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第9話 孤独なき孤絶、初めての従魔(テイム)

第9話 孤独なき孤絶、初めての従魔(テイム)

洞窟の天井で淡く発光する魔光石が、ゆっくりとその輝きを朝の陽光に近いオレンジ色へと変えていく。

波の音が一定のリズムで響く中、僕はふかふかのボタニカルベッドから上体を起こした。前世で毎朝感じていた、胃の奥が鉛のように重くなるような憂鬱感は一切ない。あるのは、今日という一日をどうやって自分のためだけに使おうかという、純粋な好奇心と活力だけだった。

「さて、今日は何を創ろうか」

石の床に足を下ろし、ひんやりとした感触を楽しみながら立ち上がる。朝のルーティンである冷たい水を一杯飲み干すと、細胞の隅々までがシャキッと目覚めるのを感じた。

昨日、ついに海へと漕ぎ出し、自作の魔力駆動式カヌーで巨大な『蒼藍鮪(ブルー・ツナ)』を釣り上げた。魔法で錬成した特製醤油で食べた大トロの味は、間違いなく僕のこれまでの人生(前世も含めて)で最高の美味だった。

キッチンエリアに向かい、魔法で作った冷蔵庫(魔力を帯びた氷を敷き詰めた石の箱)から、蒼藍鮪の切り身を取り出す。今日の朝食は、贅沢にもこの蒼藍鮪のステーキだ。

鉄のフライパンを火魔石のコンロに乗せ、突角豚の脂を引く。フライパンから薄く煙が上がったところで、分厚く切った鮪の身を投入した。

ジュワァァァァッ!!

強烈な音と共に、魚の脂が焦げる猛烈に香ばしい匂いが洞窟内に充満する。表面だけをサッと焼き上げ、中はレアの状態にとどめる。仕上げに錬成醤油を数滴垂らすと、焦げた醤油の香りがさらに食欲を刺激した。

「いただきます」

白磁の皿に乗った鮪ステーキを魔鋼のナイフで切り分け、口に運ぶ。

「……んんっ!」

外側はカリッとして香ばしく、内側は舌の上でとろけるような生の脂の甘みが広がる。まさに絶品。言葉を失うほどの美味しさだった。畑から採れたての土魔芋をふかしたものを付け合わせに、夢中で平らげた。

食後の白湯を飲みながら、僕はこれからのスローライフの展望について思考を巡らせた。

衣食住の基盤は、すでに驚異的なレベルで整っている。安全な住居、清潔な衣服、豊富な食材、そして金属製の道具たち。一人で生きていくには、これ以上ないほど恵まれた環境だ。

しかし、ふと思った。

「……少し、静かすぎるな」

誰にも干渉されない孤独は、僕が最も望んだものだ。人間のドロドロとした感情や、理不尽な責任の押し付け合い、古い因習に縛られた人間関係。そういったものからは永遠に距離を置きたい。それは絶対に揺るがない。

だが、言葉を交わさずとも、ただ傍にいて温もりを共有できる「相棒」がいてもいいのではないか。

地球で言うところの、犬や猫のような存在。このファンタジー世界であるならば、「魔物(モンスター)」を従魔(テイム)として迎え入れることができるはずだ。

「よし、今日の目標は『従魔の獲得』だ」

僕は立ち上がり、さっそく工房へと向かった。

魔物をテイムするためには、何かしらの魔法的な契約が必要になるだろう。僕は『地球の知識』にあるファンタジー小説の概念と、自身の『万能創造(クリエイト)』のスキルを掛け合わせ、独自のテイム魔法を構築することにした。

金床の上に、純度の高い銀のインゴットを置く。

魔力を込めたハンマーで叩き、細くしなやかなチョーカー(首輪)の形に打ち伸ばしていく。ただの物理的な首輪ではない。ここに、僕の魔力と対象の魔力を繋ぐ「契約の術式」を刻み込むのだ。

「精神波長の同調回路、及び魔力供給ラインの構築。……よし、これでいけるはずだ」

数十分の作業の末、表面に細かな魔法陣が彫り込まれた美しい銀のチョーカーが完成した。対象がこのチョーカーを受け入れ、僕の魔力を流し込むことで契約が完了し、意思の疎通(テレパシー)すら可能になるという代物だ。

チョーカーを皮袋にしまい、僕は蒼藍鮪の端肉を大量に持って洞窟を出た。

目指すは、まだ足を踏み入れていない深い森の最奥部。

結界の内側とはいえ、広大なこの森には強力な力を持つ野生の魔物が潜んでいるはずだ。できれば、知能が高く、背中に乗れるくらい大きな獣がいい。

太陽が真上へと昇り、森の中には木漏れ日が幻想的な光の柱を作っていた。

僕は『全ステータス補正』による超感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を探りながら足を進める。

一時間ほど歩いた頃だろうか。

ふと、周囲の空気が変わった。鳥のさえずりがピタリと止み、風の音さえも凍りついたような静寂が訪れる。

(……来る)

直感的に横へ飛び退いた瞬間、僕が先ほどまで立っていた場所を、巨大な黒い影が凄まじいスピードで通り過ぎた。

ズガァァァン!!

影が激突した大木が、まるでマッチ棒のようにへし折れ、轟音を立てて倒れ込む。

もうもうと舞い上がる土煙の中から姿を現したのは、一頭の巨大な狼だった。

体長は優に三メートルを超え、全身を覆う毛並みは夜の闇のように深い漆黒。四肢には青白い稲妻のような魔力がバチバチと纏わりつき、黄金色に輝く鋭い眼光が僕を真っ直ぐに睨みつけている。

すかさず『解析』を発動する。

(名称:雷影狼(ライトニング・シャドウ)。危険度:特A。雷と影の魔法を操る高位の魔獣。極めて高い知能とプライドを持ち、群れを作らず孤高を貫く。現在、右前脚に古い呪いによる負傷あり)

「なるほど、特Aクラスか。しかも怪我をしてるって?」

よく見ると、狼の右前脚の付け根あたりに、どす黒い瘴気のようなものがまとわりついているのが見えた。結界に入る前、外の世界で何者かと戦って受けた傷なのだろう。その痛みが、彼の神経を尖らせているようだ。

「グルルルルル……ッ!」

雷影狼は低く唸り声を上げ、再び四肢に稲妻を収束させる。次の瞬間、彼の姿がブレた。

速い。地球のチーターなど比較にならない、文字通りの神速。

だが、『全方位適応』と『全ステータス補正』を限界まで引き上げている僕の動体視力には、その軌道がはっきりと見えていた。

「悪いが、力比べをする気はないんだ」

迫り来る巨大な顎を紙一重で躱し、僕は狼の側面に回り込む。

手には武器を持たない。代わりに、右手にありったけの魔力を集中させ、『万能創造』の応用で「解呪(ディスペル)」と「超回復(ヒール)」の複合術式を瞬時に編み上げた。

狼が体勢を立て直し、再び僕に雷撃を放とうとしたその瞬間、僕は雷影狼の右前脚の傷口に思い切り手のひらを押し当てた。

「浄化(クリアランス)!」

バチィィィィッ!!

強烈な光が弾け、狼の脚を蝕んでいたどす黒い瘴気が、僕の無限の魔力によって一瞬にして霧散していく。それと同時に、傷ついていた組織が急速に再生し、本来の美しい毛並みを取り戻した。

「……ガル?」

雷影狼は驚いたように動きを止め、自分の右脚と、僕の顔を交互に見つめた。

長年彼を苦しめていたであろう痛みが嘘のように消え去ったことに、戸惑いを隠せないようだ。高い知能を持つが故に、目の前の人間が自分を害する敵ではなく、傷を癒やした存在であると理解したらしい。

僕はゆっくりと距離を取り、敵意がないことを示すために両手を上げた。

そして、皮袋から蒼藍鮪の端肉を取り出し、狼の足元へと軽く放り投げた。

「腹、減ってるだろ? 極上の鮪だ。食ってみな」

狼は警戒するように僕を見つめた後、鼻をヒクヒクとさせて鮪の肉の匂いを嗅いだ。

魔力を帯びた海の幸の匂いは、森の獣にとってたまらないご馳走のはずだ。狼は恐る恐る肉を口に含み……次の瞬間、目の色を変えてガツガツと肉を貪り食い始めた。

あっという間に数キロの肉を平らげ、ペロリと口の周りを舐めると、狼はどこか期待するような目でこちらを見つめてきた。

「……現金なやつだな。もっと食うか?」

追加の肉を投げてやると、今度は警戒心ゼロで尻尾を揺らしながら食べ始めた。特Aクラスの魔獣とは思えない、大型犬のような無邪気さだ。

肉をすべて食べ終えた狼は、満足げに鼻を鳴らすと、僕の前に進み出て、ゆっくりとその巨大な頭を下地につけた。完全な服従のポーズだ。

「僕と一緒に来るか? 美味い飯と、安全な寝床だけは保証するぞ」

僕は懐から、作っておいた銀のチョーカーを取り出した。

狼は拒否することなく、自ら首を差し出してきた。

カチャリ、とチョーカーを巻き、そこに僕の魔力を流し込む。

銀色の魔法陣が淡く光り、僕と狼の間に、目に見えない魔力のパスが繋がったのを感じた。

(……主よ。我に、新たな名を与えたまえ)

直接、脳内に低く落ち着いた声が響いた。チョーカーの精神同調回路が正常に機能している証拠だ。

「名前、か……」

僕は少し考えた。僕自身は名前を捨てた身だが、彼を呼ぶための記号は必要だ。漆黒の毛並みと、雷の力。

「『クロ』。今日からお前の名前はクロだ」

(クロ……。簡素な響きですが、悪くありません。我が命、主と共に)

クロは嬉しそうに立ち上がり、僕の顔をその巨大な舌でベロンと舐めた。

「うわっ、ちょっと待て、生臭いぞ!」

笑いながらクロの首筋を撫でる。毛並みは見た目以上に柔らかく、抱きつきたくなるほど心地よい。

こうして、僕のスローライフに初めての「相棒」が加わった。

言葉を介さずとも心が通じ合う、絶対的な信頼関係。

クロの広い背中に跨らせてもらい、森を風のように駆け抜けながら拠点へと帰還する道すがら、僕はかつてないほどの充実感と温かさを胸に抱いていた。

血の繋がりも、戸籍の縛りも関係ない。ただ互いに必要とし合うだけの、純粋な絆がここにはあった。

ステータス

【名前】無名(プレイヤー)

【称号】開拓者

【レベル】18

【体力】A(全方位適応)

【魔力】S(無限循環)

【スキル】万能創造(EX)、魔力無限循環(EX)、全方位適応(EX)、空間転移(Lv.3)、地球知識(A)、解析(Lv.6)、従魔契約(Lv.1)NEW

【所持拠点】無名の洞窟(全インフラ完備)、開拓農地

【従魔】クロ(雷影狼・特Aランク)

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