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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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廃校

 その廃校は民家から離れた山の中にあった。思った以上に大きなコンクリートの建物で、どうしてこんな場所に造ったのか解らない。生徒不足で閉校されて当然だ。


 悠輝はスマホの時計を見た。午後七時六分、八月のこの時期は本来ならまだ明るいが、分厚い雲のお陰で夜の帳が完全に降りていた。足下が騒がしくなった、陽動作戦が始まったのだ。


  いよいよだ……




 廃校の場所を特定した悠輝たちは、紫織を奪い返す作戦を立てるためキャンピングカーを畦《あぜ》道《みち》に止めた。


「姉貴、向こうには誰がいる?」


「かなり強い異能を感じる。これ、天然物じゃないわね、不格好に歪んでる」


 遙香は、運転席の上のベッドで横になったまま答えた。


「御子神だろうな」


 呪術を駆使し、人工的に異能者として誕生させられた、謂《い》わば人造神。遙香は眉根を寄せた。


「玲菜と氷室の息子、達也……」


 世羽の記憶から、御子神の両親が判った。選りによって玲菜と氷室の子供とは。高校時代、氷室に玲菜が振られて終わったはずだ。それがどうして結婚するに至ったのか、そこまでの情報は世羽の記憶には無かった。


「他には?」


「もう一人、異能者がいるけど、こっちはドーピングしまくって、ムリやり強くした感じね」


 人造神の他にも異能者がいるのか。だとすれば、それは……


「耶蘇未麓。いや、坂本達也か」


 遙香は頷いた。


「ビジネスネームを使うヤツに、ロクなのはいないな」


「アイツと一緒にするな!」


 悠輝が顔を向けると、珍しく天城が嫌悪に満ちた顔をした。


「他にも微弱な力を感じるけど、人じゃない」


「呪符だよ、持っていると異能を使えるようになる。入手ルートは判らないけど、あんな物は初めて見た」


「関係ないわ、何が待っていても紫織を取り戻す」


 遙香は顔を顰《しか》めつつ、身体を起こした。


「で、どんな作戦で行くんだい?」


「当然、正面突破よ」


 天城の問いに迷わず遙香が答える。


「姉貴、前回それで撃たれたんだぞ」


「ボクも賛成できないな」


「ぼくもです」


 キャンピングカーに乗っている人間全員に反対された遙香は、犬たちに視線を向けた。梵天丸と政宗は顔を背ける。


「犬にまで反対されたな」


「うるさいわね。大丈夫よ、もう迷いはないから」


「そう言う問題じゃない、郡山からずっと験力を使いっぱなしだろ?」


「あんたとは違うの。これぐらい、テレビを観ているのと変わらないわ」


 気丈に言う遙香だが顔色がだいぶ悪い。それは悠輝だけではなく天城も明人も気付いている。


「ハルちゃん、一番大事なのは紫織ちゃんを確実に取り戻すことだろ、違うかい?」


「そうだけど……」


「遙香さん、ぼくもそう思います。戦力は多い方がいい、テレビ局の人たちの力も借りましょう」


「それはどうかしら?」


 遙香は他人の力を借りるのを好まない、それは悠輝も同じだ。しかし、


「今回は特別だ。もう二回も失敗してる、三度目の正直にしなきゃいけない」


 口にはしないが『二度ある事は三度ある』になるのを全員が怖れていた。


「だから、二回失敗したのはあんただけでしょ、あたしは一回だけよ」


「一回は失敗したんだよね?」


 天城がすかさず突っ込む。


「シゲちゃん、うるさい」


「すみません」


 天城は、遙香に対してはビジネスネームで呼ぶことを強制しないし、素直に言うことを聞く。遙香は溜息を吐いた。


「そうね、あんたたちの言う通り、今回は皆さんの力を借りた方がいいわね。で、どんな作戦で行くの?」


 やる気を無くしたように丸投げする。正面突破しか考えていなかった彼女に作戦など無いのだ。


「やっぱり、ここは陽動作戦だろう」


 天城が作戦内容を説明した。智里とカメラマン、そしてジャーナリストに扮した天城が、廃校の周りをウロつき、出てきた信者にアークであることを確認する。そうすれば、当然彼らは天城たちを捉えようとするはずだ。派手に注意を引いて逃げ回り、その隙に悠輝と遙香が紫織を取り戻す。


「ボクと智里は二手に分かれる。鬼多見、キミのMTB《マウンテンバイク》を貸してくれ、キャンピングカーじゃ小回りが利かない」


「信者がクルマやオートバイで追いかけてきたらどうする?」


「これを見てくれ」


 天城はタブレットに表示されたマップを拡大した。


「校門前の道だけど、奥に行くと先細りしてるだろ? こっちは舗装されていない山道だ」


 マップを航空写真に切り替える。彼女が言う通り、舗装の道が途切れて、木々が生い茂っている。


「ここなら隠れる場所も至る所にあるし、オートバイで追われても、この距離なら何とか逃げ切れる。

 あとは恭治さんと明人くん、それにワンちゃんたちに待ち伏せしてもらって、追ってきたヤツらを叩きのめす」


「明人と犬たちに、危ないことはさせられない!」


「さっき自分でも言っただろ、みんなの力を借りるって」


「協力はしてもらうが、戦闘には参加させられない。あいつらは刃物だけじゃない、銃やいかがわしい呪符まで持っているんだぞ!」


「キミの言う通りだ。だから、安全には充分配慮する。取りあえず、防弾チョッキは着てもらう。それにヘルメットもね」


「暑いですよ」


 ウンザリして明人がぼやく。


「嫌なら参加させない。ワンちゃんたちは、さすがに着用させられないから、攻撃される前に奇襲してもらう」


「おまえな、人の大事な犬を……」


「解ってるよ。でも、彼らは大きな戦力だし、こっちで信者の数を多少でも削っておいた方がいいだろ? キミたちだって、銃弾で撃たれりゃ痛いんだから」


 と遙香に視線を向けると、彼女はギロりと天城を睨んだ。天城は慌てて顔を背けたる。


「だが……」


「ぼくはやるよ」


「明人ッ」


「暴れ足りないのは梵天丸だけじゃない、ぼくだって爆発しそうなほどフラストレーションが溜まっているんだ。そもそも半年前だって、無様に刺されているところをユウ兄ちゃんに助けられた」


「だから、それは……」


「それだけじゃないッ。昨日だってそうだ、世羽を朱理ちゃんに譲ったし、政宗と梵天丸を止める役で、ぼくは葉空《はうろ》に何もしていない!」


 悠輝の言葉を遮り、明人は一気にまくし立てた。


「いつだってぼくは不完全燃焼でおわる。何もやり遂げられず、半人前扱い。もう、ウンザリだッ」


 やれやれと言いたげに、遙香が溜息を吐いた。


「男の子って、どうしてこうバカなのかしら?」


「姉貴が言うなよ。まったく……

 明人、何かあったら、今度こそおれは、おまえのお母さんに絞め殺される」


「ユウ兄ちゃん……」


「だから、三瓶と斉藤さんの指示に絶対従え」


「うん!」


 表情を輝かし、明人は頷く。


「刃物と銃だけでも厄介なのに、借り物とは言え呪術を使うヤツまでいるんだからな」


「キミとハルちゃんは何か作れないのか?」


「自分の験力を物に込めることはよくやる」


「あるんなら貸せよ!」


「貸してもいいが、験力がないと呪力を引き出せない。そもそも験力を込めたアイテムは、呪術を補助するための物だ」


「なんだ、使えないな」


 肩を欧米人のように竦める天城を見て、悠輝は無性に腹が立った。


「よし、それじゃ恭治さんたちにも伝えて作戦開始だ!」


 天城がキャンピングカーを降りる。


「姉貴、行けるか?」


「誰に言っているの?」


 悠輝は苦笑した。


「そうだな」


 ベッドから降りるのを手伝うため、遙香の身体を支えた。


「気を付けろよ」


「わかってる」


 遙香は肩を撃たれ左腕が使えない。かなり傷が痛むのだろう、顔を顰めたまま、右腕に全体重をかけてベッドから降りようとしている。悠輝は精神を集中して遙香を床に立たせた。


「一《ひ》二《ふ》三《み》四《よ》五《い》六《む》七《な》八《や》九《こ》十《と》というて、布《ふ》留《る》部《べ》由《ゆ》良《ら》由《ゆ》良《ら》と布《ふ》留《る》部《べ》」


 悠輝は魂《たま》鎮《しず》めの祝詞《のりと》を唱えた。


「ゆ……う……き……」


 遙香は非難めいた声を上げたが、途中で弟の腕の中で寝息をたて始めた。


「なにをしたッ?」


 驚いて明人が声を上げた。


「デカい声を出すな。大丈夫だと思うが、起きたら厄介だ」


 再び姉を運転席のベッドに引き上げて横たえる。


「見ての通り、鎮《ちん》魂《こん》の祝詞で眠らせた」


「だから、なんでッ?」


「こんな状態で来られても足手まといだ。現におれの呪《しゆ》で、簡単に眠っちまった」


 遙香の験力は非常識なほど強いだけでなく、その特性から精神に影響を及ぼす呪術は効きにくい。普段なら悠輝の呪など通用しないが、それが効いたということはそれだけ弱っていると言うことだ。


「でも……」


「デモもストもない、作戦の最中に意識を失われたらどうなる? 一気に形勢逆転、カウンターでこっちに死人が出るかも知れない。そんなリスクを犯せるか?」


「そうだけど……後でヒドイよ?」


 悠輝は肩を竦《すく》めた。


「あきらめてる」


 姉に悟られないために、悠輝は誰にも自分の考えを明かさなかった。




 今、遙香抜きで紫織を救出する作戦が始まった。


 悠輝は校舎裏の木々の上に立っている。と言っても木に登っているのではない、朱理が『空歩術』と呼んだ方法で宙に立っているのだ。校門から天城と智里たちが、信者数名に追われて出ていくのを確認し、悠輝は見えない階段を駆け下りた。



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