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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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勢至堂渓谷

 遙香の運転する日産ジュークが田園風景の中を猛スピードで突き進む。法定速度を完全に無視ししているが、助手席に座る悠輝は姉を止めるつもりはなかった。


彼女が強力な験力を発しているのを感じる、眼で見え、耳で聞こえる以上の物を感知しながら運転しているのだ。運転は信じて任せるしかない。のどかな風景に睡魔が襲う。昨夜からほとんど寝ていないのが祟っている。いつも厄介事が起きる時は睡眠不足だ。


 ボーッとしてきた頭に嫌な予感が流れ込む。悠輝は頭を振って、持ってきたボディバッグに手を突っ込んだ。中には念のために持ってきた武器が入っている。その先端を握った痛みで眠気を払い、ナビに眼をやった。


「須《す》賀《か》川《がわ》か……」


 隣の市まで来てしまった。やはり紫織は、友達に誘われて遊びに行ったわけではない。


 ジュークは田園地帯を抜け、山々に囲まれた細い道へと入った。この方角だと勢《せい》至《し》堂《どう》渓《けい》谷《こく》があり、ほとんどクルマも通らない。人気《ひとけ》の無い山道が悠輝を不安にさせ、眠気もどこかへ行ってしまった。


「姉貴……」


 思わず遙香の顔を覗き込む。


「大丈夫、あの子は生きている」


「そうか」


 ホッと胸をなで下ろす。だが、まだ安心は出来ない。現に姉は「生きている」と答えたが、「無事だ」とは一言もいっていない。紫織がどんな状態に置かれているかは判らないのだ。


 途中でジュークは真新しい脇道に逸れた。ナビに視線を向けると表示されていない。悠輝はスマホで航空写真を見た。この先に何か施設がある。


  これは……


 半年前の事件が脳裏に蘇る。二月の末、天城の探偵事務所に市長から娘を探してくれと依頼が来た。選挙が近く事を公にしたくないため、警察ではなく探偵事務所に依頼したのだ。娘は明人と同じ高校に通っており、そこで勉強サークルと呼ばれているグループに所属していた。そのため天城は、明人に高校内部の調査を協力して欲しかったのだ。


 悠輝は乗り気では無かったが彼女に借りがあるため、やむなく明人に確認した。そして彼の意に反し、従弟は協力を受けてしまった。明人が勉強サークルを調べると、それが近年東北を中心に勢力を伸ばしていたアークソサエティに繋がっている事が判った。明人が連れ去られたため、悠輝はアークの大槻聖堂を壊滅させたが、そこからリンチで殺された亡骸が三体発見された。


 全国的に大騒ぎになったが、なぜか急速にマスコミに取り上げられなくなった。裁判では大槻支部長、つまり小角が独断でやっていたと主張している。完全なトカゲの尻尾切りだ。何か特別な力が働いたとしか思えない。政府やマスコミの上層部にも影響力があるのか、鬼多見のような異能力者を擁《よう》しているのか、もしくはその両方の可能性もある。


  恐らく三つめだろうな……

        

 狭い道を抜けると、塀に囲まれた大きな施設が現れた。その閉ざされた門に『アークソサエティ勢《せい》至《し》堂《どう》渓《けい》谷《こく》聖《せい》堂《どう》』と書かれている。


「正面突破か?」


「あたしを誰だと思ってんの?」


「鬼多見法眼の娘」


 露骨に嫌そうな顔をして悠輝を睨み付けながら、遙香はドアを開けた。悠輝もジュークを降りると、待ち構えていたように門が自動で開く。


「追ってくるのも想定内か」


 中からローブを纏《まと》った女性を中心に、二十人ほどの白装束を着た男女がやってくる。悠輝は施設内に踏み込もうとして、隣に立っている姉の様子がおかしいのに気付いた。青白い顔でローブの女を凝視している。


「姉貴?」


「お久しぶりですね、遙香。それに悠輝君もすっかり大人になって」


「誰だ、おまえ?」


 女の言葉に、ぶっきらぼうに答える。


「まぁ、誰でもいい。素直に紫織を返せば、警察に通報するだけで済ませてやる。それが嫌なら、ここも大槻同様叩き潰す」


 素直に返すようなら初めから誘拐などしないだろうし、通報されても揉み消されるだろう。面倒だが、一応手順は踏まなければならない。


「さすが遙香の弟ですね、礼儀知らずな野蛮人」


「テメェが言うなッ」


 交渉決裂だ、後は実力行使あるのみ。この場の全員を打《ぶ》ちのめすべく、ボディバッグの位置を直し、門の中に踏み込む。


「待って!」


 今まで沈黙していた遙香が声を上げた。思わず脚を止める。


「こんな所で何をしてるの、玲《れ》菜《な》?」


 強ばった表情で女に問う、動揺しているのだ。名前を聞いて悠輝はやっと思い出した。大分雰囲気は変わっているが、眼の前の女は姉の友人だ。


  それが動揺の原因か。


「信仰に基づいた救済よ」


「ハッ、拉致監禁が救済とはカルトらしいな」


「悠輝ッ」


 弟の挑発を遙香は止めた。


「いつ入信したの?」


「教主様が『救世の会』を開いた時から」


 アークソサエティの母体となったのが『救世の会』で、今から十八年前に結成された。それから五年後、今から十五年前に名を『宗教法人アークソサエティ』に変え、福島を中心に東北地方を中心に広がり、東日本大震災以降一気に信者を増やし、今や日本全国に信者がいる。


「坂本が、あなたの心の隙につけ込んだのが判らないの?」


「軽々しく教主様をその名前で呼ばないで!

 あの方は救世主、耶蘇未麓です」


「玲菜……」


 遙香は悲しそうに肩を落とした。


「言っておきますが、私たちの心を操ろうとしても無駄です。教主様より我々は能力《ちから》を与えられてるのですから」


 玲菜の言う通り、彼女を含め信者たちの何人かから異能力を感じる。大槻にいた信者と同様、己自身の能力《ちから》ではないし、まとめてかかって来ても悠輝一人で対処出来る。先に手を出したくなかったが、もう不法侵入はしているし、そもそも彼らは紫織を誘拐している。姉が昔の友達相手に躊躇《ためら》うなら、自分が手を下すまでだ。


「どけ、紫織を返してもらう」


 玲菜を守るように他の信者が立ちはだかる。


 間合いを詰め、一気に蹴散らそうとした時、背後でタンッと乾いた音が響いた。


 振り返ると、姉が倒れていく。恐らく一瞬の出来事だが、悠輝にはスローモーションに見えた。


 踵を返し、遙香に駆けよる。


「姉貴ッ?」


 抱き上げると、手に生温かい物がべっとりと着く。


 直感が働き、すぐさま横に飛び退く。


 その動きが終わる前に、再びタンッと音が響いて、さっきまでいた地面がえぐれた。


  スナイパーかッ? ってことは……


 反対側からも銃声がした。相手の腕が悪いのか、それとも安物を掴まされたのか、弾はかすりもしない。


  クソッ……


 玲菜の前に出た信者たちは拳銃やスタンガン、警棒などを手にしている。


「裂気斬!」


 悠輝は験力を刃に変えて信者たちに放った。


 先頭に立っていた数名から悲鳴と共に血しぶきが上がる。


 相手が怯んだ隙にバッグを盾にして、姉を抱えたまま門まで後退する。


 三度《みたび》、ライフルの銃声が響き、今度は門に当たった。


 狙撃手の姿は見えない。つまり、こちらから反撃は出来ないという事だ。


 験力の壁を自分と姉の周りに作った。


  これとバッグで銃弾をしのげるか……


 さすがに心許ないが、出来る限りの事をするしかない。全力で門をくぐり、ジュークの陰に入る。


 また銃声が轟き、二人がいる反対側のドアに弾丸が当たる。


 教団施設は山を削って造られており、向かい側は切り立った崖のようになっている。


 スナイパーはその上から狙撃しているのだ。


 遙香のジュークはインテリジェントキーのため、彼女が鍵を持って近くにいればドアを開けられる。悠輝は素早く後部座席に姉を押し込み、自分は運転席に滑り込んだ。


 アクセルを踏み急発進させる。一応、免許は持っているが、九年近く運転していない。


 取って間もなく、法眼のクルマを動かしたら、駐車場の壁にぶつけて大破させてしまった。「お前に免許を取らせるべきではなかった」と散々文句を言われた。


 普通なら反発するが、彼自身自分の運転が凶器である事を自覚していたので、それ以来自動車のハンドルを握っていないのだ。


 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。


「悠輝……戻って……紫織が……」


 後部座席から遙香が呻くように言う。


「一時撤退だ、今は姉貴を病院に運ぶ」


「ダメ、紫織が……」


「大丈夫だ、あいつらは本気でおれ達を殺そうとした。人を殺してまで奪い返されたくない人間を粗末《そまつ》に扱うはずがない」


 そうだ、紫織は無事だ、今はそう信じるしかない。


「でも……」


「安心しろ、姉貴を医者に預けたら、あいつら全員八つ裂きにしてやる!」


 怒りが腹の底から湧いてくる。


「ダメ……」


「何がダメなんだ、あの玲菜とかいう狂信者かッ? 昔の友達か何だか知らないが、紫織を拉致して姉貴を殺そうとしたんだぞ!」


「悠輝……」


「それより、今心配しないと行けないのは……」


 バックミラーにワンボックスが映る、確認出来るだけでも三台。ジュークは悠輝のつたない運転で何とか百キロ近く出ている。このスピードに追い着いてくるという事は、


「追っ手だ」


 銃撃されると厄介だ、その前に何とかしなければ。


「姉貴、何か被る物はあるか?」


「ちょ……あんた、あたしのクルマ……」


「殺されるよりマシだろッ。奴らを殲《せん》滅《めつ》したら、戦利品でベンツでもポルシェでも買ってやる!」


 悠輝は前を向いたまま、無造作に助手席に置いたボディバックに手を突っ込んだ。ジュークが大きく傾き、ガガガガッと嫌な音を立ててガードレールを擦《こす》る。


「ゆ、悠輝ぃ~」


 息も絶え絶えに遙香が声を絞り出す。


 悠輝がバッグから取り出したのは、数本の長さが一五センチほどある太い釘だ。法眼からも言われていたし、己自身も姪たちに験力は自分の生命が危険に曝されない限り、人に使ってはならないと繰り返し教えてきた。しかし、アークソサエティ大槻聖堂を壊滅させてから、彼らの報復を想定する必要に迫られた。運良く大槻には銃器も強力な異能者もいなかったが、今後も同じとは言い切れない。現に、最悪の状況に陥っている。


 悠輝は秘かに対人用の験力の使用方法を研究していた。釘の先端をリアガラスに向ける。モタモタしたせいで、追っ手が大分近付いて来た。


  よしッ、この距離なら届く。


 釘を握った手に験力を集中させる。運転しながらだと上手く行かないが、ちょうど山道を終え、長い直線に入った。


「スパイクマシンガン!」


 釘が手の中から銃弾のごとく勢いよく飛び出し、リアガラスを砕いて突き進む。遙香の身体にガラスの破片が降りかかったが、肝心のワンボックスはフロントガラスにヒビが入り、ボディに傷を付けただけで、大してダメージを受けていない。


 車体を揺らしながら、再び釘を取り出す。クルマを運転しながら意識を集中するのは難しいし、ジュークのリアウインドウは小さめときている。ただでさえ悠輝は運転がド下手なのだ。


  落ち着け、イメージしろ。

  釘がリアウインドをくぐり抜け、追っ手のフロントガラスを割り、中の奴に突き刺さるのを……


 験力はイマジネーションにより変化する。真言を唱えるのも言葉でイメージをより具体化するためだ。逆に言えば真言でなくても、それどころか言葉を発せずとも、強いイマジネーションがあれば自在に験力を変化させられる。この事に気付いた悠輝は、真言ではなくイメージしやすい単語を好んで使うようになった。


  釘は直進させなくていい。

  イメージしろ、この釘は追尾ミサイルのように曲がりくねって飛んで行く。


「スパイクマシンガンッ」


 釘が再び勢いよく飛び出す。今度は曲がりくねりながら飛んでいき、追っ手のフロントガラスを砕く。タイヤにも何本か突き刺さった。横転し車体が道を塞ぎ、後続のクルマと衝突した。


「ノウマク サンマンダ バザラダン カン!」


 左手で不動三鈷印を結び真言を唱える。なれた物なら、自作の単語より使い勝手が良い。爆発音が轟き、背後のクルマから炎が上がった。これでしばらくは足止め出来るはずだ。再びつたない運転に集中する。


 アドレナリンが引いていき、冷静になっていく。ハンドルを握る手が震え始めた。


 殺《や》ったかも知れない。いや、恐らく裂気斬で斬りつけた信者を含め、少なくても二、三人は殺したはずだ。今まで魔物や悪霊と呼ばれるモノを封じたり祓ったりしてきた。だが、人を殺めたことはない。


 向こうは多勢で銃で狙撃までしてきた、完全な正当防衛だ。それでも、人殺しの事実は悠輝を激しく動揺させた。彼が化け物呼ばわりしている法眼でさえ、人を殺した事はないはずだ。


  人殺しの化け物は、おれか……


『鬼を多く見てきた者はやがて己自身も鬼と化す』


 これが鬼多見の名の由来だと聞いた事がある。その名のごとく鬼多見悠輝は鬼となったのだ。


「ゆう……き……だい……じょうぶ?」


 息も絶え絶えだが、それも遙香は弟を気遣う。


「ああ、おれは問題ない。大丈夫じゃないのは姉貴だろ」


 バックミラーで後部座席を確認すると、遙香の血が大分付着している。今は自《じ》己《こ》憐《れん》憫《びん》に浸っている場合ではない、やるべき事に集中しなければ。


  今度こそ、守り抜いてみせる。

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