通信網(輸送・伝書ギルド)を通じて、王都へ向けて一つの報告が飛び始めた。
『――街のギルドに、正体不明の「教育者」が現れた。等級は鉄だが、その隠蔽技術と合理性は計測不能。至急、素性を洗え』
田中が望んだ「平穏な経営」の天秤が、音を立てて歪み始めた。




