短編小説「彗星に乗って」
星を見るために家族で少し遠くまでドライブをしたことがある。
あれは1986年2月、まだ昭和と呼ばれていた時代の頃のことだ。当時小学生だった私は父にどうしても連れて行ってほしいと頼み、両親と妹の4人で少しばかり離れた人工島へ行くことになった。
人工島には工場が多く、夜には明かりが少なくて星がよく見え、天体マニアのメッカになっていると新聞で読んだことから、冬の寒い夜にわざわざそこまで行ったのだ。
思った通り、あちらこちらに天体望遠鏡を持った人がセッティングとかしていたが、特に星に興味があったわけではない我が家は、何も持たずに4人で空を眺めることになった。
当時妹はまだ小学校1年生、私は3つ年上の4年生。私はともかく、まだ小さかった妹も寒いのをこらえて一生懸命76年に一度到来する彗星を探した。
「新聞だとあの星座の近くを通るってあったんだがなあ」
父が教えてくれたのは台形に並んだ星、春の星座のからす座だということだった。
真冬の夜はとても寒く、しばらくみんなで流れる星を探したのだが、結局見えたのか見えなかったのか分からないレベルの観測で帰ることになった。とにかく寒くて寒くてそれが限界だったのだろう。
「おばあちゃん帰ってきてたのかなあ」
帰りの車内で妹がぼそっと言った。
「乗ってたんじゃないかなあ」
父が軽い口調で返し、
「そうかなあ」
「乗ってたと思うぞ」
「そうかあ」
と、妹が笑いながら言ってその話は終わった。
この半年ほど前、秋になったばかりの頃に近居の祖母が亡くなった。母の母、私たちは祖母が大好きで、とても懐いていたのだ。
その祖母が治らない病になり、子どもの目にもみるみる弱っていき、もうすぐお別れが近づいた頃、私と妹にこう言ったのだ。
「おばあちゃんはもうすぐいなくなってしまうけど、悲しいとかさびしいとか思わなくていいんだからね。おばあちゃんは星に乗ってきっと帰ってくるから」
もうそこそこ分別がついていた私はそれが祖母の優しい嘘だと気がついたが、まだ幼かった妹はその話を信じた。そして待って待って待ち続けたけど、もちろん祖母が帰って来ることはなく、祖母を思い出しては泣くことが続いていた。
そんな時にニュースで彗星の話を聞き、
「おばあちゃん、あれに乗って帰って来るんじゃないかな!」
と言い出したことから、では見に行こうとなったのだ。
「星は何しろ遠いからなあ、乗っててもよく見えなかったかも知れないな。でもあっちからこっちはよく見えるから、おばあちゃんが悲しまないようにいつも笑ってないとな」
父のこの言葉で妹は祖母の写真にもニコニコと笑って挨拶をするようになった。
それから月日は経ち、私も妹も大人になり、すっかりそんなことは忘れてしまっていたが、ふと思い出したので車を走らせてあの人工島に来てみた。 あれから40年、私も妹も自分の家族を持ち、妹は今ここから遠く離れた土地で暮らしている。私は当時のうちの家族のように実家から近居に住むようになったが、十年ほど前に母を、そして数ヶ月前に父を亡くした。
そのせいだろうか、ふと、あの時家族4人で祖母が乗った彗星を探しに来たことを思い出し、一人車を走らせたのだ。
今はまだ彗星は遠くにいる。今度地球に近づくのは2061年の夏だそうだ。25年先の未来。
もしかしたら今度はそこに両親が乗っているのかも知れない。もしも私がその時にまだ元気でいたら、もう一度ここに来てみよう。きっとその時には見えるはずだ、長い尻尾を生やした星の上でにこやかに笑う両親と、そして祖母が。
この季節、暦が秋になってもうだるように暑い夜の空に、その時にまた会いに来るからと約束をし、私は我が家へと車を走らせた。




