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鬼多見奇譚 参 戦慄の人造神  作者: 大河原洋
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27/46

原町区青麻神社


 目立たないようにしたくても、徒歩で白い秋田犬が一緒だと嫌でも人目を引いてしまう。人口の少ない南相馬市だが、午前八時前になると大分《だいぶ》人が出て来た。今日は日曜のせいか散歩中の人が多く、ノーリードの政宗を見たら注意されるかも知れない。悠輝は政宗に寄り添って歩き、人気の無い神社の森に身を隠した。


 ヤブ蚊と戦うこと二時間、スマホの着信音が鳴った。


「待ったぞ」


〈キミが来た時は倍以上かかったろ?〉


「三時間しかかかってない」


〈充分遅い! それより、寂《さび》れた神社の前に来たぞ。近くにいるんだろ?〉


「ああ、今出ていく」


 藪《やぶ》から政宗と共に出る。神社の前に行くと、キャンピングカーが停まっていた。


「だいぶ血の気が少なくなったみたいだな」


 運転席の窓から顔を出した天城が、蚊に喰われまくった悠輝の顔を見て皮肉る。


「政宗くん、かわいそうに。バカ飼い主のせいで、フィラリアにならなきゃいいけど……」


「毎月、フィラリアの薬もやってるし、血液検査も改めて受けさせる」


 悠輝は憮《ぶ》然《ぜん》と言った。


「ほぅ、飼い主の責任は一応果たしているようだな。

 ま、下らない話は後だ、とにかく乗れ」


「お前が言うな!」


 ブツブツ文句を言いながらも、素早くキャンピングカーに乗った。天城も速やかにクルマを発進させる。車内に入ると政宗はベッドの上に乗る、そこが自分の定位置と決めているようだ。


「それで、どうして紫織ちゃんを取り戻せなかった?」


 さすがに天城に黙っているわけにはいかず、苦虫を噛み潰したような顔をしながら、悠輝はこれまでの経緯を話した。しかし、御子神に視せられた幻覚の内容については触れない。実はこの二時間、紫織や殺した信者の事よりも幻覚の事を考えていた。現実逃避もあったが、本当に気になってもいる。今は確かめようがないが、あれはただの幻覚ではない。


  おれの記憶なのか……


 血で汚れた顔で自分を見下ろす姉、その背後で横たわる母。自分が赤ん坊の頃に母は亡くなったと聞いていたし、生きていた頃の記憶も無い。悠輝にとって母は写真と映像の中の存在だ。


  でも、記憶を消せるヤツが身近にいた……


 写真と映像も都合が悪ければ破棄できる。


「おい、大丈夫か?」


「え? あ、ああ、平気だ。すぐに紫織を行方を突き止めたい、何か情報は?」


「う~ん、それがなぁ……」


 困ったような、それでいて勿《もつ》体《たい》ぶった口調だ。


「時間が無い、ハッキリしろ」


「せっかちな男は……」


「嫌われて結構」


 天城はこれ見よがしに溜息を吐く。


「ビデオを再生しろ」


 天城は運転しながら、一台のモニターを指さした。そのモニターの脇にリモコンがあり、悠輝は再生ボタンを押した。ニュースの映像が流れ始め、見覚えのある診療所が映し出された。


「なんでッ?」


 驚きの余り声が上ずった、画面に映っているのは牧田診療所だ。キャスターが、アークソサエティの信者による襲撃が行われたと伝えている。画面が切り替わり、記者に囲まれた牧田医師が現れた。


「こちらに、鬼多見容疑者の姉がいるというのは本当ですか?」


「患者の情報をお伝えする事は出来ません。ただ、アークの襲撃から私達を守ってくれたのは、あなた達が容疑者と呼ぶ青年です」


「どうして鬼多見容疑者が、助けてくれたんですか?」


 記者の一人が挑むような口調で問う。


「私が彼を匿っていたからです」


「では、彼のせいで襲撃されたんですね?」


「違います!」


 牧田が答える前に別の声が響いた。カメラが声の人物を捉える。


  明人ッ?


「匿われていたのは、鬼多見悠輝だけではありません、私と他の家族も居ました」


「あなたは?」


「鬼多見悠輝の従弟です」


「襲撃は鬼多見容疑者への報復ではないと?」


「報復には違いありませんが、そもそもの原因を作ったのはアークソサエティです。

 彼は誰も殺してませんし、アークの施設に行ったのは、誘拐された姪を助け出すためです」


 記者がざわめいた、『誘拐』という新しい情報が飛び出したからだ。


「なぜアークが誘拐を? その証拠は?」


「皆さんは、今年の二月、アークの施設から遺体が発見された事件をご存知ですね?

 あの時、私はアークが裏で糸を引いていた『勉強サークル』という集団により、あの施設に監禁されていました。

 それを救出してくれたのが、従兄の悠輝です。その際に遺体も発見され、大問題になったのです。

 これは、当時の記録を確認していただければ判ります」


 実際は怒り任せて施設を破壊し、そこに駆けつけた警官が見つけたのだ。


「そうすると、先ずその報復で姪御さんが誘拐され、奪い返しに行った鬼多見容疑者はアークソサエティに濡れ衣を着せられたと?」


 明人はキッパリと頷いた。


「悠輝は姉、つまり拉致された姪の母と共にアークに呼び出されました。そこで狙撃され、重傷を負った姉と共に命からがら逃げて来たのです。

 それだけではありません、二人を呼び出したあと、アークは私がいた戌亥寺も襲撃しました。何とか逃げ出し、私も牧田先生に匿っていただいたのです」


「ところが、この牧田診療所もアークに襲撃された?」


「はい、私達を身を挺して守り、襲撃犯を捕らえたのは鬼多見悠輝です」


「では、鬼多見容疑者がここに居ないのは、どうしてですか?」


「今、仰ったでしょう、容疑者と。

 彼は無実の罪により指名手配されています。

 その状況下にあっても、自らの手で姪を救出するつもりなのです」


「警察任せるべきでは?」


 明人は辛そうに首を振った。


「それが出来れば苦労はありません。先ほどから申し上げているように、悠輝は濡れ衣を着せられています。

 彼を犯罪者に仕立てた人間、つまりアークソサエティの息がかかった者が警察内部にいるのです」


「証拠はあるんですか?」


「誘拐もそうですが、ここがアークの襲撃を受けたのが、何よりの証拠ではないでしょうか?

 それに信用できないのは警察だけではありません、医療機関もです。ですから悠輝の姉を、施設の整った病院に移すことも出来ません」



 明人と記者のやり取りはまだ続いている。


「おいッ、どうなっているッ?」


 悠輝は天城に喰ってかかった。


「こんな事をしたら、明人や姉貴はもちろん、牧田先生までマスコミや野次馬の餌食になっちまう!」


 このニュースは全国向けだ。県内放送でも厄介だが、これでより多くのバカがSNSなどを利用し、牧田医師や明人を誹《ひ》謗《ぼう》中《ちゆう》傷《しよう》する。明人が、遙香や紫織の名前を出さなかったのは、少しでも彼女たちの被害を減らそうという配慮だろう。


「三瓶ッ、お前が仕組んだのかッ?」


 運転中のなので乱暴なことは出来ないが、悠輝は運転席に身を乗り出した。


「残念だけど違う。ボクはマスコミを紹介したり、お膳立てをしただけだ」


「じゃあ誰なんだッ!?」


 天城は溜息を吐いた。


「牧田医師だよ」


 悠輝は絶句した。


「なんで先生が……」


「キミはどれぐらい牧田医師の事を知っている?」


 ルームミラー越しに見た天城の眼は、悠輝への非難が現れていた。


「牧田家は代々戌亥寺の檀家で、鬼多見家の主治医だ。おれも赤ん坊の頃から高校を卒業するまで世話になった」


「それだけか?」


「何なんだ一体ッ? おれに何を言わせたいッ?」


「世話になってる世話になってるって言っているクセに、キミは大事なことを何も知らない」


「だから、それは何なんだッ?」


 苛立《いらだ》ちが募る。


「牧田医師のお嬢さんを知っているか?」


「え? たしか、おれより五歳ぐらい上の娘さんがいた」


「名前は?」


「それがどうした?」


「大事なことだ」


「……たしか、ハヤミさんだ」


「彼女が今どうしているかは?」


「知らない。他人のプライベートを嗅ぎ廻る趣味はない」


 天城はこれ見よがしに鼻を鳴らした。


「彼女の今の名前は野田早美、夫はアークのお抱え医師だ。そして彼女自身も彼らと同じ、敬《けい》虔《けん》な信者だよ」


「え……?」


 野田という苗字を最近聞いた気がする。だが、それ以上に引っかかる事があった。


「おまえの親父さんが関わっていたのか?」


 天城の父、三《さん》瓶《ぺい》猛《たけし》はアークソサエティを調査中に亡くなっている。猛は懇《こん》意《い》にしていた弁護士と共に、アークの被害者団体から家族を奪還して欲しいとの依頼を受けていた。その中の一人が牧田だったのだろう。


「牧田医師は早美さんが入信した当初、脱会させようとあらゆる方法を試みていた。実際、アークソサエティから目を付けられている」


 悠輝の問いに答えないまま、天城は話を続ける。


「今までヤツらが手を出さなかったのは、キミが言うように戌亥寺の檀家で鬼多見家の主治医だったことが大きい」


「法眼か」


 思わず吐き捨てるように言葉が漏れたが、腐ってはいられない。悠輝は腰を下ろし、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


「つまり、先生が協力的だったのは、単にウチとの付き合いが長いからだけじゃなく、以前からアークと戦っていたからか」


 己の迂《う》闊《かつ》さが嫌になる。悠輝は自分が詮索《せんさく》されるのが嫌なので、他人にも関心を持たないようにしていた。それにしても今回は無関心すぎた。十年近くこの街を離れていたのだ、色々な事が変わっていて当然だ。ましてや、この間に東日本大震災もあった。


  それにしても、どうして……


「キミのお父さんが、放っておいたのが不満かい?」


 悠輝は顔を顰《しか》めた。験力だろうが推理力だろうが、考えを読まれるのは好きではない。


「こたえは簡単さ、キミたちを守るためだよ」


 顰めっ面《つら》が更に険しくなる。


「日本中にアークの信者はいるんだ。ヤツらは鬼多見法眼の情報を収集していて、その息子と娘、そして孫の居場所も知っている」


 思わず食いしばった歯の隙間から呻き声が漏れた。天城の言ったことは事実だ。悠輝と遙香は郡山を離れてから父と一切連絡を取っていなかったが、法眼が彼らに累《るい》が及ばないよう配慮していたのは明らかだ。


  クソッ!


 自分の膝を殴りつける。


「自傷行為はやめろ」


「うるせぇ!」


「厨二《ちゅうに》みたいな八つ当たりもやめろ」


 正しいことを言われることほど、腹立たしい事はない。悠輝は天城の後ろ姿を睨みつけた。


「しばらく様子を見る。運が良ければ、警察が紫織ちゃんを見つけ出してくれる」


「紫織は呪縛されている、見つけたとしても警察の手に負えないぞ」


 週刊誌が験力についてすっぱ抜けば、カルトによる誘拐とは別な意味で大騒ぎになる。


「その意見には賛成だ。しかし、これで警察はアークと完全に対立せざる得なくなった。内部にいるヤツらの協力者も思うように動けない。

 それに行動するにしても、キミは紫織ちゃんの居場所を知っているのか?」


 悠輝は再び呻き声を上げた。何の手掛かりも無いまま紫織を見つけ出すのは不可能だ。


「安心しろ、警察の無線を盗聴して、彼女が見つかったら急行する」


「先に警察があいつに遭遇したら、怪我人が出るだけじゃ済まないぞ」


 天城は運転しながら肩をすくめた。どう仕様もないと言いたげだ。


 たしかに、紫織の験力を警察に伝えても、頭がおかしいと思われるのが落ちだ。その前に悠輝は見つかれば逮捕される。


  けっきょく何もできないのか……


 頭を抱えようとして、ふと思い出した。


  野田早美?


 そうだ、『野田』という苗字が気になっていた。どこで聞いたのか……


「クゥ~ン」


 怒ったり、イラついたり、ヘコんだり、考え込んだりしている悠輝を見かねたのか、政宗が寄ってきて手の甲を舐めてくれる。


「あッ、『野田ドクター』だ!」


「早美さんの旦那がどうかしたのか?」


「御子神を野田ドクターのところへ連れて行くって信者が言っていた。

 三瓶、アークに野田って医者は一人か?」


「ああ」


「そいつの居場所は判るか?」


「開業してるクリニックなら」


「構わない、そこへ行ってくれ」


「その前に、確認だ」


「え? 何を?」


「ここまでなし崩しになっているんだ、ボクもアークソサエティとのケンカに完全参戦する」


「それは……」


「今更ダメだなんて言わせない。キミにはけっこう大きな貸しを作ったし、今後もボクの助けは不可欠だろ?」


 悠輝は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「何より今のキミは、追い詰められて冷静さを失っている、ブレーキ役が必要だ」


「お前がブレーキになれるのか?」


 冗談を言うな、彼女はアークがらみになると眼の色が変わる。


「人間不思議な物で、眼の前に自分よりダメなヤツがいると確《しっか》りするんだ。つまり、キミのお陰でボクは冷静でいられる」


「おれは冷静だし、ダメじゃないッ」


「フ~ン、自分の脚を殴りつけて自傷行為をしているヤツが?」


「それは関係ないッ」


「精神的に追い詰められているのは事実だろ?」


 悔しいが天城の言うことも一理ある。


「安心しろ、カチコミに加わるつもりはない。生き残って、ヤツらが滅んだのをこの眼で確かめたいからな」


 フン、と悠輝は鼻を鳴らした。


「好きにしろ」


「もちろん、そうするさ」


 天城はスピードを上げた。


「ところで、御子神ってのは氷室達也のことだろ?」


「世羽の記憶によると、呪術によって人工的に超能力者として生まれたみたいだ」


「そんなこと可能なのか?」


「さぁ、あいつの記憶だからな。御子神は氷室玲菜の息子で、救世主である耶蘇未麓の守護神なんだとさ」


「ふ~ん、人によって造られた神、人造神ってことか。あいつらも厨二染みているな」


「カルトなんて中二病の集まりだろ?」


 天城は運転しながら後ろを振り向いた。


「厨二病の皆さんに謝れ!」


「前を見ろ! 救世主、超能力、終末、あげくの果てに人造神。完全に中二病じゃないか?」


「たしかにカルトは厨二的だが、厨二病の誰もがカルトに入信するわけじゃない!

 それは置いとくとして、その人造神はキミより強いのか?」


 悠輝の脳裏に、また狂気の眼をした血だらけの遙香と倒れた母が蘇る。彼は二度も幻覚を視せられている。


「ああ、単純に能力だけなら、おれなんかよりズッと強い」


「マズイじゃないか、戦ってもまた負けるぞ」


「安心しろ、あのガキの業《ワザ》は見切った。次は負けない」


「同じワザは二度と通じないって? キミは聖闘士《セイント》かッ?」


 小馬鹿にした口調だが本気で心配している。


「氷室達也が得意とするのは幻覚だ。それは最近飽きるほど喰らってる、しかも御子神様より、とんでもない化け物のをな」


 鬼多見法眼の験力については、天城も知っている。幻覚を視せ、記憶を改《かい》竄《ざん》し、人の心を自在に操る、それこそ悠輝とは比較にならない。


「大口叩いてる割には、無様にやられたじゃないか?」


「油断していたのは認めるが、次は……」


「ウソだな」


 言い終わる前に、天城は遮った。


「人一倍、負けず嫌いのキミが、アッサリ自分の非を認めるわけがない。何があった? いや、どんな幻覚を視せられたんだ?」


「………………………」


 本当にコイツは鋭い。天城を相手にしていると、験力で頭の中を覗かれているのではないと錯覚する事がある。しかし、遙香や法眼と違い、彼女は悠輝の頭の中を直接視る事はない。こちらかは話さない限り、悠輝の視た物は知りようがないし、彼は天城に教える気はなかった。


「言えないほど、ヤバイ物を視せられたか……」


 まぁ、そうじゃなきゃ紫織ちゃんを取り戻しているよな、と天城は言ったきり沈黙した。


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