ビジネスホテル
天城は、朱理が宿泊しているビジネスホテルに来ていた。訪問の目的は、アニメ『鬼霊戦記』のツアーイベントに出演している、島村舞桜という新人声優を送り届けることだ。
昨夜遅く、行方不明になった舞桜を探して欲しいと、彼女のマネージャーから仕事の依頼が来た。普通の探偵なら断る状況だが、彼女はただの探偵ではない、名探偵天城翔だ。夜が明ける前に舞桜の居場所を突き止めた。
そもそも難しい案件ではない。新人の女性声優が地元のイベント途中で失踪となれば、原因は痴情のもつれの可能性が高い。両親、親しかった友人と辿っていき、元カレの菅知巳に行き着くまでさほど時間はかからなかった。
菅の住所に押しかけたら、案の定、舞桜がいた。彼女は菅に、寄りを戻さないとリベンジポルノをすると脅されていたのだ。天城は菅に全てのデータを破棄させ、舞桜を連れ戻そうとした。当然、彼は抵抗したが、天城は彼の眼の前で自分が着ている服を破った。
「残念だけど坊や、キミはボクをレイプしたんだ。ここに居たのは島村さんじゃなく、ボクだ。
留年している大学を退学したくないなら、素直に言うことを聞け。
それに探偵ってのは、いい弁護士と組まなきゃ仕事をやってられない仕事なんだ。この意味、わかるか?」
菅には天城の言わんとする事が理解できたらしい。それ以上逆らわず、彼女の指示に従いデータを消去し、舞桜を解放した。
舞桜をホテルに送り届けると、早紀と高尾が出迎えてくれた。高尾に舞桜を託すと、天城は早紀に頼み、朱理の宿泊している部屋に案内してもらった。ドアが開き、中から朱理が顔を出した
「三瓶さん!」
天城は人差し指を左右に振った。
「チッチッチッ、ボクの名前は天城翔だと言ったろ、朱理ちゃん」
「この娘も朱理じゃありません、御堂永遠です」
すかさず早紀が訂正する。
「おっと、ボクとしたことが失礼。
改めてお早う、永遠ちゃん」
「お早うございます」
「取りあえず、私は刹那を起こします」
早紀は部屋に入って、乱暴に刹那の身体を揺すった。それでも刹那は「あと五分……」とか「今日は学校休む」とか言ってなかなか起きない。
「あの、ボンちゃんたちは?」
「みんな無事だ。今のところ、アークが何か仕掛けてくる気配もない」
本当は仕掛けられたが、余計な心配をさせたくない。牧田診療所のことはニュースになっているから、朱理の耳に入らないよう早紀に頼んでおいた。彼女なら朱理が診療所の襲撃を知っても、上手くフォローしてくれるだろう。悠輝と政宗は、紫織の救出に向かったと明人から連絡があったが、二人が今どうしているかは情報が無い。
「よかった……」
「ボクとしてはヤツラが現れた方が、大義名分ができるから嬉しいんだけどね」
「え?」
「いや、何でもない。それより、永遠ちゃんも着替えたら」
朱理はナイトウェアのままだった。
「はい。あ、どうして桑高のブレザーを着てるんです?」
「ああ、コレ? 『鬼霊戦記』に桑高をモデルにした学校が出てくるから、そのリスペクト」
破いた服を着替えるついでにコスプレをしたのだ。制服だけではなく、靴や鞄も当時の物を身に着けている。
「は、はぁ……」
困惑する朱理を見て、まだ人生経験が少ないから仕方ないか、と勝手に納得する。
朱理とようやく起きた刹那は手早く身支度を調えて、早紀が朝食に買ってきたおにぎりを食べ始めた。
「そのまま聞いてください、島村さんに関してと今日のスケジュールについてです」
眠そうにしていた刹那の表情が一変した。
「見つかったの?」
「ああ、もちろんだ」
早紀に変わって天城が答えた。
「舞桜ちゃんは今どこッ?」
飛び出す勢いで立ち上がった刹那を、天城は手で制した。
「高尾さんが部屋に連れて行った、今はそっとしておいた方がいい」
「それって、無事じゃないってこと?」
「怪我はしていない。ただ、憔悴しているから、少し休めば回復するだろう」
「何があったの?」
「守秘義務があるからボクの口からは言えない。本人か依頼主に聞いてくれ」
「じゃあ一つだけ答えて、解決できた?」
刹那は舞桜の失踪の原因に、超常現象が関わっていないかと案じているのだ。
「もちろんだ、これは探偵の仕事だからね」
「そう、ならいいわ」
刹那はホッとしたように座り直した。
「喜んではいられません。島村さんが回復するまでには、まだ時間がかかります。しかし、八時にはバスに乗って阿武隈川に移動です」
刹那と朱理が同時にスマホで時間を確認した、仕草が似ていて本当に姉妹みたいだ。
血の繋がらない姉妹ってのも萌えるなぁ。
バカな事を考えている場合ではないが、心の余裕を失ってはならない。
「高尾さんとも話した結果、ツアー会社には体調不良で阿武隈川散策は欠席、次の『鬼霊戦記星見会』から復帰すると伝えます」
早紀は言葉を止め、朱理に視線を向けた。
「そこで、あなたに島村さんの代わりとして、娑羯羅のコスプレで参加してもらいます」
早紀はここで口調を改め、申し訳なさそうに朱理の役割を説明した。ツアー参加者と会話をする事になるため、ボロを出さずにプロダクションブレーブの研修生、御堂永遠として対応して欲しいと言うのだ。
「でも、あたしの衣装だと永遠に大きいかも」
「それならボクに任せてくれ」
コスプレの一部である学生鞄の中から裁縫道具を取り出す、備えあれば憂い無しだ。
「レイヤーとしてのたしなみだからね」
朱理に衣装を着せると、手早く仮縫いしていく。
「ゴメンね。ファブっといたけど、昨日あたしが着たから汗臭いでしょ」
刹那が恥ずかしそうに詫びる。
「ボクならむしろ大歓迎だね! 刹那ちゃんみたいな美少女の汗の匂いなら、お金を払ってもいいよ」
朱理は何か言いかけて止め、刹那は気持ち悪そうに天城を見つめた。
おッ、いいね! その蔑んだ眼ッ!
「そんな顔することないだろ? それだけの価値が君にあるって事なんだから」
価値があるのは本当だが、その表情は止めないで欲しい。
「そんなのいりません!」
やれやれと天城は肩をすくめながらも、思わぬご褒美に喜んで、瞬く間に仮縫いを終えた。
「後はメークだな」
「メーク?」
朱理がキョトンとする。
「すっぴんで行くわけには行かないだろ?」
「そう……なんですか?」
確認するように、早紀と刹那の顔を交互に見る。
「仕事で人前に出るんですから、当然必要です」
「もちろん、プライベートの時はいいけどね。あたしのメーク道具貸してあげる」
「じゃあ、そっちもボクに任せてくれ、刹那ちゃんに似せよう」
今度は美少女の顔にお触りし放題だ。
「そんなこと出来るの?」
「レイヤーの、いや、探偵のメーク技術をなめるなよ。あ、このお代は刹那ちゃんのスメルでいいよ」
刹那がまた嫌そうな顔をする。
「マネージャー、この変態探偵、何とかして」
「刹那の匂いでいいなら、好きなだけ嗅いでください。それで経費が節約できれば願ったり叶ったりです」
「ちょとォッ」
コスプレ、否、変装をするための技術を駆使し、メークで朱理の顔を刹那に似せた。
「じゃあ、ボクはこれで失礼するよ」
天城は表情を引き締めた。
「刹那ちゃん、荒木マネージャー、永遠ちゃんをよろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
「頼まれなくたって、永遠はあたしの妹なんだから」
「悠輝くんに伝えてください、姪御さんは必ず守ると」
天城はキャンピングカーに戻ると、シートに身を沈めた。
さすがに疲れた、少し仮眠を取りたい。そう思いながらも、テレビのスイッチを入れる。丁度、ニュースが放送されており、明人の顔が映し出された。思わず笑みがこぼれる、作戦通りだ。
そう言えば、悠輝からまだ連絡がない。信者幹部の脳内をスキャンし、得た情報から紫織を助けに向かっている。
やはり、罠だったのか。それとも……
考えていると、うつらうつらし始めた。その途端、スマホの着信音が鳴り響く。天城は毒突きながら電話に出た。




