短編小説「小さな恋のメッセージ」
自由帳に向かって小学校1年生の孫娘が一生懸命何かを書いている。
「何を書いてるんだい?」
「見たらだめ!」
私が覗き込もうとしたら、上からかぶさってすっかり隠してしまった。かぶさったノートは開かれておらず、どうやら裏表紙が上になっているように見えた。
「お義父さん」
息子の妻が笑いながらちょちょっと手招きをする。必死に自由帳を隠す孫娘から離れて呼ばれた方に行くと、
「あの子の好きな男の子がお父さんの転勤で外国に行ってしまうんですよ。それで自由帳に色々と書いてお手紙にして渡すそうです」
小さな声でそっと教えてくれた。
「お手紙って、だったらなんというかもっとかわいい便箋とか、そんなものに書くもんじゃないの?」
「それが」
孫娘の母の説明によると、小学校の担任が、
「自由帳にはなんでも好きなことを書いていい、好きなことをなんでも自由に書いていいノートなので自由帳と言う」
と教えてくれたらしい。
「なので、好きなことをいっぱい書いて渡すんだそうです」
「なるほど」
なんとも微笑ましいと思うと同時に、好きな男の子という言葉が心のどこかにちょっと引っかかるが、幼い初恋、おそらくお友だちよりちょっと上ぐらいだろうと言い聞かせる。うちは息子二人だけだったので、なんというか、女の子のそういうのにはちょっと免疫がないのだ。
見ないでとは言われたが、何を書いているのかはやっぱり気になる。見ないふりでこっそりと様子を伺っていると、どうやら裏表紙に誰かの顔を描いている。その好きな子の顔だろうか。
そして昔流行った歌を思い出していた。あのノートは自由帳ではなく大学ノートだったが、確か好きな子の絵を裏表紙に描いたが消えてしまってもう会えないという歌詞だった。
「なんで裏に描いてるの?」
「え?」
突然声をかけられて孫娘はビクッとしたが、言われて手元の絵を見ているようだ。
「どうせ描くのなら表に描いた方がよくないかな」
言われてまだじっと見ていた孫娘が、
「だって、表に描いたら恥ずかしいでしょ」
と言ったので、少しおかしくなったが、
「でも、どうせ描くんだったらやっぱり表に描いた方がいいよ。その方が描いてもらった人もうれしいんじゃないかな」
と言ったら、うーんと考えていて、
「そうする!」
と、鉛筆で描いていた裏表紙の絵を消しゴムで消して、あらためて表に描き始めた。
別に歌の歌詞を気にするわけではないが、なんとなくこれでせっかく描いた孫娘の力作が消えないような気がしてしまうから単純なものだ。あの歌、裏表紙に描いた好きな子の絵は消えてしまったが、表に描いた自分の絵は消えなかったはずだから。
黙々と続く作業を見ていたら、
「中には折り紙とかシールとか、そういうのをいっぱい入れるそうですよ」
と教えてもらってまた顔がほころぶ。
遠くの国に行ってしまう好きな男の子、もう会えなくなるその子にせいいっぱいの贈り物をしよう、思い出を作ろうとしている孫娘が愛しくていじらしい。
何か力になれることはないかと考えて、その子と映っている写真をスマホに送ってもらった。
「はい」
孫娘にプリントした写真を渡すと、一瞬きょとんとしてから、
「うわあ、おじいちゃんありがとう!」
と、ぴょんと飛びつくように写真を受け取り、大事そうに胸に抱える。
「2枚ずつあるから1枚はその子にもう1枚は自分で持ってなさい」
「うん!」
うれしそうに受け取った写真をどこに貼るかで悩んでいる。
「できた!」
がんばって作業をして、孫娘の想いを詰め込んだ自由帳は完成した。
表には鉛筆で描いた下絵を油性ペンでなぞった好きな子の顔があった。これだけしっかり描けば消えることはないだろうとちょっと安心する。
途中でやめた裏表紙の鉛筆の跡は、ごまかすようにかわいい犬のキャラクターを重ねて描いてある。元の絵は知らなければ分からないだろう、うまく描いたものだ。
「ほら写真もあるよ」
見せてくれたページにはその子と一緒の写真にハートや花の絵、シールや吹き出しにコメントなどが書き込まれている。
このノートがその子と一緒に海を渡るのか。そう思うと私の方が感無量になってしまった。
「よかったね。これで会えなくなってもその子もずっと覚えていてくれるよ」
と言ったら、
「え、なんで?」
孫娘は目を丸くして驚いている。
「だって、外国に行くんだろ」
「うん、でもテレビ電話で毎日お話するよ」
「え?」
話を聞いてみると、今も毎日のようにパソコンをはさんでお話をしているらしい。
「今日も帰ったら自由帳作ったよって言うんだ」
孫娘は幸せそうにニコニコとして想いのこもったノートを抱きしめている。
そうか、あの頃とは時代が違うんだ、今はそういう時代なんだなあ。
ノートに描いた似顔絵が消えて感じる物寂しさは、孫娘の世代にはないのかも知れない。デジタルで描いた絵、一度作って保存したデータは復元も複製も可能だ。それでも、こうして手作りのノートを作って実物を渡すのは、やはりデータとは違う何か、唯一のものという想いがあるからかも知れない。
「喜んでくれたらいいね」
「うん!」
孫娘はもう一度元気にそう言うと、永遠に消えない笑顔を私の記憶に刻み込んでくれた。




