第八話 非常識(物理)と非常識
荒唐無稽な映像の為、信憑性に欠けるように感じだろうと華は言った。
その言葉を聞き、千田川以外の大人全員が呆れたものだ。彼等にとって、今の時代が既にファンタジーの様なもの。立場こそ違えど、彼等はダンジョンが発生して以降、多くの未知に触れてきた。今更どんな光景を目にしようと、驚きこそすれど否定するような事は無い。
そう、思っていた。
『ーーおいおい。コイツはちっと雑過ぎやしねぇか?』
画面の中に現れた、圧倒的な存在感を放つ異形の鬼神。画面越しですら震えそうになる程の圧を放つ、正真正銘の鬼の神。そして、その鬼神の一撃を木刀で受け止めてみせた、甚平姿の蓮。
あまりにも信じ難く、あまりにも荒唐無稽。
『ーー存分に死合おうか』
その言葉を最後に、鬼神と蓮の姿は掻き消え、映像に現れなくなる。ただ赤と青の軌跡が無数に閃き、轟音と大破壊が絶え間無く発生する映像だけが流れる事になる。
華のしていた、マトモに映っているかどうかという心配の理由はこれだ。宿儺と蓮の戦闘は、小型のアクションカメラで捉えられる領域を逸脱しているのである。
ああ、何だコレは。
『ガガガガ!!!』
『クハハハ!!!』
時折響く二つの哄笑が、より一層現実感を欠如させる。
目にも留まらぬ速さで戦闘を繰り広げる鬼神と蓮は、激動の時代を歩む彼等ですら理解不能であった。
ファンタジーを超えた神話の領域の死闘を演じながら、それでも尚楽しそうに笑う精神性は何だ? マトモに映ってすらいないのに、これ程までに訴えてくる暴力の気配は何だ?
こんな事が、有って良いのか。こんなモノが、存在して良いのか。
「何なんだ、コレは……!!」
「有り得ない……」
超常の戦闘を目の当たりにし、武官である鮫島も、ほの部下である大沢も、絞り出すような唸り声を上げた。
昨今の自衛隊にとって、ダンジョンはもはや馴染み深いものになっている。特に専門部隊に所属する鮫島達の場合、ダンジョン関係の知識や経験は、そこらの探索者の遥か上を行く。ダンジョン探索という面においては、陸上自衛隊は世界でもトップクラスの実力を誇っているのである。
だが、この戦いはそんな次元の話では無い。人間が幾ら数を、装備を、スキルを揃えようが、これは生身で割り込めるような領域では無い。もしこの戦闘に対抗しようというのなら、それこそ戦闘機や戦車といった兵器を大量に動員しなければならないだろう。
コレは最早、二つの個によって引き起こされた戦争のようなものだ。
「……現実は何時から特撮になったんだ……。こんなのウルトラマンが必要なレベルだぞ……」
同じように圧倒されていた木村が、そんな事をボヤく。鮫島も大沢もその呟きには激しく同意したくなったが、割と妥当な戦力分析だったので素直に頷けない。
「いやはや……。相変わらず四扇君は凄まじいですねぇ」
大人達の中で唯一、蓮と交流のある千田川ですら苦笑いを浮かべていた。
その姿に違和感を覚えたのか、研究者故に比較的冷静を保っていた水戸が尋ねる。
「……千田川さんは、あまり驚いていないようですね?」
「私の場合、彼等が深層の魔石を持ち帰ってきた際に、今回と同じように映像を観ていますから」
「ああ! そう言えば、コレを映す時にそんな事言ってましたね」
「尤も、何度見ても理解できませんがね。……しかも彼の場合、幾ら鑑定スキルに掛けても何故か所持スキルゼロと出てきますし」
「スキルがゼロ!? アレで!?」
「そうなんですよねぇ……」
千田川の台詞に室内にいる全員が絶句する。その後、どういうことだという疑問が爆発するが、千田川とて知りませんと答えるしかない。かと言って蓮に訊いたところで『だってスクロールなんて使ってねえもん』としか返ってこないのだからどうしようもない。何よりタチが悪いのは、蓮の言葉が紛れもない事実であることだ。まあ蓮は人類が産んだバグのようなものなので仕方がない。
そして何より、今重要なのはそこではないのだ。そんな意味も込めて、千田川は大きく咳払いをする。
「オホン。……まあ、彼のことは置いておきましょう。今はもっと逼迫した議題がありますし」
質問責めに対して苦笑いを浮かべていた千田川であったが、途中からスっと表情を真剣なものに変えた。
千田川の語る逼迫した議題というのは、やはり宿儺の事であろう。幾ら報告の少ない特殊個体といえ、このレベルのモンスターが現れるというのはかなり不味い。
「さて皆さん。この映像を見る限り、【ロータス】が特殊個体と戦闘をしたのは事実です。ーーああ、丁度決着もついたみたいですね。これで特殊個体の討伐も確認出来ました」
千田川の視線の先では、再び蓮がカメラに姿を現し、それと同時に、宿儺の巨体が崩れ落ちた所だった。
そして映像は途切れる。
「取り敢えず、目下の危険は無くなりましたね。被害者こそ出てしまっていますが、被害が拡大する前に対処出来た事は不幸中の幸いというものでしょう」
ですが、と千田川は言葉を続ける。
「問題は、我々では到底及ばぬ力を持ったモンスターが現れたという事です。それも人の出入りもある中層に」
そう。確かに宿儺は倒された。だが、ダンジョンの管理を行っている国の立場で言えば、人智及ばぬ領域のモンスターが出てきた事それ自体が問題なのだ。
「とても由々しき事態です。更に問題なのは、我々は特殊個体に対してあまりにも無知だという事です」
そう言って、千田川は視線を水戸へと向ける。それだけで水戸も何を求められているのかを理解し、千田川の言葉を引き継いだ。
「そもそも特殊個体という存在自体、最近聴くようになったものです。最初の発見は四ヶ月前のロンドン。明らかに異質な黒騎士が、ダンジョンの浅層に出たというのが始まりですね。目撃者からは、遠目からでも凄まじい強さを誇っていた、動きに明らかな知性があった等の報告がなされたそうです。英国も調査を行ったようですが、結果は不明。ただ、該当ダンジョンは封鎖されました」
その黒騎士以来、幾つかのダンジョンでちょくちょく似たようなモンスターが目撃されるようになったと、水戸は語る。
「そして特殊個体ですが、現在判明している事は殆どありません。そもそも発見数が少なく、討伐報告もゼロ。今回の鬼神が恐らく初討伐でしょうね。勿論、情報が秘匿されている可能性もありますが、映像を見る限りそれも無いかと。その辺は、鮫島さん達の方が詳しいかと思います」
水戸にそう水を向けられ、鮫島は溜息を吐きながら言葉を返した。
「そうですね……。ここは正確に答えるべきでしょう。もし特殊個体全てがあのレベルの強さを備えているとしたら、人間が倒せる領域ではありません。今回が初討伐というのは、まあ間違いないかと」
「因みにお訊きしますが、自衛隊であの鬼神を討伐する事は可能ですか?」
「……もしアレがダンジョンの外に出てきたとしたら、我々自衛隊でも被害は出せども倒せます。しかし、ダンジョン内では絶対に無理でしょう。なにせ、ダンジョンでは兵器の類が使えない」
実際の戦力的には問題無いと前置きしつつも、鮫島は無理だと断言した。
ダンジョンで活動するにあたり、自衛隊が最も嘆いている事。それは超常の閉鎖空間故の、兵器類の制限である。ダンジョンの内部は基本的に広大であるが、それに反して入口はかなり狭い。精々、人が数人並んで入れるかぐらいの大きさしかなく、超常の存在故に拡張する事も不可能。
そんな理由から、自衛隊が探索で用いるのは、武器に分類される携帯可能な物に限られているのである。
「つまり、出現する理由も法則も不明で、倒す事も事実上不可能って事ですか……? タチの悪い冗談だな」
「木村さんの意見には心から同意しますよ。これは本当に宜しくない」
吐き捨てるように木村が結論を纏めると、千田川も頭が痛いと言いたげに同意を示す。
「取り敢えず、これは上に報告しなければなりません。またダンジョン反対派が勢いづきかねない」
「討伐出来るのが【ロータス】だけというのも問題だ。個人の武力に頼っていては、将来的に頭打ちになる」
木村が政治的な問題点を、鮫島が軍事的な問題点をそれぞれ挙げる。そこから更に芋づる式に問題点が浮上し、会議が難航する気配が漂い始める。
宿儺という直近の問題は解決したが、事はそれだけに収まらないのである。上層部への報告も纏める必要がある為、会議はむしろこれからが本番なのだ。
だが、
「はいストーップ!」
そこで再び蓮が待ったを掛けた。
「おーい。何かまた俺らそっちのけで話進めてるけども。俺言ったね? 時間あんまり無いって。言ったよね?」
「ちょっ、蓮コラ黙れこの馬鹿!」
「いやだから時間無いんだって。 これ口挟まなきゃ延々付き合わされんだろ。華と違って俺まだ高校生だし、補導されたら面倒なんだよ」
「む……」
蓮にそう言われてしまい、華は思わず口を閉ざす。
時計を見れば、時刻は既に九時過ぎ。まだ焦るような時間ではないかのように思えるが、実はそうでも無いのである。蓮達はダンジョンから出た直後に、この場へと連れて来られており、探索終了に伴う手続きをまだ済ませていないのだ。そのあたりの時間を踏まえると、時間的にはかなりギリギリなのだ。
それを華も理解しているからこそ、何も言えない。
「必要な事は確認出来たろ? ならOKだな? ほれさっさと華はドロップ仕舞う。早く帰るぞ」
「はぁ~……。いや、お前が急かす気持ちも分かるけどさぁ。もうちょっと言い方ってないのかよ……」
華はそう言って、蓮の態度に溜息を吐く。言ってる事は真っ当であるし、補導が嫌という気持ちも充分理解出来るのだが、それ以上に蓮の態度が悪過ぎて素直に従えないのだ。
まあ、それでも渋々ながら片付けに入っている辺り、華の面倒見の良さが伺える。
「い、いや! ちょっと待ちなさい!」
二人が帰り支度を始めると、慌てて木村が立ち上がった。
「何?」
「何では無い! 我々はまだキミに訊きたい事が山ほどあるんだぞ!? それなのに何故勝手に帰ろうとしている!!」
面倒そうな表情を浮かべる蓮に、思わず木村が怒鳴った。
現状、蓮は唯一の特殊個体討伐者である。その意見は値千金。対策や方針を決める上で、最も重要な指針となるのは間違いないだろう。
だからこその制止なのだが、蓮の反応は素っ気ない。
「いや、何を話せってんだよ。俺が意見言った所で探索者の実力は上がんねえんだ。特殊個体に遭わなきゃ良し、遭ったらご愁傷様で結論出てんだろ」
「その悲劇を避ける為の会議だろう!?」
「そうなのかもしれんが、そこに俺は要らんだろって言ってんの。俺が言える事なんて、宿儺がどんくらい強かったって事だけだぞ。それの何が役に立つんだ? 自衛隊でも無理っていう結論がもう出てんのによ」
木村の主張は善良で真っ当である。だが、論理的に筋が通っているのは蓮の方だった。
「そもそも俺達は、特殊個体の件で協力してくれって理由で此処に呼ばれたんだよ。そんで宿儺はもう俺が倒して、その確認も取れた。なら俺達が此処にいる理由は無いだろ」
そこから先は公務員の仕事だろと、蓮は肩を竦める。自分が如何に貴重な情報源なのかを理解した上でこの態度なのだから、本当にふてぶてしい。
そして何より、主張としてはあながち間違ってないのだから腹立たしい。もし会議に蓮が参加する場合、求められる立場はアドバイザーだ。それが出来ないと断言しているのだから、確かにこの場にいる意味は無いのである。
「そういう事だから、俺達は帰るぞ。構わないな千さん?」
「……分かりました。【ロータス】の二人は下がって大丈夫ですよ」
蓮が一応の確認を取ると、千田川も仕方ないと言いたげな表情で頷いた。止めた所でどうせ無視するだろうから、諦めたとも言う。
「んなっ!? 良いんですか千田川さん!?」
「しょうがないでしょう。彼等は学生。公務員ではありません。我々に強制する権限は無いのですから」
「っぐ……!」
千田川に権限が無いと言われ、木村は言葉を詰まらせた。
蓮達はあくまでも民間、フリーランスの探索者だ。組織に所属している訳では無い以上、法律を侵さない限りその行動を縛る事は基本出来ないのだ。
今回【ロータス】を会議の場に呼び出せたのは、探索者の規則である『ダンジョンにおける非常事態が発生した場合、探索者協会職員の指示の従う』という項目を利用したからこそ。その非常事態も蓮の手で解決されてしまっている以上、この場に留めておく事は出来ないのである。
それを理解しているからこそ、蓮も強気で行動しているのである。
「んじゃな」
結局、大人達は苦々しい表情で蓮達を見送る事になるのだった。




