短編小説「思い出は糾える縄のごとし」
夏休みのお楽しみが二つ一度にダメになったと不貞腐れていると、母さんが呆れた風に声をかけてきた。
「しょうがないでしょ、まさか台風やゲリラ豪雨で決勝戦が3日も伸びるなんて、誰にも分からなかったんだから」
そうはいっても夏休み、毎日テレビ中継で高校野球を楽しみに見ていたのに、まさか決勝戦と林間学校が重なるなんて!
中学1年の夏休みの林間学校、すごく面白いと野球部の先輩に聞いて楽しみにしてた。二泊三日、初日はバスで移動して到着したらオリエンテーションと夜は民宿でジンギスカンの晩ごはん。二日目にメインの登山と夜のキャンプファイアーがあって、最終日はなぜか餅つきできなこ餅を食べたらバスに乗って帰宅。
どれもこれも楽しみにしてたのに、そこに高校野球の準決勝と決勝が重なるなんて!
昨日順々決勝でうちの県の高校が勝ったんだよ。明日、林間学校の出発の日が準決勝で、そこで勝てば初めての決勝戦。
「くそっ、台風さえ来なかったら、今日決勝見て明日から気分よく林間学校に行けたのに!」
何回そう言ってもどうにもならないものはしょうがない。まさか二泊三日に準決勝と決勝がばっちりはまるなんて予想もしかなった。せめてもう一日雨で順延になったら決勝を見られるのにと思ったら、甲子園のある兵庫県西宮市あたりはこの先ずっと晴れの予報にますます気分が落ち込む。
そんな気持ちで出発したものの、林間学校は想像以上に楽しくて、準決勝のことはあまり気にならなかった。そして初日の夜、お楽しみのジンギスカンを食べてたら、学年主任の先生が、
「我が県の高校が決勝戦に残りました」
と発表して大盛り上がり。みんなでジュースの乾杯をして、翌日の登山とキャンプファイアーに備えて早く寝た。
登山はそれなりにきつかったけど、山の上は涼しくて景色もよくて、やったぞという気持ちで大満足。宿の人が作ってくれた、なんだか色々な具が入った大きなおにぎり2個と漬物だけのお弁当が、本当においしく感じられたなあ。
夜のキャンプファイアーでは、みんなとちょっと羽目を外して先生に叱られたりしたけど、たき火にかざしてマシュマロを食べたり、初めての経験に明日帰るのがなんだかもったいないほどだった。
最終日は本当に餅つき。宿のおばさんが木の臼に入れてくれたもち米を、何人かで交代しながらついて、それをまたみんなでまるめて、砂糖の入ったきなこで食べる。つきたての餅って本当においしいよな。
そしていよいよ出発の時間。出発前、あれほど行きたくないと思ったけど、ものすごく楽しくて、この夏一番の思い出になった林間学校から帰宅だ。
あまりに楽しくて薄れてしまっていたけど、そうか、今日が決勝だな、そろそろ始まるかなと思っていたら、
「そろそろ時間ですね」
と先生が運転手さんに言って、車内のモニターになんと決勝戦が!
「運転手さんに聞いてみたらテレビも映るって言うので頼んだんだ」
「山の中を通るので、電波が悪い時もあるけど、楽しんでください。何しろうちの県が優勝戦ですからね」
「やった!」
「先生最高!」
運転手さんもウキウキした声でそう言って、同じバスのみんなと一緒になって応援することになった。
何回か電波が乱れることもあったけど、ちょうどいい場面はきっちり見ることができて、試合の動きに一喜一憂。ま
「まさか、こんな楽しい決勝戦が見られるなんて思わなかったなあ」
あんなに最低になったと思ってた林間学校、人生で最高の二泊三日になった。
「よおし、こうなったら今年の夏を人生最高の夏にするぞ! がんばれー! 絶対絶対優勝してくれー!」
画面に向かって思い切り声を張り上げた。




