第8話 碧き海原への船出と、巨大魚の刺身
第8話 碧き海原への船出と、巨大魚の刺身
翌朝。
抜けるような青空と、太陽の光を反射してキラキラと輝く海面が、僕を外の世界へと誘っていた。
今日は予定通り、「海」への本格的な進出だ。
朝食に土魔芋のスープと、残っていた突角豚の香草焼きを済ませた僕は、昨日作ったばかりのピカピカの鉄製工具セット――ノコギリ、手斧、カンナ、そして魔鋼のナイフ――を皮袋に詰め込み、森の入り口へと向かった。
船を作るためには、良質な木材が必要不可欠だ。
森の中を少し探索すると、樹齢数百年はありそうな、しかし寿命を迎えて自然に倒れた巨大な倒木を発見した。幹の直径は二メートル近くあり、表面は苔むしているが、ナイフで少し削ってみると中はしっかりと乾燥しており、驚くほど硬く締まっていた。
「これなら、丸木舟を作るのにぴったりだ」
地球の知識では、丸木舟を作るのは気が遠くなるような重労働だ。石斧で木を削り、火を使って内側を焦がしながらくり抜いていく。しかし、僕には『万能創造』と、昨日作り出した最新鋭の金属ツールがある。
まずは、魔鋼の手斧で倒木の枝を切り落としていく。
強化された筋力と魔鋼の切れ味が合わさることで、大根でも切るかのようにスパンスパンと太い枝が落とされていく。あっという間に、長さ五メートルほどの綺麗な丸太が一本出来上がった。
ここからが本番だ。
僕は丸太の上に乗り、『万能創造』を発動させる。
「内部組織のくり抜き、及び表面の平滑化」
魔力を丸太の内部に浸透させ、船の居住スペースとなる部分の木材を微小なチリへと分解して空中に吹き飛ばしていく。木屑が雪のように舞い散る中、丸太はみるみるうちに美しいカヌーの形状へと変わっていった。
仕上げに、鉄のカンナを使って表面を滑らかに削り出し、船底には安定性を高めるためのキール(竜骨)に似た出っ張りを魔法で形成する。
「よし、外装は完成だ。次は推進力だな」
オールを漕いで進むのも風情があっていいが、せっかく魔法があるのだ。もっと快適でチートな仕様にしたい。
僕は昨日採掘した『風魔石』を取り出した。淡い緑色に輝くこの石は、魔力を流すことで強力な風を発生させる性質を持っている。
カヌーの船尾に木を削ってスクリューのようなプロペラを作り、その回転軸に風魔石を組み込んだ魔力回路を接続した。魔力を流すと風魔石が回転力を生み出し、プロペラを回して船を前に進めるという、魔法と物理法則のハイブリッド機関だ。
「名付けて、魔力駆動式・スローライフ号」
ネーミングセンスのなさは自覚しているが、誰に聞かせるわけでもないので問題ない。
完成したカヌーを『全ステータス補正』の馬鹿力で持ち上げ、砂浜へと運ぶ。
真っ白な砂浜の上に置かれた木目の美しいカヌーは、絵画のように景色に馴染んでいた。
「さあ、出航だ」
カヌーを波打ち際まで押し出し、ひらりと飛び乗る。
船尾の魔力回路に手を当て、微弱な魔力を流し込んだ。
キュイィィィン……!
という甲高い駆動音と共に、船尾のプロペラが勢いよく回転し始めた。
ザバーーッ! と白い水しぶきを上げ、カヌーは滑るように海面へと飛び出していく。
「おおおっ! すげえ、めっちゃ速い!」
風を切り裂き、波を乗り越え、カヌーはぐんぐんと沖合へと進んでいく。
結界の及ぶ範囲は、海岸線からおよそ数キロの沖合までらしい。そこまでは凶悪な海竜や巨大な魔物の気配は一切なく、ただただ透き通るような美しい青の世界が広がっていた。
海底には色鮮やかなサンゴ礁が広がり、赤や黄色、青のトロピカルフィッシュたちが群れをなして泳いでいるのが、船の上からでもはっきりと見える。
一キロほど沖に出たところで、僕は魔力エンジンの出力を落とし、カヌーを停泊させた。
周囲は360度、見渡す限りの海だ。波に揺られる心地よい感覚と、どこまでも広がる空の青さが、僕の心をこの上なく開放的な気分にさせてくれた。
「さて、本日のメインイベント、沖釣りといこう」
昨日、鉄と一緒に作った鋼の釣り針と、鋼蜘蛛の糸を編み込んで作った絶対に切れない釣り糸。そして、魔法で強度を上げた木の釣り竿。餌は、森で捕まえてきた大きなバッタのような虫だ。
釣り糸を大きく振りかぶり、海へと投げ入れる。
チャポン、と小さな音を立てて浮きが海面に落ちた。
沖合の海は深く、海の色はエメラルドグリーンから深いサファイアブルーへと変わっている。この下には、どんな大物が潜んでいるのだろうか。
期待に胸を膨らませて待つこと数分。
いきなり、浮きが視界から消えた。
グンッ!!
釣り竿が根元からひん曲がり、手首に強烈な衝撃が走る。
「うおおっ!? でかいぞ!!」
『全ステータス補正』で強化された腕力で必死に耐えるが、相手の引きも尋常ではない。鋼蜘蛛の糸がギリギリと悲鳴を上げ、海面が激しく泡立っている。
「負けるかよ……っ!」
僕は踏ん張りを効かせ、魔力を腕に集中させて一気に竿をしゃくり上げた。
ザッバァァァァァッ!!
凄まじい水柱と共に、海面から巨大な影が飛び出した。
「……マジかよ」
それは、体長二メートルはあろうかという、地球のマグロにそっくりな巨大魚だった。鱗はサファイアのように青く輝き、背ビレが鋭く尖っている。
『解析』が自動的に情報を告げる。
(名称:蒼藍鮪。危険度:中。食用可能。極めて脂が乗っており、刺身や寿司のネタとして最高級の品質を誇る。魔力を帯びた水域で育つため、身に甘みがある)
「ツナ……! マグロじゃないか!!」
空中で暴れる蒼藍鮪に向けて、僕は『万能創造』の応用で空気の刃を放った。刃は正確に魚の延髄を切り裂き、即死させる。
ズドォォン! と船の横に落ちた巨大魚を、魔法の力で強引に船内へと引き上げた。
カヌーの半分がマグロで埋まってしまうほどの圧倒的なサイズ感だ。
「やった……! これで今日は刺身祭りだ!」
大興奮のまま、僕は船を反転させ、最高出力で浜辺へと帰還した。
砂浜に船を引き上げ、すぐさま解体作業に取り掛かる。
今日のために作った、専用の鉄製・長刃包丁の出番だ。
巨大な蒼藍鮪の腹に刃を入れる。分厚い皮と硬い鱗も、魔鋼の包丁の前では紙切れ同然だ。スーッと刃が通り、中から美しいルビー色の赤身と、霜降りのように細かい脂が入ったピンク色の大トロ部分が姿を現した。
「……信じられない。これ、地球の高級寿司屋で食ったらいくらするんだ?」
丁寧に三枚に下ろし、血合いを取り除き、柵の状態にしていく。
問題は「醤油」だ。
刺身を食べるなら、絶対に醤油が欲しい。しかし、大豆の栽培も発酵もまだ手をつけていない。
僕は頭を抱えそうになったが、ふと『万能創造』の究極の使い道を思いついた。
「待てよ。醤油の成分であるアミノ酸、塩分、糖分、香り成分……これらを地球の記憶から完全にトレースして、森の植物と湖の水、それに天然塩をベースに『錬成』すればいいんじゃないか?」
邪道かもしれないが、ここは魔法の世界だ。結果がすべてである。
僕は森で採取してきた木の実や草の根っこの中から、大豆の成分に近いタンパク質を持つものを『解析』で選び出し、それらを石のボウルに入れた。
そこに天然塩と水を加え、『万能創造』を発動させる。
「成分再構築、発酵プロセスの超加速、及び液化抽出!」
魔力がボウルの中身を激しくかき混ぜ、分子レベルで構造を書き換えていく。
数秒後、ボウルの中には、見慣れた濃い焦茶色の液体が完成していた。
指に少しつけて舐めてみる。
「……っ! 醤油だ! 完璧に丸大豆醤油の味だ!」
深いコクと、鼻に抜ける香ばしい香り。魔法の力はついに日本の伝統調味料すら一瞬で再現してしまった。
準備は整った。
僕は洞窟の拠点に戻り、白磁の平皿に、切り分けた蒼藍鮪の刺身を美しく盛り付けた。
赤身、中トロ、大トロ。
醤油を入れた小皿を横に添え、森で見つけた柑橘系の果実(ワサビの代わりだ)を少し絞る。
「いただきます」
まずは、赤身から。
醤油を少しつけ、口に運ぶ。
「……っ!!」
言葉が出なかった。もっちりとした赤身は、噛むほどに濃厚な鉄分と魚の強い旨味が溢れ出し、特製醤油の塩気と見事に調和している。生臭さは一切ない。
次に、ピンク色に輝く大トロ。
口に入れた瞬間、文字通り「溶けた」。
極上の脂が舌の上でジュワッと広がり、脳天を突き抜けるような甘みが口の中を支配する。柑橘の酸味が脂のしつこさを洗い流し、後には至福の余韻だけが残った。
「美味すぎる……。生きててよかった。転生して本当によかった……」
僕は一人、洞窟の中で涙ぐみながら巨大マグロの刺身を平らげた。
家族のしがらみも、前世の記憶も、今はこの舌の上でとろけるマグロの脂の前にすべて霞んで消えていく。
食後、膨れ上がった腹をさすりながら、僕はボタニカルベッドに寝転んだ。
住居、風呂、畑、工房、そして船。
開拓の基盤は、予想以上のスピードで完成しつつある。
これからは、テイム魔法を開発して、この広い世界を共に楽しむ「相棒」を見つけるのもいいかもしれない。
静かに寄せては返す波の音を聞きながら、僕の夢とスローライフの計画は、さらに大きく膨らんでいくのだった。
【ステータス】
名前:なし
年齢:18(肉体年齢)
職業:開拓者
レベル:15
HP:350/350
MP:∞/∞
スキル:
・万能創造Lv.8
・魔力無限
・空間転移Lv.3
・全ステータス補正(大)
・地球の知識
・解析Lv.6
【所持拠点】無名の洞窟(本拠点・全インフラ完備)、開拓農地
【所有物】各種鉄製工具、魔力駆動式カヌー、蒼藍鮪の肉、錬成醤油
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