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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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アイソレーション・タンク

 紫織は勢いよくウオータースライダーから滑り降りた。


「きゃはははは……」


 氷室達也が彼女を連れてきた場所には、普通のプールだけではなく、このスライダーや、流れるプール、そしてイルカと一緒に泳げるプールまであった。


 行きたいと思っていた、スパリゾートハワイアンズより凄い。これなら今まで泳げなかった分も取り返せると、紫織はご満悦だった。


「でもな……」


 この大きな施設にいるのは彼女だけだ。初めは独り占め出来ると喜んでいたが、直ぐに淋しくなってきた。もう一度イルカと遊ぼうかなと考えたら、政宗の事を思い出した。いつも紫織を背に乗せてくれる優しい犬、マサムネくん。皆に心配をかけたくなくて独りで泣いていると、決まって彼は現れて寄り添ってくれた。


  もう、かえろうかな。


 そう思った次の瞬間、誰かに呼ばれたような気がして顔を上げた。


「え?」


「しおりー!」


 八千代にいるはずの友達が皆、プールサイドを駆けてくる。


「どうしてここに?」


「しおりにあいに来たにきまってるじゃん」


「こんどはワタシたちが、こーりやまに行くってやくそくしたでしょ?」


「じゃ、みんながアタシをここに?」


「そうだよッ、だからいっしょに遊ぼう!」


「うんッ!」


 紫織は友達と一緒にイルカの背中にまたがった。


     *     *     *


「状況はどうだい?」


「プールで友達と遊んでおります、教主様」


 耶蘇未麓の問いに氷室達也は恭しく答えた。


 二人の眼の前にはアイソレーション・タンクがあり、この中に真藤紫織は入れられている。タンクの中には濃縮されたエプソムソルト溶液が入っており、それに浮かぶ事で無重力を体感出来るのだ。さらに外界と感覚を遮断され、深い瞑想状態に入る。その事で強力なリラクゼーション効果やストレス解消、全身のマッサージなどの効用を得られるのだ。彼らはこの装置を別の目的で使用していた。


「鬼多見の血を引く少女、君と同じく、我々の心強い守護神となるよ」


「恐れ多い、私もこの者も教主にお仕えするのみです」


「フフフ……その謙虚さが実に素晴らしい。だからこそ君は御子神なんだ、期待しているよ」


「お任せください」


 未麓は御子神と呼んだ達也を残して、タンクの部屋を出た。




 廊下には長い黒髪で年齢不詳の女が立っていた。


「坂本さん、何を考えているんです」


 批判的な口調よりも、本名を呼ばれた事に未麓はムッとした。


「君には関係ないだろう?」


「それを決めるのはあんたじゃない、鬼多見法眼よ。

 あんたの浅はかな行動で、こっちまで巻き込まれたら溜まらないわ」


「君は客対応すら出来ないんだね。こっちは充分過ぎる金を払っているんだ、多少のリスクは我慢したまえ。それとも君の呪符は鬼多見には通じないのかな? 芦《あし》屋《や》は名ばかりかい?

 半年前、役立たずの呪符のせいで、鬼多見の小《こ》倅《せがれ》に酷い損害を受けたのは、君も知っているよね?」


 挑発的に眼の前の女、芦《あし》屋《や》満《みち》留《る》を見下ろす。


「人にせいにしないで、あんたの使い方が悪いんでしょ。

 半年前の事件だって、こっちにまで火の手が廻りそうだった」


「実際はならなかった」


 未麓は鼻で嗤った。


「運が良かっただけだわ。大体、鬼多見法眼を敵に回すのはバカだけよ。

 まぁ、好きになさい。これ以上私は関わらない、取引はこれまで」


 吐き捨てるように言うと、満留は背を向けて廊下を歩いて行った。


 彼女を見送りながら、未麓は懐から携帯電話を取り出し、操作をして耳に当てる。


「私だよ、鬼多見法眼はどうだい?

 なるほど、順調なんだね。

 引き続き頼むよ」


 未麓は通話を終え、満留が去った廊下の先を見つめた。


「取引はこれまでか。

 それは良かった、もう君は要らないんだよ」


 未麓は口元に歪んだ笑みを浮かべた。


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