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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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牧田診療所 弐

 悠輝は二階の部屋に案内された。


 ドアをノックして声をかける。


「姉貴、起きているか?」


「寝てる」


 不機嫌な声がした。


 ドアを開けて部屋の中に入る。六畳ほどの洋間で、遙香が寝かされているベッドの他にも、敷かれたカーペットの上にローテーブルとクッション、勉強机や本棚などが置かれている。部屋を彩る小物やぬいぐるみは、この部屋の主が少女であることを物語っていた。


  いや、少女だったか……


 この部屋は早美の物だ。牧田夫妻は、未だに娘が使っていた当時のままにしているのだ。


  まずいッ、姉貴の前だ。情に流されるとマインドプロテクトが弱まる。


「何を隠してるの? 紫織を取り戻せなかった事じゃないわね?」


 思った傍《そば》からジャブを打ってくる。部屋に入る前から姉の験力を感じた。嘘も沈黙も認めず、全ての情報を手に入れるつもりだ。


 だが、そうは問屋が卸さない。こっちも長年修行して、頭の中を覗き見する奴に対抗する手段を身に着けている。それがマインドプロテクト、験力で精神の壁を創り思考を守る。


「姉貴が知らなくていいことだ」


 悠輝は横になっている姉を見下ろした。


「ふ~ん、それって、あんたが人を殺めたってこと?」


 悠輝は表情を強ばらせつつ、内心安堵した。もともと嘘が吐けない体質なので、知られたくない別な案件を、遙香が持ち出してくれたのはラッキーだ。人殺しの件は知られたくないが、幻覚で視た姉よりはまだマシだ。


「知る必要はないと言ったはずだ」


 それでも怪我人に対し、思わずキツイ口調になってしまった。


「あんたは悪くないわよ」


 呟くように姉が言う。


「それに、あんただけ手を汚させはしない」


 遙香は身を起こそうとした。


「何してるッ?」


 慌ててベッドに押し戻そうとすると、姉が顔を顰《しか》めた。


「あッ、ゴメン!」


「これぐらい平気よ。それより、あたしも行く」


 ジロリと悠輝を睨みつける。


「どこへ?」


「紫織がいる場所よ。あの子がどこにいるか判らないから、あたしの所(ここ)に来たんでしょ?」


 その通りだ、遙香なら紫織が連れ去れた場所を特定できる。


「さすが姉貴だ、話が早い。教えてくれ、あいつはどこにいる?」


「だから、あたしが案内する」


 再び遙香は起き上がろうとする。


「その身体じゃムリだ、おれに任せてくれッ」


「今まで任せてたのに、まだ取り戻せないじゃない」


「たしかに、おれは二度も取り返し損ねた。だが、一回目は姉貴もいた、無傷の状態で」


「あんたシゲちゃんに言ったでしょ、『もう手加減はしない』って。あたしも同じだから」


 悠輝は遙香の瞳に冷たい輝きを見た。


「あの女がまた邪魔すれば、今度は躊躇《ためら》わず殺すってことか?」


 遙香は眼を閉じて深呼吸をした。


「必要ならね」


「姉貴、おれ、サキねえちゃんに会った」


 さすがに驚いた顔をした遙香は、直ぐに遠くを見るような眼を悠輝に向けた。


「そう、因果なものね。朱理を早紀ちゃんに預けるなんて……」


 こういう時、遙香の能力は便利だ、ややこしい説明をしなくて済む。もっとも、知られたくない部分は、しっかりプロテクトをしておく必要がある。


「あの時、何があったか、あんたにまで知られちゃったか」


 遙香は視線を逸らした。


「ごめん……」


「なんで謝るの?」


「おれは知ろうとしなかった」


 姉のプライベートに踏み込まないと言えば聞こえがいいが、厄介事に首を突っ込みたくなかったのだ。


「あたしだって、あんたに知られたくなかった。もし、あの時点で嗅ぎつけたら、間違いなく記憶を消してたわ。

 あんたを巻き込みたくなかった。玲菜との事だけじゃない、験力に関係すること全てに」


「おれだって同じだ、朱理と紫織の験力を否定し続けてきた。でも、現実は変えられない、験力を持って生まれた以上、宿命を変えることは出来ないんだ」


「宿命は変えられなくても、運命は変えらた。あたしが験力を封印したいと思わなければ、あんたを置いて家を出なければ……」


 遙香は自分が弟を見捨てたと感じ、罪悪感を抱き続けている。


「最悪だ」


「え?」


「これ以上ないくらい最悪だ、それは」


 訳が解らないと言う顔を姉はした。


「当然だろ? 姉貴が験力を封じたって思ってなけりゃ、おれは安心して稲本で暮らせなかった。

 家を出てくれなけりゃ、二人も頭の中を覗ける奴がいた。そんな状況だったら、おれの精神は完全に崩壊してたよ」


「あ、あんたね……」


「姉貴には解らないだろうけど、健全な思春期の少年は、実の姉に頭の中を覗かれたりしたら、その場で舌をかんで自決するもんなの!」


 悠輝は小さく咳をして、口調を改めた。


「それに郡山にいたら、義兄さんとも出会えてない。つまり、朱理と紫織は生まれなかった。これ以上、最悪なことがあるか?」


 遙香はかすかに微笑んだ。


「そうね、あの子たちの母親になれないなんて、ありえないわ……」


「二人のためなら、おれは何でもする、どんな罪でも背負う。由衣ちゃんの死も」


 それは悠輝の本心であり、覚悟だ。


「あんただけに背負わせない」


「アークは……」


「アークはあたしの獲物よ」


 悠輝は何かを言おうとしたが、遙香は強い口調で遮った。


「かわいい娘が拉《ら》致《ち》られて、もう一人の娘と従弟、毎日おやつをあげている犬まで傷つけられた、あげくの果てにあたし自身が撃たれたのよ。あたしの獲物じゃなくて、ダレの獲物だって言うの?」


「姉貴はその身体だ……」


 悠輝は遙香を止める言葉を探した。


「だったら、あんたが守りなさい」


 姉を止める方法が無いことを、彼は悟らざる得なかった。

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