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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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野田クリニック

 そこは牧田診療所より大きく近代的だった。クリニックの駐車場はキャンピングカーに対応しておらず、駐めても線からはみ出している。幸か不幸か午後一時を過ぎていたため、駐車場を利用している患者はおらず、邪魔になる心配はない。


「さてと、警察は来ていないな」


「紫織の存在も感じない」


 悠輝が政宗に眼を向けた。彼が感知できなくても、政宗が紫織の気配を見逃す事はないのだ。


「あとは『ドクター野田』に聞くしかないか」


「ちょっと待て!」


 キャンピングカーから降りようとする悠輝を、天城は慌てて止めた。


「なんだ? モタモタしてるヒマはない」


「また、ムチャするつもりだろ?」


「するかッ、ただ験力で頭の中を覗くだけだ」


「だがら、それがムチャなんだって!」


 悠輝は、何を言われているか解らないという表情をした。


「それで世羽を廃人にしたんだろ?」


「アイツの場合、自業自得だ。朱理に手を出し、姉貴を始末しようとしたんだからな」


「キミは野田健司も廃人にするつもりかッ?」


「必要なら」


 何の迷いもなく悠輝は答えた、本気の言葉なのは間違いない。


「あのな、そんな事をしたら早美さんはどうなる? お子さんもいるんだぞ」


「だったら、尚更直ぐに狂信者から解放しないと」


「待てってッ、早美さんとお子さんの気持ちはどうなるッ?」


「大丈夫だ、姉貴が回復したらマインドコントロールを解除してもらう」


「それじゃヤツらと同じか、それ以下だろッ!」


 悠輝の瞳が冷たく輝いた。


「言ったはずだ、もう手加減はしないと。目的のため、おれは『鬼』になった」


  まったく……


 一歩間違えれば父の復讐のため、自分もこうなっていたのだろうか。嫌でも彼の気持ちは解ってしまうが、その行動を認めるわけには行かない。


「ボクも言ったぞ、キミのブレーキになると。だから、ここはボクに任せろ」


 悠輝が不満げな顔をする。


「当然だろ? アーク信者に会うんだぞ、キミが行ったって中に入れてもらえない、通報されるのがオチだ。

 昼《ひる》日《ひ》中《なか》に大騒ぎになれば、タダでさえ面倒な状況なのに、完全に身動きが取れなくなる」


 悠輝は大きな溜息を吐いた。


「……わかった、お前にまかせるよ」


 不承不承彼は椅子に腰を下ろした。


「名探偵の仕事を見せてやるよ」


 天城は運転席から表へ出て、ポケットに入れていたピンバッヂを胸元に着けた。彼女が向かったのは、クリニックの入り口ではなく住居の玄関だ。監視カメラがある位置を確認し、インターフォンを押す。


「はい……」


 スピーカーから女性の声がした、恐らく早美だろう。バッヂがカメラのレンズに入るよう、立ち位置を調整する。


「お久しぶりです」


「あ、はい、ただ今、中にお通しします」


 数秒後、玄関が開き、女性が姿を現した。野田早美で間違いない。彼女は三十代半ばだが、やつれた姿は十歳上老けて見える。それに、化粧で隠しているが、顔には痣がある。


  DVか……


 胸くそ悪いが、天城はそんな感情はおくびにも出さず、


「本部の佐藤です、私がここに来た理由は解りますね?」


 と、言った。


「は、はい……あの、御子神様のことですね?」


 天城のバッヂを見詰めながらオドオドと答える。健司だったら見抜かれたかも知れないが早美で助かった、彼女は高い位の信者ではない。そのためアークソサエティの幹部について把握していないのだ。


 天城が着けたバッヂは、アークの大幹部が私服の時、それとなく自分が誰かを他の信者に示すために身に付ける物だ。もちろん偽物だが、下級信者から情報を引き出す時には絶大な威力を発揮する。


「主人が、何か粗相をしたのでしょうか?」


 やはりオドオドと尋ねる、彼女はあらゆる物に怯えているようだ。


「ええ、実はまだ本部に着かず、教主様直々に確認するよう仰せつかったのです」


 早美はこの世の終わりに直面したような顔をした。言葉も無く、口をパクパクさせている。


「こんな状況です、迂闊《うかつ》に電話も出来ませんし、情報の行き違いがあったのでしょう。ご主人は何か言っていませんでしたか?」


 安心させるように出来る限り優しく言った。今までの彼女の反応から、すでに御子神はここにおらず、健司も同伴しているのは間違いない。それなら行き先を突き止めたい。


「あの……私には何も……その……お前は知る必要が無いと……」


 自分が悪い事をしたかのように俯《うつむ》く。


「念のため聞きますが、今ここに他の信者は?」


「いいえ……」


「信者以外にも誰かいませんか? 看護師や事務員は?」


「今日はクリニックを休みにして、従業員は来させませんでした。息子は保育園に預けて、今は私だけです……」


 情報はこれ以上無いと天城は判断した。


「わかりました、それでは私の方で改めて確認します」


「あの……主人に、連絡した方が良いでしょうか?」


 退散しようとすると、早美が呼び止めた。


「いいえ、結構です」


「でも、私なら、警察に盗聴されていても、怪しまれないのではないでしょうか?」


 意外に食い下がる。


「いけません、あなたは我々が置かれた状況を甘く見ています。それが原因で、御子神様や教主様に御迷惑がかかったらどうするのです?」


「それは……申し訳ございません!」


 彼女は再びオドオドし、深々と頭を下げた。


  恐怖に縛られているな。


 野田早美は教団を、未麓を、御子神を、幹部を、健司を、暴力を、あらゆる物を怖れているのだ。その恐怖は鎖となり彼女を縛り付け逃がさない。彼女をここに置いておくのは危険だ。無理やりにでも連れだし、子供と一緒に安全なところへ連れて行きたい。だが、今の自分にそんな余裕はあるのか。


 答えは否だ。すでに重要参考人として追われる鬼多見悠輝を抱えている。アークを潰すには彼が必要だ。だから、今は耐えて戻るしかない。明日、また来ればいい。今日、アークソサエティは崩壊する。五年前、父がやり遂げられなかった仕事を自分が終わらせるのだ。後ろ髪を引かれながらも、天城は早美を残してキャンピングカーに戻った。

   

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