短編小説「水たまり」
「水たまりの上にスマートにハンカチを一枚ひらりと置いてくれて、さあお嬢さんどうぞって、やっぱりこれよ」
最初の女の子がそう言った。昔テレビの映画かドラマで見たシーンらしい。
「水たまりの上に置くならハンカチより上着でしょう」
次の女の子が異議ありの声を上げる。
「金モールの付いた赤い上着をさっと脱いでさっと置いて、どうぞと腕を差し出してエスコート、そりゃこっちじゃない?」
飲み会の席、どうやらどんな行動が王子様らしいかで盛り上がっているらしいが、その設定が、
「馬車から降りようとしたら下に水たまり、さあ王子様はどうする」
というもののようだ。
「ちっちっちっ、違うわよ」
次の女の子が右手の人差し指を振りながらまたまた異議あり。
「そんなね、自分で馬車から降ろさせる、そんなのもう王子様じゃないから。ここはもう、ほら、お約束のお姫様抱っこ、それしかないでしょ」
この発言に何人かが「きゃあっ」小さな声を上げ、隣の女の子をばんばんと叩いたりしてる。
「いい、そのシチュエーションいい!」
「お姫様と王子様にはお姫様抱っこ、そうそうそれあるある」
どうやらもう相当できあがっているらしい。
「そもそもその前提が間違ってる」
おや、お姫様抱っこで決着ありかと思ったら、また新しい意見が出たようだ。
「なんでさ、わざわざ水たまりのある場所で馬車停めないといけないのよ。本物の王子様なら屋根のある場所で乗り降りぐらいさせられるでしょうよ、自分だけは宮殿の中まで乗り入れるとか」
なるほど納得の意見だ。
「いいこと、上にはらりと置くんじゃなくて、水たまり本体を埋める存在があるの、それはお金。権力ある者に財力あり。その財力さえあればで水たまりなんてなかったのと同じこと、その力を持ってる者こそ王子様たる資格ありだからね」
おおっと周囲がどよめき拍手が湧き上がった。
そんな流れの中、最初は夢の中の王子様を語っていたはずが、気がつけばいつの間にかリアル王子様の話、
「どこかにいい男いない?」
という話題に変わっていっている。
全く若き女子の話題というのはころころと変わるもの。さっきまであったと思った水たまりがもうすっかり乾いてしまっているように、彼女たちの会話も消えては出て、出てまた消える。
雨宿りのつもりで入った居酒屋で、たまたま聞こえてきたそんな話を肴にちびちびやってる私も相当ひまだな。帰り道、うっかりそのへんの水たまりに足を突っ込まないように気をつけて帰ろう。
何しろこちらにはハンカチや上着を敷いてくれる人もいない。自分の足元の水たまりはひょいっと自分で飛び越えないとね。




