百鬼天道市
私は座布団の上で、お茶を飲んでいた。和室の中、ちゃぶ台には書道道具が並んでいる。綺麗に整頓された部屋にいるなんて久しぶりだ。なぜ私はここにいるのだろう。だんだんと、これが夢じゃない、ということに気づいてきた。夢じゃない、という確信を得た瞬間、パニックになる自信がある。
お幸ちゃんは私を孝明さんに預けて行ってしまった。彼女はいったい何者だったのだろうか。また、今現在、私の目の前にいる孝明さん、この人も何者なのだろう。
「汚くてすみません、来客があるなんて思ってませんでしたから。」
と、まったく汚くない部屋の中で孝明さんは言った。私はふるふると頭を振る。孝明さんは私の前にお煎餅をおいて、
「綾さん……で、あってますかね?綾さんは、なんでここに?」
なんで、ですって?こっちが聞きたい。どうして私はここにいるんだ!
「わからないです。神社に来て…気づいたらここに……。」
「なるほど、じゃあ、ここが何なのかもわからないんですね?」
私は頷く。顔はわからないけど、声的に優しそうではある。信頼しても大丈夫だろうか。
「では、説明します。」
そう言って、彼は一口お茶を飲んだ。
「ここは、妖怪の町『百鬼町』と言います。貴方が住んでいるのは人間界ですね。ここは、大昔に人間界から逃れた妖怪の子孫が住んでいるんです。」
妖怪の町。なんとなく想定はしていた。妖怪がたくさんいることや「孝明さんは唯一の人間」という発言から、想像はつく。
とはいえ、そんな簡単に受け入れられることではない。
「……やっぱり……。私、帰れます…よね……?」
「えーと……」
その反応はなんだ。まさか、一生ここに……!?
「結論から言うと、帰れます…」
よかった。わかりやすく安堵する私に、孝明さんは
「…その、一週間後に、帰れます。」
と気まずそうな声で言った。一週間……?一週間も妖怪の町に?私、生きて帰れるのかな。バイトどうしよう。
途方に暮れる私の方を向いて、孝明さんは
「大丈夫ですよ。一生帰れないってわけじゃないですから。ここにいる間は僕に任せてください。」
任せるとはなんだ。衣食住とか?それっていくらかかるんだ。
「あの、私お金持ってなくて。」
「一週間後に返してもらいますから、いいですよ。」
「借りるってことですか…?」
「まあそんな感じですね。利子は取りませんよ。」
この人、今どんな顔してるんだろう。お面のなかでほくそ笑んでたりしたらめちゃくちゃ怖い。
「一週間後に帰れるって話なんですけど、」
と孝明さんは話し始めた。
「ここ、百鬼町は一週間に一度、日曜日だけ人間界とつながるんです。日曜日は全員が店を開いて、普段人間界にいる妖怪を歓迎するんです。」
私は真剣に聞いた。自分の状況はできるだけ把握したい。
つまり、人間界にも妖怪がいるわけだ。いつもバイトで一緒になる木村さんも、川瀬さんも、妖怪の可能性があるのだろうか。
「日曜日、外の妖怪を招き入れるこの行事を、僕たちは『百鬼天道市』と呼んでいます。」
なんか新しい名詞が出てきた。百鬼天道市?
「たまに、百鬼天道市の日に迷い込んでくる人間もいますよ。珍しいことです。百年に一度くらいのことです。」
「レアケースなんですね。」
「人が迷い込まないよう、対策されているはずなんですが……。とにかく、あなたが帰れるのは次の日曜日ってことです。」
しばらくはここで過ごさなきゃいけないわけだ。本当にバイトどうしよう。
「あの、外部と連絡する手段ってないっすかね…?」
「あるにはありますよ。あんまり役には立たないと思いますけどね。」
そう言って孝明さんは席を立った。




