廃校 参
時間は少し遡る。
悠輝は遙香の験力が暴走し、結果母が亡くなった事を知った。法眼の話では遙香が再び暴走する可能性は低く、朱理も悠輝たちがいれば対応できるという事だった。
「問題は紫織か」
悠輝の言葉に法眼は何か言いかけたが、銃声が轟き視線を向けた。未麓があらぬ方向に銃口を向け、サブマシンガンを乱射している。
「あっぶねーな、アイツ……」
法眼が体育館の隅へ向かって駆け出した。父の考えを察した悠輝も慌てて後を追う。
負けるか!
相手は六十歳を過ぎている、二十代の悠輝が負ける訳がない。はずだが、相手は化け物だ。法眼は悠輝を引き離し、紫織を抱き上げた。
クソ!
悠輝は氷室達也を抱き上げ、法眼に続き体育館を出た。校庭には悠輝が斃した信者の他に、パトカーと智里たちを追いかけていったRVが一台戻っていた。
「鬼多見さん!」
RVの中から智里たちが、パトカーからは警官が一人出てきた。
「済みません、この子をお願いします!」
悠輝は警官に氷室達也を押しつけると、全力で体育館に戻った。色々腑に落ちないが、どうせ法眼が糸を引いている、後で問い詰めればいい。少しでも早く戻り、未麓と決着をつけてやる。
体育館では、未麓が明後日の方向にまだ乱射を続けていた。流れ弾に当たっては堪らないので、注意しながら未麓の背後に回り込む。
「フハハハハハッ、こんな時に親子ゲンカとは愚かすぎる!」
大方、自分たちを蜂の巣にした幻覚を見ているのだろう、本当に嬉しそうだ。
「鬼多見法眼、恐るるに足らず!」
「確かにそうだな、罠にはまって一日帰ってこれない爺だからな。でも、鬼多見悠輝は怖れた方がいいぞ」
「何ッ?」
悠輝の方を振り向き、未麓は眼を見張った。
いい表情だ。
サディスティックな喜びを思わず感じてしまった。
未麓はサブマシンガンを乱射していた方向を改めて見つめる。そうしている間に、法眼が音も立てず隣に来てしまった、本当に元気な爺だ。
改めて、こちらを向いた未麓は先ほどよりも絶望を露わにした。
「ったく、乱射なんかしやがって、万が一紫織に当たったらどうする?」
「どうして……?」
「どうして? 当然だろ? こっちは大事な家族会議中だったんだ、その間におまえが悪さをしてもいいように、保険をかけておいた」
「かけたのは俺だ」
隣で法眼が不満そうに言った。
「ああ、そうだ。だから、そこで大人しく見学してろ、ケリはおれが付ける」
「息子だけに手を汚させられるか、俺も罪を背負う」
「手を汚すのはおれだけでいい、親父は引っ込んでいろ」
「俺が殺ると言っておろうがッ」
「本音が出たなッ、単にテメェがぶち殺したいだけだろッ?
おれがコイツを八つ裂きにするために、どんだけ苦労したと思ってんだッ?」
「煩いッ、たまには親の言う事を聞け!」
「たまには子の言う通りにしろ!
やっぱり、先にテメェと決着つけなきゃならねぇな……」
悠輝が拳を握ると法眼も僅かに体勢を変え構える。
「いい加減にしてッ、このバカ父子!」
凜とした声が体育館に響く。体育館の入り口を振り返り、悠輝は頭を抱えそうになった。
爺さんだけでも手に余るのに……
「悠輝、そんなにあたしが来たのが不満?」
「い、いいえ……」
あからさまに不機嫌な声で遙香が言う。それはそうだろう、騙して眠らせ、キャンピングカーに置き去りにしたのだ、怒髪天を突く思いに違いない。
「遙香、お前は……」
ギロリと娘に睨まれ、法眼は口をつぐんだ。
「わかっていると思うけど、そいつを殺る権利が一番あるのはあたしよ」
言いながら遙香は未麓に近付いて行く。彼は彫刻のように動かない、自分の置かれた状況に完全に気圧されている。
「お久しぶり、坂本センセ。家族や友人が大分お世話になったみたいね、特に娘が」
「き、鬼多見遙香……」
「それは旧姓、いまは真藤遙香よ、知ってるでしょ?」
遙香は坂本の眼の前に立ち、彼を見上げた。それにもかかわらず、悠輝には坂本が遙香に見下ろされ、身を竦めているように感じた。
「二十年前に言ったわよね? 人の心を操るなんて最低だ、そんな事をしたがるヤツはクズだって。
忠告したのに残念だわ」
氷の刃の様に冷たい声で言うと、強大な験力が遙香から湧き出す。
「やめなさい!」
ヒステリックな声が響く。
そこには銃を構えた伊弉冉が立っていた。銃は愛用のベレッタナノではなく、それよりも大きなベレッタM9だ。
「教主様から離れて!」
「テメェまだ生きていたのか?」
悠輝が遙香と伊弉冉の間に立つ。
銃声が響き、引き金を引いた伊弉冉は胸元から煙を出し、尻餅をついた。反動で倒れたのではない、悠輝が念動力で彼女が引き金を引く瞬間に倒したのだ。煙は護符が悠輝の験力を打ち消しきれず、焦げた証拠だ。銃弾は天井を撃ち抜いていた。
「撃ちたきゃ自分の頭を撃て」
伊弉冉は完全に異能力に対し無防備だ、彼女は自分のこめかみに銃口を押しつけた。
「ヒッ」
精神を操っているのではない、彼女の腕を念動力により力尽くで動かしている。
「悠輝、やめて」
「断る。この女はおれが始末する」
「玲菜は母親よ」
「だから?」
「あの子から両親を奪うの?」
「あいつは親だなんて思っちゃいない、そうだろ?」
最後の言葉は法眼への問いかけだ。御子神の異能力を奪う際に、彼の記憶や感情も視えたはずだ。
「ああ。だからと言って、子供から母親を奪っていい事にはならん」
「こんな奴より、もっとマシな親がいるさ。血の繋がりよりも大切なものがある」
伊弉冉の指に力が込められる。
「助けてくださいッ、教主!」
彼女の叫びに未麓は沈黙し、見つめるだけだ。
「あたしがやる」
悠輝の念動力に遙香が干渉した。
「できるのか? 親友だったんだろ?」
「そうよ、だったのよ、今は違う」
遙香は伊弉冉の前に立った。未麓と違い、今度は本当に見下ろしている。
「玲菜……」
伊弉冉はかつての親友を、憎悪の籠もった瞳で睨みつけた。遙香は彼女の額に手を置いた。験力がうねり、伊弉冉の中に流れ込む。
「……や、やめて……」
恐怖に耐えきれず、彼女は助けを求める。
「言ったじゃないッ、私の心を変えたりしないって!」
「へ~、そんな昔の言葉、覚えてたんだ。でも、それウソだから」
感情の隠らない声で答える。
「イヤッ、やめて! お願い! 教主様ッ、助けて! 未麓様ッ、坂本先生!」
能面のような顔で遙香は淡々と験力を流し込み続ける。未麓は顔を背けていた。
やがて、氷室玲菜は沈黙した。遙香が額から手を放すと、彼女は仰向けに倒れた。
「息子の記憶以外は、二十年前に戻した。アークソサエティはもちろん、氷室のこともアンタのことも覚えてないわ」
遙香は鋭い視線を坂本達也に向けた。
「アンタは殺さない、一度殺したぐらいじゃ、あたしの怒りは収まらない。だから、死ぬまで死に続けなさい」
これが遙香と法眼に出来て、悠輝には出来ない事だ。相手の精神を破壊できても、覚める事の無い悪夢を永遠に見せ続ける事など到底不可能だ。悪夢と言っても、そこで感じるあらゆる苦痛は本物以上で、幾度となくそこで殺され続ける。
遙香の処置は一瞬だった、玲菜の時より早く終わった。未麓はグシャリと潰れるように倒れ、身体が急速に萎み始めた。髪の毛はほとんど抜け落ち、皮膚は黒ずみ皺だらけになり、変化する前より痩せ衰えていく。白目を剥いて口から泡を吹き、時折痙攣している。
「そう長く持ちそうにないな」
どれだけ己の寿命を消費し、異能力を手に入れたのか。坂本達也はこの異能力で何をしたかったのだろう。新興宗教の教祖となる事は通過点に過ぎない、彼は世界征服でもしたかったのだろうか。権力や金銭は副産物で、恐らく彼は神そのものになりたかったのだ。
だからこそ、氷室達也を御子神と呼んだ。御子神には神の子供と言う意味がある。神の生みの親である、玲菜は伊弉冉と呼ばれていたが、神として崇められてはいなかった。氷室和彰も同じだ。
氷室達也の精神的な父親は間違いなく坂本達也だ。だからこそ、自分の名前を彼に与えたのだ。坂本は異能力をあらゆる手段で強化し、名実ともに父神となろうとした。彼自身もまた、後天的な人造神なのだ。
「もって数日だな」
「充分よ、時間の感覚を歪めて、何千回でも何万回でも殺せるわ」
怖ぇ……
本気で怖ろしいと思う、自分はこの姉を現在かなり怒らせている。
「悠輝ッ」
ほら来た……
「はい……」
「あんた、よくもあたしを出し抜いてくれたわね。この後、ヒドイからね」
「はい……」
隣で法眼がニヤニヤしている。
「爺ッ、ナニ嗤ってんだッ? 元はと言えば……」
「悠輝、爺ちゃんとケンカする前に、やる事があるんじゃない?」
そうだ、もう一つやらねばならない事がある。
「おいッ、いつまで隠れているッ?」
悠輝はステージに向かって声を響かせた。脇膜から医師が姿を現した。
「た、助けてくれ! わ、私はただの医者だッ?」
医師はステージから飛び降りると、頭を床に擦り付けるようにして頼んだ。
「ただの医者が、人造神の主治医か?」
医師の身体が強ばる。
「私は、研究には関わっていない! 本当だッ、信じてくれ!」
悠輝は法眼と遙香に視線を向ける。二人の眼がそれが嘘だと言っていた。
「おれたちに嘘が通じると思っているのか?」
引き攣った顔で医師は悠輝を見上げた。
「いいえ……すみません……ただ、助かりたくて……」
「何をしたかはいずれ話してもらう。おまえ、野田健司だな?」
「は、はい……」
怯えながら医師は肯定した、この男が早美の夫だ。
「お前に選択肢を二つやる。早美さんと今すぐ離婚するか、一生早美さんと牧田先生の奴隷として生きるか、好きな方を選べ」
想定外の言葉に野田はポカンと悠輝を見上げた。
「今、答えを出さなくても構わない。ただし、また早美さんを傷付けるようなマネをしたら……」
悠輝は、泡を吹き痙攣する坂本に視線を向けた。
「わ、わかりましたッ」
野田は再び頭を床に擦り付けた。
終わったな……
悠輝は深く息を吐き出し、肩の力を抜いた。改めて体育館を見渡す。
十数名の信者が倒れている。この中の何人が生きているのだろう、そして校庭に転がっている信者達は。
紫織を取り戻すためとは言え、自分は罪を犯しすぎた。法で対処出来るか判らないが、裁かれなければならない。
「そんな事はさせないわ」
遙香が悠輝の顔を覗き込んだ。
「そう言うわけには行かねーだろ」
「あんたね、朱理と紫織を人殺しの姪にしたいの?」
悠輝は顔を顰めた。
「叔父なら……」
「あたしは嫌よ、弟が人殺しなんて」
遙香が毅然と言う。悠輝はその表情に、血まみれの姉の顔を重ねた。彼女は母の事を思い出しているのだろうか。
「一旦ここから出る。悠輝、そのDV男を連れて行け」
言いながら法眼は玲菜を抱きかかえた。
野田は悠輝が何もしなくても、逃げ出しもせず、彼らの後に付いてきた。




