廃校
その廃校は民家から離れた山の中にあった。思った以上に大きなコンクリートの建物で、どうしてこんな場所に造ったのか解らない。生徒不足で閉校されて当然だ。
悠輝はスマホの時計を見た。午後七時六分、八月のこの時期は本来ならまだ明るいが、分厚い雲のお陰で夜の帳が完全に降りていた。足下が騒がしくなった、陽動作戦が始まったのだ。
いよいよだ……
廃校の場所を特定した悠輝たちは、紫織を奪い返す作戦を立てるためキャンピングカーを畦道に止めた。
「姉貴、向こうには誰がいる?」
「かなり強い異能を感じる。これ、天然物じゃないわね、不格好に歪んでる」
遙香は、運転席の上のベッドで横になったまま答えた。
「御子神だろうな」
呪術を駆使し、人工的に異能者として誕生させられた、謂わば人造神。遙香は眉根を寄せた。
「玲菜と氷室の息子、達也……」
世羽の記憶から、御子神の両親が判った。選りによって玲菜と氷室の子供とは。高校時代、氷室に玲菜が振られて終わったはずだ。それがどうして結婚するに至ったのか、そこまでの情報は世羽の記憶には無かった。
「他には?」
「もう一人、異能者がいるけど、こっちはドーピングしまくって、ムリやり強くした感じね」
人造神の他にも異能者がいるのか。だとすれば、それは……
「耶蘇未麓。いや、坂本達也か」
遙香は頷いた。
「ビジネスネームを使うヤツに、ロクなのはいないな」
「アイツと一緒にするな!」
悠輝が顔を向けると、珍しく天城が嫌悪に満ちた顔をした。
「他にも微弱な力を感じるけど、人じゃない」
「呪符だよ、持っていると異能を使えるようになる。入手ルートは判らないけど、あんな物は初めて見た」
「関係ないわ、何が待っていても紫織を取り戻す」
遙香は顔を顰めつつ、身体を起こした。
「で、どんな作戦で行くんだい?」
「当然、正面突破よ」
天城の問いに迷わず遙香が答える。
「姉貴、前回それで撃たれたんだぞ」
「ボクも賛成できないな」
「ぼくもです」
キャンピングカーに乗っている人間全員に反対された遙香は、犬たちに視線を向けた。梵天丸と政宗は顔を背ける。
「犬にまで反対されたな」
「うるさいわね。大丈夫よ、もう迷いはないから」
「そう言う問題じゃない、郡山からずっと験力を使いっぱなしだろ?」
「あんたとは違うの。これぐらい、テレビを観ているのと変わらないわ」
気丈に言う遙香だが顔色がだいぶ悪い。それは悠輝だけではなく天城も明人も気付いている。
「ハルちゃん、一番大事なのは紫織ちゃんを確実に取り戻すことだろ、違うかい?」
「そうだけど……」
「遙香さん、ぼくもそう思います。戦力は多い方がいい、テレビ局の人たちの力も借りましょう」
「それはどうかしら?」
遙香は他人の力を借りるのを好まない、それは悠輝も同じだ。しかし、
「今回は特別だ。もう二回も失敗してる、三度目の正直にしなきゃいけない」
口にはしないが『二度ある事は三度ある』になるのを全員が怖れていた。
「だから、二回失敗したのはあんただけでしょ、あたしは一回だけよ」
「一回は失敗したんだよね?」
天城がすかさず突っ込む。
「シゲちゃん、うるさい」
「すみません」
天城は、遙香に対してはビジネスネームで呼ぶことを強制しないし、素直に言うことを聞く。遙香は溜息を吐いた。
「そうね、あんたたちの言う通り、今回は皆さんの力を借りた方がいいわね。で、どんな作戦で行くの?」
やる気を無くしたように丸投げする。正面突破しか考えていなかった彼女に作戦など無いのだ。
「やっぱり、ここは陽動作戦だろう」
天城が作戦内容を説明した。智里とカメラマン、そしてジャーナリストに扮した天城が、廃校の周りをウロつき、出てきた信者にアークであることを確認する。そうすれば、当然彼らは天城たちを捉えようとするはずだ。派手に注意を引いて逃げ回り、その隙に悠輝と遙香が紫織を取り戻す。
「ボクと智里は二手に分かれる。鬼多見、キミのMTBを貸してくれ、キャンピングカーじゃ小回りが利かない」
「信者がクルマやオートバイで追いかけてきたらどうする?」
「これを見てくれ」
天城はタブレットに表示されたマップを拡大した。
「校門前の道だけど、奥に行くと先細りしてるだろ? こっちは舗装されていない山道だ」
マップを航空写真に切り替える。彼女が言う通り、舗装の道が途切れて、木々が生い茂っている。
「ここなら隠れる場所も至る所にあるし、オートバイで追われても、この距離なら何とか逃げ切れる。
あとは恭治さんと明人くん、それにワンちゃんたちに待ち伏せしてもらって、追ってきたヤツらを叩きのめす」
「明人と犬たちに、危ないことはさせられない!」
「さっき自分でも言っただろ、みんなの力を借りるって」
「協力はしてもらうが、戦闘には参加させられない。あいつらは刃物だけじゃない、銃やいかがわしい呪符まで持っているんだぞ!」
「キミの言う通りだ。だから、安全には充分配慮する。取りあえず、防弾チョッキは着てもらう。それにヘルメットもね」
「暑いですよ」
ウンザリして明人がぼやく。
「嫌なら参加させない。ワンちゃんたちは、さすがに着用させられないから、攻撃される前に奇襲してもらう」
「おまえな、人の大事な犬を……」
「解ってるよ。でも、彼らは大きな戦力だし、こっちで信者の数を多少でも削っておいた方がいいだろ? キミたちだって、銃弾で撃たれりゃ痛いんだから」
と遙香に視線を向けると、彼女はギロりと天城を睨んだ。天城は慌てて顔を背けたる。
「だが……」
「ぼくはやるよ」
「明人ッ」
「暴れ足りないのは梵天丸だけじゃない、ぼくだって爆発しそうなほどフラストレーションが溜まっているんだ。そもそも半年前だって、無様に刺されているところをユウ兄ちゃんに助けられた」
「だから、それは……」
「それだけじゃないッ。昨日だってそうだ、世羽を朱理ちゃんに譲ったし、政宗と梵天丸を止める役で、ぼくは葉空に何もしていない!」
悠輝の言葉を遮り、明人は一気にまくし立てた。
「いつだってぼくは不完全燃焼でおわる。何もやり遂げられず、半人前扱い。もう、ウンザリだッ」
やれやれと言いたげに、遙香が溜息を吐いた。
「男の子って、どうしてこうバカなのかしら?」
「姉貴が言うなよ。まったく……
明人、何かあったら、今度こそおれは、おまえのお母さんに絞め殺される」
「ユウ兄ちゃん……」
「だから、三瓶と斉藤さんの指示に絶対従え」
「うん!」
表情を輝かし、明人は頷く。
「刃物と銃だけでも厄介なのに、借り物とは言え呪術を使うヤツまでいるんだからな」
「キミとハルちゃんは何か作れないのか?」
「自分の験力を物に込めることはよくやる」
「あるんなら貸せよ!」
「貸してもいいが、験力がないと呪力を引き出せない。そもそも験力を込めたアイテムは、呪術を補助するための物だ」
「なんだ、使えないな」
肩を欧米人のように竦める天城を見て、悠輝は無性に腹が立った。
「よし、それじゃ恭治さんたちにも伝えて作戦開始だ!」
天城がキャンピングカーを降りる。
「姉貴、行けるか?」
「誰に言っているの?」
悠輝は苦笑した。
「そうだな」
ベッドから降りるのを手伝うため、遙香の身体を支えた。
「気を付けろよ」
「わかってる」
遙香は肩を撃たれ左腕が使えない。かなり傷が痛むのだろう、顔を顰めたまま、右腕に全体重をかけてベッドから降りようとしている。悠輝は精神を集中して遙香を床に立たせた。
「一二三四五六七八九十というて、布留部由良由良と布留部」
悠輝は魂鎮めの祝詞を唱えた。
「ゆ……う……き……」
遙香は非難めいた声を上げたが、途中で弟の腕の中で寝息をたて始めた。
「なにをしたッ?」
驚いて明人が声を上げた。
「デカい声を出すな。大丈夫だと思うが、起きたら厄介だ」
再び姉を運転席のベッドに引き上げて横たえる。
「見ての通り、鎮魂の祝詞で眠らせた」
「だから、なんでッ?」
「こんな状態で来られても足手まといだ。現におれの呪で、簡単に眠っちまった」
遙香の験力は非常識なほど強いだけでなく、その特性から精神に影響を及ぼす呪術は効きにくい。普段なら悠輝の呪など通用しないが、それが効いたということはそれだけ弱っていると言うことだ。
「でも……」
「デモもストもない、作戦の最中に意識を失われたらどうなる? 一気に形勢逆転、カウンターでこっちに死人が出るかも知れない。そんなリスクを犯せるか?」
「そうだけど……後でヒドイよ?」
悠輝は肩を竦めた。
「あきらめてる」
姉に悟られないために、悠輝は誰にも自分の考えを明かさなかった。
今、遙香抜きで紫織を救出する作戦が始まった。
悠輝は校舎裏の木々の上に立っている。と言っても木に登っているのではない、朱理が『空歩術』と呼んだ方法で宙に立っているのだ。校門から天城と智里たちが、信者数名に追われて出ていくのを確認し、悠輝は見えない階段を駆け下りた。




