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柿色の浴衣

「あのぅ、大丈夫ですか?こんな所で寝てたら風邪をひいてしまいます。」

 誰かの声がする。かわいい声だ。優しそうな、女の子の声……。

「起きてくださーい。あれ、もしかして、死んでるとか……?た、たいへん……!」

 なんか死んでると勘違いされている……?というかなんで人の声がするの?私、てっきり自分の部屋で夢を見ていたとばかり。目を開けて、顔を上げる。目の前に見えるのは、平家の外側の壁。全然まだ夢から覚めてないんじゃん。

 私は横を見て、声の主を見る。そこにいるのは、着物を着た一人の女の子だった。私と同じぐらいか、少し年下ぐらい。柿色の浴衣に、紺色の帯をしめていて、同じ紺色の膝エプロンをつけている。茶髪のおさげに丸い顔。頭の上には……犬か猫か、なにかの動物の耳がついている。

 どうせ夢である。私は勤めて冷静に振る舞うことにした。

「えっと、すいません、ここで寝てて。」

 女の子はほっとして

「よかったぁ、寝てただけなんですね。どうしてここで?」

 と言った。なんと答えるべきか。気づいたら、この街にいて、周りの人が怖くて、ここに隠れて、気づいたら寝てた……などと言うべきか?私が「えーと、」と困っていると、女の子の方が、

「寝ぼけてるんですねぇ。おうちまで送ってあげます!」

 私は優しい人(ではないかもしれないが、みた感じは人っぽい)に巡り会えたことを喜んだ。その子は

「で、お姉さんはなんの妖怪ですか?」

 と言った。私は立ち上がって、

「えーと、その。私は、妖怪……じゃない……です……。」

 しどろもどろに答える。女の子は目をまんまるくして、

「に、人間ですか!?キャー!!たたた、大変!」

 と叫んだ。あまりにも大きい声で、驚いて後ずさると、女の子は私に背を向けて走っていった。浴衣なのにすごく速い。妖怪?っぽいその女の子も、人間の私が怖いのだろうか。と、思ったら、ガラガラと音がした。至る所からガラガラ音がする。

 戸を開ける音だ。

 周りの平屋からわらわらと妖怪たちがでてくる。

「今のお幸ちゃんの悲鳴かぁ?」「朝から一体なにごとでぃ」「虫でも見たんじゃないの」「そんなことであんな悲鳴がでるか」「ていうか、人間がどうの、って言っとらんかったか?」

 周りは明るい。朝だ。眠い目をこすりながら出てきた妖怪たちの視線が、一気に私に集まる。

「あの女の子……何の妖怪だ……?」

 ま、まずい。人間だと知られたら、袋叩きにされる可能性がある。しかし、何かの妖怪のふりをしようと考えてみても、私はここにどんな妖怪がいるのか知らない。

「おい、あんた、そこで何してんだい?」「風邪ひくよ。」「おめえ、なんの妖怪ダァ?」

異様に首が長い女性、目の周りが黒い毛むくじゃらの男、ぴょんぴょん飛んでくる傘が口々に言う。あっとういうまに私は取り囲まれた。めちゃめちゃ怖い。なんか優しい言葉をかけてくれている気もするが、恐怖が勝つ。

 しばらく黙って、妖怪の群衆にもみくちゃにされていたところ、女の子の叫ぶ声が聞こえてきた。

「ちょ、みなさーん!通してくださーい!」

 その声は群衆をかきわけ、私の目の前にしゃがんだ。それは、さっきの柿色の浴衣の女の子だった。

「おねーさん、大丈夫ですか?……えっと、私みたいな妖怪相手じゃ怖いですよね……。」

「は……はい……。」

「でも大丈夫です!あなたにぴったりの案内役がいます!人間でも大丈夫ですよ。」

 ぎくっ。口々に勝手に喋っていた妖怪のざわめきがぴたりとやんだ。私が人間だと聞いて、全員がこっちを見ている。

「人間…?」「人間って言ったか…?」「人間ってあんな顔してんのかぁ。」「俺らとたいして変わんねぇな。」

 大丈夫だろうか。意外と、袋叩きにはされなさそうだ。柿色の浴衣の女の子はにっこりして言った。

「お姉さん、お名前は?」

「あ、綾です。」

「綾さん、ですね。はじめまして。私はさちです。お幸って呼ばれてます。」

 こういう知らない土地で、誰か一人でも名前がわかる人がいるのはありがたいことだ。お幸ちゃんは続ける。

「そして、この人は孝明さんです。」

 その時、私は、初めて彼女の後ろに人がいたことに気がついた。紺ねず色の浴衣を着た男性である。すらりと背が高い。イケメンか、と思いきや、顔は見えなかった。お面をつけていたのである。迫力のある天狗のお面だ。

 孝明さん?というらしいその男性は、

「はじめまして」

と言って軽く頭を下げた。私も頭を下げた。妖怪たちのざわめきに耳をすませてみる。

「孝さんだ。」「適任だなぁ、迷い子の対応にはな。」「だって孝明は……」

 お幸ちゃんが大きな声で

「ちょっとみなさーん!そんな囲まれたら、綾さんも怖いですよ!気になるでしょうけど、帰ってくださいな。」

 と言った。みんなは渋々了承し、蜘蛛の子を散らすように解散した。お幸ちゃんは孝明さんの後ろに行き、にこにこしながら言った。

「孝明さんはね、この町唯一の人間まんです!」


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