スーパーシミズ
頬がくすぐったい、また梵天丸が舐めている。
「わかった、わかったから……」
薄らと眼を開ける。だが、瞳に映ったのは見慣れたクロシバの小さな顔ではなく、大きな紅い犬の顔だ。
「政宗ッ?」
そこに居たのは、白い毛が血で真っ赤に染まった政宗だった。
「大丈夫か?」
鬼多見悠輝は慌てて身体を起こし、政宗の身体を調べた。怪我は無い、ならばこの血は誰の物か? その答えはとっくに知っている。悠輝はゆっくりと政宗から視線を外し、部屋の中を見回した。
思わず呻き声が漏れる。バックヤードは血の海だ。
倒れている三人の男に視線を向ける。一人目の首は完全に胴体から離れ、二人目はまさに首の皮一枚で繋がっていた。最後の一人は、首の付け根の下に大きな裂け目が出来ている。彼だけは直ぐに死ねず苦しんだ、血溜まりに藻掻いた跡がある。
「バカヤロウ……」
馬鹿なのは自分か、殺した信者たちか、それとも耶蘇未麓か。
全員だ。
麻痺していたせいで加減が出来なかった。御子神一人さえ、脚を切断しないのが限界だった。ましてや三人同時に手加減など不可能だ。
しかも、一度で仕留めなければ自分が殺られていた。
実際、験力の使い果たし、意識を失った。
気を失う前に銃声を聞いたように思う、弾に当たらなかったのは不幸中の幸いだ。
悠輝は立ち上がった。
「馬鹿野郎」
今度はハッキリと自分自身に言った。良心の呵責に悩んでる場合ではない、紫織を取り戻すためなら手加減はしないと決めたのだ。
鬼を多く見た者は己も鬼になる、おれはもう鬼だ。
どんなに自分の手を汚しても紫織を必ず取り戻す。いつまでもここでモタモタして居られない。アークが警察を寄こす前に姿をくらまし、紫織を追跡しなければ。
先ず血を洗い流したい。蛇口を捻ると水が出た、水道は止められていない。悠輝は自分の顔や手脚を洗い、嫌がる政宗に強引に水をかけ血を落とした。
後は着替えだ、外に出ると完全に夜は明けていた。シエンタの中を確認すると服があった、世羽もあの黒服から着替えるつもりだったのだ。それにスマートフォンを助手席に忘れていたお陰で、紫織の雷撃で壊されずに済んだ。
もう移動手段としてコイツは使えないな……
ボコボコのボディででは目立つし、そもそもアークのクルマに乗り続けるのは得策ではない。
着替えを済ませて電話をかける。これ以上力を借りたくないが、背に腹は代えられない。
〈何の用だ?〉
スピーカーから天城の不機嫌な声が聞こえた。
「悪いな、寝てたのか」
〈ハン、別件を終えて、ティーブレイクしていただけさ。ついでに、キミの姪っ子にも会ってきたぞ〉
「えッ? 朱理の様子は?」
〈残念だったな、すっかり刹那ちゃんの妹だ。もう、叔父さんはいらないな〉
嫌がらせと判っていても腹が立つ。
「三瓶、そうか。無事で良かった、茂子。教えてくれてありがとう、サンペイ。手間をかけて悪かったな、シゲコ」
〈だ~か~ら~ッ、ボクは三瓶でもなければ茂子でもない! 天……〉
「それより、頼みがある」
まだ、頭にきていたので強引に割り込む。
「至急、おれと政宗を回収に来てくれ」
〈何だって?〉
「紫織の救出は失敗だ……」
無意識に声のトーンが低くなる。
〈キミと政宗くんに怪我は?〉
天城も真剣でテキパキした口調に変わた、意識を『探偵』に切り替えたのだ。
「ない」
〈良かった、相手は?〉
悠輝は少し言い淀んだ。
「……三人殺った」
〈そうか、返り血を浴びたりしてないか?〉
悠輝の言葉にも動じず、淡々と情報を聞き出す。
「浴びたが、洗い落として着替えた」
〈念のために聞くが、政宗くんにも血は付着してないな?〉
「大丈夫だ」
〈よし、アークのクルマを使わずにボクを呼んだのは正解だ。
なるべく人目に付かない所に移動しろ、ボクはGPSで追跡する。
バッテリーは?〉
スマホから耳を離して画面を見る。
「二〇%を切ってる」
〈少ないな、この通話が終わったら緊急時以外スマホを使うな〉
「わかった」
電話を切ってポケットに入れると、政宗と共に徒歩で移動を開始した。今後の行動に頭を悩ませながら。




