廃校 肆
体育館を出ると、天城と明人たちも戻っていた。梵天丸が悠輝の許へ駆けてくる。
「怪我はないか?」
しゃがんで愛犬の顔を両手で挟む。
「あのー、ユウ兄ちゃん……」
明人がおずおずと声をかけてきた。
「おまえも無事……あぁあぁあぁあぁ!」
思わず絶叫した、従弟の背後に完全にフレームが歪でいる愛車があった。
「ゴメン、アークの式神にやられた」
「……………………」
涙がこみ上げてくる。誰かが、ポンと肩を叩いた。
振り向くと姉が居た。
「あたしの気持ち、解った?」
あんたが買ってくれたんだよ……
そう思った時、着信音が鳴った。防弾チョッキの下からスマホを取り出す。
よく壊れなかったな。
感心しながら画面を見ると『真藤朱理』と表示されていた。
胸騒ぎを覚え、悠輝は電話に出た。
「朱理か? どうした?」
〈おじさんッ? 今、東京の次大夫堀公園ッ。お願い、たすけて!〉
「どうした朱理ッ? 何があったッ? 朱理ッ、もしもし!」
いくら呼びかけても、すでに通話は切れている。
「クソッ」
「どうしたの?」
法眼を始め、その場にいる仲間たちが緊迫した面持ちで悠輝を見つめている。
「朱理が助けを求めてきた。電話は……恐らく自分で切った、焦っているみたいだった」
「今、何処におる?」
「次大夫堀公園、東京だ。とにかく、行かないと」
「どうやって? ここからじゃ何時間もかかるぞ」
天城が珍しく青ざめた顔で言う。名探偵の勘が、朱理の置かれた状況が最悪だと告げているのだろう。
「親父、姉貴、おれを飛ばしてくれ」
「それなら俺が……」
「ダメよ、爺ちゃんは残って」
有無を言わせぬ口調で遙香が止めた。
「ごめん、本当はあたし、かなりムリをしているの。瞬間移動なんてやったら、確実に意識を失うわ。ここで事後処理をやれる人間が必要でしょ? 悠輝には出来ない」
遙香の言う事後処理とは、これから来る警察や生き残った信者たちの記憶の調整だ。
「判った。遙香、朱理ちゃんの場所は判るか?」
遙香は目を瞑った。
「大丈夫、見つけた。でも、この距離、今の験力だと……」
「心配するな、俺がどうにかする」
「爺さんだって、それほど余裕は無いだろ?」
法眼の験力は強大だが無限ではない、さっきの戦いで験力の翳りを悠輝は感じ取っていた。本当に余裕があるならもっと早く合流したはずだ。つまり法眼もそれだけ手こずる状況下にいたため、その分だけ験力は消費している。
「そんな悠長な事を言っている場合ではなかろうッ」
「おねえちゃん、ピンチなの?」
声のした方に視線を向けると、いつの間に来たのか、政宗に跨がった紫織がいた。
「大丈夫だよ、おじちゃんたちが何とかするから」
紫織を安心させるために笑顔で答える。
「アタシのもつかって」
「え?」
「ゲンリキ、アタシ、いっぱいもってるんでしょ?」
「ありがとう、紫織。でも……」
「じゃあ、お母さんの手を握って」
遙香が悠輝の言葉を遮り、紫織の手を取った。
「姉貴ッ?」
「今は猫のても借りたい状況でしょ?」
法眼も渋い顔で頷いた。
「アタシ、ネコじゃないよ!」
「わかってる。
紫織、験力をいっぱい使うと、すごく疲れちゃうけど、いい?」
「うん!」
「本当にキツいけど、だいじょうぶ?」
「うん! あんな、おねえちゃんでも、アタシのおねえちゃんだモン!」
「苦しくても、途中でやめられないよ?」
「やめないッ。アタシ、つよいモン!」
「ありがとう」
「ガルルル」
梵天丸が唸った。
「犬の手も使えってのか?」
「ガウ」
梵天丸はつぶらな瞳で悠輝を見上げている。
「朱理を助けたいんだな」
「フコッ」
鼻息が荒い。政宗に対する意地もあるのだろう、朱理を助けるのは自分だと言わんばかりだ。
「よし、俺の懐に入れ」
法眼は梵天丸を抱き上げると、袈裟をずらして法衣の懐に入れた。
「アン」
紫織の下で政宗も声を上げる。
「わかってる、お前も力を貸してくれ」
遙香は悠輝と法眼に視線を送った。
「親父、姉貴」
法眼は遙香と紫織と手を繋ぎ、輪を作った。
「オン ギャク ギャク 役優婆塞 アランギャ ソワカ」
そして、神変大菩薩真言、修験道の祖である役行者の真言を唱え始める。
アークのまがい物とは違い、本物の役小角は超人的な異能力を持っていたとされる。その真言を駆使し、限界を超えた呪術を使おうというのだ。法眼たちの身体から験力が湧きだし、輪の中心に渦を巻くようにして集まっていく。
「あばばばば……」
紫織がおかしな悲鳴を上げる。不可解な感覚に襲われているのだろう。
「紫織、ガンバって!」
「ジィジが付いているぞ!」
「爺さんは真言を唱えろ! ってか泣くなッ!」
法眼は涙を流している、悠輝は父の泣き顔を初めて見た。
「孫が苦しんでいるのに、泣かぬ祖父が何処におる!
オン ギャク ギャク 役優婆塞 アランギャ ソワカ……」
輪の中心に集まった験力が圧縮されいく。
「コイツは驚いた……」
「ぼくは色々驚いてますけど、天城さんにもソレが見えますか……」
背後で天城と明人が感嘆の声を上げる。
輪の中心に円形の巨大な鏡の様なものが出現していた。法眼が真言を唱えるのをやめる。
その刹那、悠輝は空歩術で輪の上へ駆け上がり、鏡の中に飛び込んだ。
「朱理をお願い!」
姉の叫びが聞こえた。




