第023話 辺境防衛戦・決着
丘の斜面で業火に呑まれかけていた村人へ――影が1つ飛び込んだ。
ヴェルナだった。
彼女は自らの焔で迫る炎を辛うじて相殺し、村人を抱えて退避の窪みへと転がり込む。
2人とも無事だ。
……間一髪だった。
だがフェルゼン領主の温存していた最精鋭はその隙にじりじりと隘路の奥へ食い込んできていた。
「小賢しい仕掛けも、ここまでよ」
ゲルハルトが嗤った。
その傍らにはこれまでの魔法使いとは格の違う――フェルゼン家、随一の大魔導士が控えている。
「見せてやれ。血に宿りし真の力を」
南小道から戻ったヴェルナの鎧には3本の矢が刺さっていた。
1本は肩当て。
2本は背の盾。
自分へ飛んだものだけではない。
撤退する村人を庇って受けた矢だった。
「ラルフの班は」
ルクスが問う。
「第二窪地を維持。ですが敵精鋭が20以上残っています。こちらは……動ける者が7」
「退却命令は」
「出しました。彼が最後尾です」
その答えが胸へ刺さる。
ラルフならそうする。
だからこそ最後尾を任せてはいけなかったのではないか。
考える時間はなかった。
正面の重盾兵が第二線へ入る。
盾は3枚を重ね、隙間を革で覆っている。
魔導銃対策を一度見ただけで組み上げた。
ゲルハルトは過信していた。
だが愚かではない。
血統の秩序を守るためなら新しい脅威を学ぶこともできる。
「火種盤、残り」
「8!」
「全部使わない。左右へ2つずつ。残りは退路」
爆発で盾は破れない。
狙うのは盾を持つ兵の足並み。
左右で違う時刻に鳴らし、隊列を斜めにする。
1発目。
左が止まる。
右が前へ出る。
2発目。
右が伏せる。
盾の角がぶつかる。
その綻びへディークの焔が走った。
燃やすためではない。
盾の表面を熱し、持ち手に手放させる。
以前の兄なら最大の火力で正面を焼いただろう。
今はルクスの合図に合わせ、必要な場所へ必要な量だけを送る。
「右、3枚目!」
ルクスが叫ぶ。
ディークは即座に焔を細く絞った。
盾の縁が赤くなり、兵が手を離す。
槍班が突く。
倒すのは先頭だけ。
追わず、線へ戻る。
敵が次の盾を前へ出す。
同じ手は2度通らない。
今度は濡れた布を盾へ巻き、熱を逃がしている。
「対応が早い」
テオが息を呑む。
「向こうも生き残りたい」
敵を旧い考えの愚者と決めつければ、こちらもゲルハルトと同じ過ちを犯す。
ルクスは残る手を数える。
魔導銃は4丁が使用可能。
弾は11。
焔隊はディークを含め6人。
魔力は半分以下。
槍班、動ける者40余。
南の状態は不明。
救護班の収容能力は限界に近い。
敵本隊は50の精鋭と大魔導士。
数の差は縮んだ。
それでも最後に残った質の差が大きすぎる。
大魔導士の前へ触媒を持つ従者が進み出た。
銀の粉。
赤い結晶。
獣骨を削った杖。
術式を1人の体内だけで完結させず、材料と補助者で増幅する。
ルクスの解析の眼には魔力の流れが太い川のように見えた。
「全員、最終窪地へ!」
指示が走る。
村人たちは下がる。
だが負傷者が多い。
歩ける者が肩を貸し、担架が泥へ沈む。
敵精鋭はその遅れを見て前へ出た。
ヴェルナが単身で間へ立つ。
剣に焔をまとわせ、先頭の槍を弾く。
2人目。
3人目。
彼女1人で止められる数ではない。
ディークの焔が横から援護する。
兄と女騎士。
血統の才を持つ2人が平民の退却時間を稼ぐために立つ。
力の意味が以前とは逆転していた。
強者が勝利を独占するのではない。
全体の仕組みが壊れないよう、最も危険な継ぎ目を支える。
「退避完了!」
角笛が鳴る。
ヴェルナとディークが同時に下がった。
その背後で大魔導士の術式が臨界へ近づく。
大魔導士が両手を掲げた。
空気が軋む。
これまでの業火とは比較にならない、巨大な焔の渦が渦を巻き始めた。
あれが放たれれば、隘路ごとこちらの陣は焼き払われる。
……仕組みも何もない。
ただ、蒸発する。
俺の
『解析』
の眼がその渦巻く術式を必死に透かし見た。
巨大だ。
だが――大きすぎる術は練り上げるのに時がかかる。
そして練っている間は無防備だ。
その"隙"を俺の眼は捉えていた。
---
巨大術には3つの支点があった。
大魔導士本人。
足元に置かれた赤い結晶。
左右で魔力を整える2人の補助者。
1つを壊せば、術は弱まる。
だが順番を誤れば溜まった魔力がこちらへ流れる。
ルクスの解析は完成した術の強さだけでなく、流れの変化を追う。
右の補助者から入る魔力がわずかに遅い。
大魔導士は左手で補正している。
そのため左側の防壁が厚く、右側が1呼吸ごとに薄くなる。
「盾の右」
と叫んだのは勘ではない。
7度目の脈動。
薄くなる。
8度目。
戻る。
9度目。
さらに薄い。
完成までおそらく12度。
失敗できるのは一度だけ。
「兄上、10度目で右へ焔!」
「数え方は」
「僕が手を上げます。下ろしたら最大で」
ディークは頷いた。
なぜ右かを聞かない。
説明している時間がないと理解している。
テオたちは射点2へ移った。
使える銃は4丁。
1丁は銃身が膨らみ、使用禁止。
1丁は射手が負傷し、回収途中。
弾は11あっても撃てる機会は一度。
「狙いは大魔導士本人ですか」
テオが問う。
「最初の2発は右の盾兵。次の2発が術者。盾が崩れなければ、術者を撃たない」
「時間がなくても?」
「無駄弾を撃てば、もっとなくなる」
5度。
巨大な焔が空気を吸い、隘路の草が術者へ向かって伏せる。
6度。
熱で頬が痛い。
7度。
村人の1人が祈り始める。
8度。
大魔導士を囲む盾兵が腰を落とす。
前に倒れた者とは違う。
魔導銃を知り、どこから撃たれるか探している。
9度。
ルクスは手を上げた。
ディークの焔隊が呼吸を合わせる。
10度。
手を下ろす。
焔が1本の槍のように右の盾へ集中した。
敵は防いだ。
1枚目の盾が赤熱する。
2枚目が支える。
貫けない。
それでいい。
熱を受けた兵の視界が焔で塞がる。
最初の銃声。
盾の留め金が砕ける。
2発目。
盾兵の肩が跳ね、列が半歩開く。
「今!」
3発目。
大魔導士の胸へ向かう。
しかし補助者が身を投げ、弾を受けた。
4発目。
テオ。
銃口が揺れる。
補助者の死体が倒れる途中、その向こうに術者の胴が見える。
1呼吸もない。
テオは引き金を引いた。
弾は大魔導士の脇腹へ入った。
致命傷かは分からない。
だが術式を維持する集中が切れた。
両手の高さがずれる。
赤い結晶へ戻るはずの魔力が行き場を失う。
「全員伏せろ! 盾を地面へ!」
ルクスの叫び。
巨大な焔は敵へ向けて放たれなかった。
その場で内側から裂けた。
白。
赤。
黒。
色が順に消え、音が遅れて来る。
地面が持ち上がり、熱風が隘路を走った。
盾の陰でも身体が浮く。
耳が聞こえない。
口の中に土。
しばらく、上下さえ分からなかった。
ルクスが顔を上げると敵精鋭の盾列は崩れていた。
大魔導士は倒れている。
赤い結晶は粉々。
左右の補助者も動かない。
味方も無事ではない。
退避しきれなかった槍兵が焼かれ、ディークが膝をつき、ヴェルナの外套が燃えている。
1つの切り札を砕くため、全員が代償を払った。
それでも敵の空にもう巨大な焔はない。
「――テオ! 魔導銃、残弾、あるだけ! あの大魔導士に集中しろ!」
だが大魔導士も馬鹿ではなかった。
前の魔法使いがどう倒されたかを見ている。
その身の周りには精鋭の兵が盾となって、幾重にも囲んでいた。
鉄の筒の弾もその盾は抜けない。
「盾が、邪魔か……!」
テオが歯噛みする。
――正面が駄目なら。
俺の頭が猛烈に回転する。
あの術が完成するまであと数呼吸。
盾を剥がす手立て。
手駒。
地形。
……ある。
「ディーク兄上!」
俺は叫んだ。
「兄上の焔で、あの盾の"右"を崩してください! 貫かなくていい! ほんの一瞬、隊列を乱すだけで!」
床几から立ち上がっていたディークが俺を見た。
傷ついた誇りとこの戦の行く末とをその一瞬で天秤にかけ――そして剣を抜いた。
「……焔隊! 続けェ!」
ディークのそして生き残った焔の使い手たちの炎が大魔導士を守る盾の右側へと集中する。
貫けはしない。
だがその熱と衝撃に兵たちがたじろぎ、盾の壁に一瞬の綻びが生まれた。
その一瞬。
「――今だ、テオ! そこだ!」
俺の
『解析』
が綻びのその奥、大魔導士の無防備な胴を指し示す。
テオと若者たちの魔導銃が火を噴いた。
鉛の弾が綻びを縫って大魔導士を撃ち抜いた。
渦巻いていた巨大な焔が――放たれる、その寸前で、拠り所を失い、制御を失って4散する。
暴発した膨大なマナが逆にフェルゼンの精鋭たちを呑み込んだ。
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「馬鹿な……! 大魔導士が……!?」
フェルゼン領主の顔から余裕が消え失せた。
切り札のそのまた切り札。
血統が誇る、最強の一手。
それが名もなき平民の鉄の筒に討たれた。
彼の拠って立つ、"世界のかたち"そのものが崩れた瞬間だった。
「ヴェルナ殿! 兄上! 総攻めです! 敵の心が折れた――今しかない!」
隘路に雪崩を打ってこちらの全軍が押し出す。
ヴェルナの剣。
ディークの焔。
丘からの爆ぜる火種盤の雨。
そして村人たちの槍。
統率を失い、切り札を失ったフェルゼンの軍は――500の数をもはやまるで活かせぬまま総崩れとなって退いていった。
フェルゼン領主自身も供回りに守られ、命からがら国境の彼方へと逃げ去った。
総攻め、と言っても全員が敵を追ったわけではない。
ルクスは3本の旗を同時に上げた。
正面、石標まで前進。
北丘、敵の退路へ火を見せる。
南小道、閉じずに出口を残す。
逃げ道を塞げば、敵は死ぬまで戦う。
1つだけ開ければ折れた兵はそこへ集まる。
フェルゼン兵の後列が先に反転した。
前列はまだゲルハルトの命令を待つ。
だが旗手の1人が倒れ、副官の声は爆発で届かない。
後ろが逃げ、前が押し返され、中央はどちらを向くべきか分からない。
500の軍は500人の群れへ戻った。
ゲルハルトが剣で兵を止めようとする。
「退くな! 敵は少数だ!」
言葉は正しい。
こちらは100にも満たない。
火種盤は尽き、魔導銃も残弾が少ない。
もう一度整列できれば、敵にはまだ勝ち目がある。
しかし兵が見ているのは数ではない。
絶対だと思った大魔導士が平民の筒に倒れた景色。
血統の守りが自分たちを守らなかった記憶。
恐怖は計算を許さない。
ハインツ副官が領主の馬の手綱を掴んだ。
「閣下、退却を!」
「離せ!」
「ここで閣下を失えばフェルゼン領が終わります!」
ゲルハルトは剣を上げる。
副官へ振り下ろすためか、敵へ向けるためか。
一瞬、止まった。
その間に供回りが馬を囲み、西へ向ける。
領主の旗が下がった。
旗が下がれば残る兵に戦う理由はない。
退却が始まった。
ディークが追撃を命じかける。
「兄上、石標まで!」
ルクスが叫ぶ。
兄は剣を握り締めた。
初戦の敗北を返す機会。
敵の背を焼けば、焔隊の名誉を取り戻せる。
それでも石標の前で止まった。
「全隊止まれ! 線を越えるな!」
命令が復唱される。
何人かの村人は興奮のまま走り続けそうになり、隣の者に引き戻された。
勝利の瞬間ほど、決めた線が必要になる。
敵の退路に置いた火は兵を焼かず、一方向へ誘導した。
武器を捨てた者は追わない。
倒れた敵兵へとどめを刺さない。
負傷者は武装を外し、味方と同じ赤黄の札で分ける。
「敵まで助けるのか」
村人が問う。
「捕虜は証言になる。返還交渉にも使える」
ルクスは現実的な理由を先に言った。
慈悲だけでは家を焼かれた者に届かない。
それでも続ける。
「そして、倒れた者を殺す軍にしたくない」
村人は納得した顔ではなかった。
だが槍を引いた。
戦場の規律は全員の心を清くするためではない。
怒りを抱えたままでも越えてはならない線を共有するためにある。
ヴェルナは騎士を2隊に分けた。
1隊は追跡ではなく監視。
敵が国境を越えるまで距離を保つ。
1隊は戦場の確保。
武器と魔法具を集め、死者と負傷者を分ける。
ティナは真っ先に魔導銃を回収した。
1番、テオ。
2番、銃身異常なし。
3番、引き金部破損。
4番、行方不明。
5番、回収。
6番、血痕あり、射手負傷。
「4番を探せ! 敵に持っていかれたら、勝ってないのと同じだ!」
工房の者が岩陰を走る。
やがて倒れた射手の身体の下から4番が見つかった。
ティナは銃より先にその若者の脈を確かめた。
まだある。
赤札。
担架。
武器の回収と人命の救助が同じ場所で重なる。
帳簿は後で直せる。
命は今しか運べない。
テオは大魔導士を撃った場所から動けずにいた。
自分の手を見る。
煤と血。
「俺が、殺した」
「分からない」
ルクスは言った。
「生きているかもしれない」
「だったら、よかったと思っていいんですか」
答えられない。
相手が生きれば、また村を焼くかもしれない。
死んでいれば、自分が人を殺した事実になる。
どちらを願っても何かが壊れる。
ヴェルナが2人の隣へ立った。
「今は銃を戻し、仲間を運びなさい。答えは戦場の外で考え続けるしかありません」
忘れろとは言わなかった。
正当防衛だったと片づけもしなかった。
考え続けることも武器を渡された者の責任だった。
ルクスは頷き、テオと共に負傷者の方へ歩いた。
その時、丘の向こうから勝鬨が上がった。
敵が国境方向へ退いたという報せ。
守った。
勝った。
言葉は確かに正しい。
だが隘路に横たわる身体の数はその2文字では軽くならなかった。
――勝った。
200に満たぬ寡兵で。
血統の焔が砕かれたところから。
俺の"仕組み"が。
地形と情報と道具と意志ある人々が。
500の血統の軍勢をこの隘路で退けたのだ。
証明された。
血統の魔法という"個の質"に対し、体系化された"数と仕組み"は――国と国の戦のその盤上においてすら確かに通用する。
それはこの世界の力のあり方を根底から書き換える、1つの狼煙だった。
---
歓声が隘路に湧き起こる。
抱き合い、涙を流す村人たち。
生き延びた。
守り抜いた。
その実感が。
だがその熱狂の片隅で。
「……ルクス様」
テオが駆け寄ってきた。
その顔は勝利の喜びに染まっていなかった。
むしろ――蒼白だった。
「ラルフが。……ラルフが、動かないんです」
ラルフ。
あのいちばん最初に育土杭を面白がってくれた、若い農夫。
「逃げない」
と真っ先に槍を握った、あの笑顔の絶えない青年。
俺が隘路のいちばん危うい一角を任せた男。
俺はテオに引かれるまま走った。
丘の斜面の焼け焦げた一角。
そこにラルフは倒れていた。
手にはしっかりと槍を握ったまま。
敵を村へ通すまいと。
……その顔はまるで眠っているように穏やかだった。
だが二度と動くことはなかった。
勝利の歓声が遠くで響いている。
その明るい声の中で。
俺はただ、立ち尽くしていた。
手にした勝利の、その重さの正体を。
今、俺はこの冷たくなった青年の前で――初めて思い知ろうとしていた。
ラルフのそばには折れた橋板が落ちていた。
南小道の狭い流れへ板を渡し、味方を退かせた後自分で留め具を外したらしい。
敵精鋭はそこで足を止め、ヴェルナが到着するまで魔導銃班の側面へ出られなかった。
彼が稼いだ時間。
おそらく100呼吸にも満たない。
その100呼吸で大魔導士の術式を解析し、ディークが盾を崩し、テオが撃った。
勝利の記録に書けば1行になる。
南小道、敵別働隊を遅滞。
だがその1行の中にラルフの最後の時間を閉じ込めてはいけない。
ルクスは膝をついた。
槍を握った指は固く、すぐには開かなかった。
「無理に外すな」
ヴェルナが言う。
「このまま運びましょう」
テオが上着を脱ぎ、ラルフの顔へかけようとする。
ルクスは止めた。
「顔は隠さない。村へ戻るまで、皆が確認できるように」
死者を誰か分からない荷物にしない。
名簿が来る。
生存。
負傷。
不明。
戦死。
ラルフの名の横へ書記の筆が止まった。
「書いてください」
ルクスは言った。
声が出にくい。
「戦死、と」
墨が紙へ置かれる。
1つの文字で、人の人生が終わったように見えた。
だからその隣へ追記させる。
南小道班長。
12名を指揮。
11名を退避させる。
橋を落とし、敵別働隊を阻止。
さらに家族。
畑。
借りている牛。
収穫前の麦。
残されたものまで記す。
戦死者を称える言葉だけでは母親の冬は越せない。
弔慰金。
畑の刈り入れ。
家の修理。
約束は数字へしなければ実行できない。
その現実が今は残酷だった。
日が傾くころ、隘路の歓声は静まった。
代わりに名前を呼ぶ声が行き交う。
返事のある名。
返事のない名。
何度呼んでも返らない名。
ルクスはすべてを聞いた。
指揮所へ逃げて、勝利報告だけをまとめることはしなかった。
自分の命令が届いた先を1人ずつ見る。
ラルフを含め、確認された死者は8人。
負傷者は37人。
重傷11。
敵の死者と負傷者はまだ数え切れない。
「8人で500を退けた」
誰かが奇跡のように言った。
ルクスは振り向く。
8人で、ではない。
8人を失って、だ。
言い直そうとして、声にならなかった。
勝利は必要だった。
負ければ、さらに多くが死んだ。
それでも必要だったことは失われた命を安くしない。
丘の向こうで、村へ帰還する列が作られる。
先頭は負傷者。
次に死者。
捕虜。
最後に武器を持つ者。
勝者の行進には見えない。
それでよかった。
ルクスはラルフの担架の横を歩いた。
乾いた破裂音が世界の秩序を変えた日。
彼が覚えていたのはその音ではなかった。
担架の軋みと返事のない名前を呼ぶ声だった。
村の門が見えた時、避難していた者たちが道の両側へ並んだ。
歓声は起きなかった。
生きて戻った顔を探し、見つけて泣く者。
担架の顔を見て、その場へ崩れる者。
ラルフの母は列の最後にいた。
彼女は息子の顔を見るとただ一度、名前を呼んだ。
ルクスは足を止めた。
何を言っても足りない。
自分が命じた。
自分が南へ送った。
勝つために必要だったという説明はできる。
だが母親が失ったものに釣り合う説明はない。
彼女はルクスを見た。
問いも責める言葉もなかった。
その沈黙の方が重かった。
ルクスは頭を下げた。
辺境を守った指揮官としてではない。
1人の青年を帰せなかった者として。
勝利の報告はその姿勢のまま、夜の村へ入った。
その夜、回収した6丁の魔導銃は工房奥へ戻された。
ティナとヴェルナが別々の鍵をかけ、テオが弾数と損傷を書き込む。
勝った勢いで増産を命じる者はいなかった。
6丁が救った命と奪った命を確認するまでは次の1本を作らない。
それが戦場へ持ち出す前に決めた歯止めだった。
ルクスは封印された箱へ手を置き、ラルフを含む8人の名を声に出した。
武器の成果だけを数えれば、次の戦ではもっと簡単に引き金を引けてしまう。
だから乾いた銃声の後に残った名を必ず同じ帳面へ記した。
帳面を閉じても戦は終わらない。
負傷者の熱、帰らない者を待つ家、壊れた水路。
それらを直し終えるまでがルクスにとっての防衛戦だった。
勝利は帰還した日ではなく、帰還できなかった者への責任を果たした日に初めて完成する。
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