4 ほら、言わんこっちゃない。
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「ほら、言わんこっちゃない。」
僕は、監督が誤って投げたものが当たったりしないように、すうーっと部屋の隅に移動した。
激しく取り乱した監督は、手近なものをぶん投げて、しばらく地団駄を踏んでいる。
あれ?モリスには当たってない?当たらないように投げるなんて、人間としての理性が残っていたためしはないんだけどな…。
ふと、突然自我を取り戻し、突然、キリリとした監督。
コホンと咳払いをすると、
「ま、それはいいわ。モリス、Hないけど、脱いでもらうわ。そのためには、もっと肉を落とさないと。」
「なに、おと巣?」
「うーん、体重。体重は英語でなんていうの?ウエイト?ウエイト・レス、weigth/lessよ。わかる?」
ちょっと慌てた感じの監督も目新しかったし、ウエイトレスがツボにはまって、僕は笑いださずにいられなかった。
「ウエイトレス、そりゃ、ばっちり、ウエイトレス。それくらいが、こいつにちょーどいいじゃないですか。」
「のののののののー。モリス、アクトレスなるね。ウエイトレス、ののののの。」
「だから、そうじゃないんだけどねー。ま、ウエイト関係は安川ちゃん、お願いするわ。それから、カメラ撮れてるわよね?」
コクンコクンと首をふる安川、俺はウエイトの何をお願いされたんだろう・・・。
「あ、カメラは大丈夫です。」
「オーケー、オーケー、カラ、オーケー。アタシはプロデューサーと打ち合わせしてから帰るから。モリスは安川ちゃんとこで面倒見ておいて。ハイ、オツカレー」
監督は、サリーを翻すと、テープを持ってスタスタ歩き出した。出口でくると振り向き
「あ、そうそう、モリスにモカシェイクのましといて。あれは出るからねー。最終的には7.5キロ落としてもらうからね。」
僕は、やはりモリスの体重管理をお願いされたのか、と妙に納得してから、ハイ、片付けをしたら帰りますと監督に答えた。
ハイと答えたものの、モリスどうしようかなぁ、監督のアレ、気まぐれなのかな、本気なのかな、と悶々と考えるの方に夢中だった。
途方にくれながらも、長年の習慣でスタジオの後片付けは進んでいた。すっかり綺麗にかたづいて、さあ帰ろうと、モリスを見ると、モリスはずた袋の中から茶色い小瓶を取り出して、ものすごい勢いで飲んでいた。すでに、飲み終わったとみえる空瓶が2,3本転がっている。安川はふわふわと空中をただよっていた自我を一瞬で取り戻した。
「お、おまえー何のんで、くつろいでるんだよー。人が片付けしてるっていうのに!」
「OH!モリスハ、コーシーのみます。スミマス。あります。やすかわさんのぶん、アリマス。おこる、ないで巣。」
まるで、“自分がもらえなかったから、おこった人”みたいな扱いを受けて、僕の怒る気持ちもしぼんでしまった。
「こりゃ、監督よりたち悪い…。」
「やすかわさん、わるい、ある?モリスのコーシーなおる。のむ、いい。」
「いや、いいよ。いらない。マジ、まずそう。それより、モリスはモカシエイクのんで。」
「も、か、しぇ…?」
「ん、まあ、ちょっとおなかが痛くなるかもだけど、毒じゃないから。監督も毎日飲んでるけど、ピンピンしてる。あの人にとっちゃ、一種の精力剤っていうか…。あ、こんなに長い日本語わかならいよね。」
「肺。もかしゃ、のむ。いい?」
安川は、ありがと、ありがと、とつぶやきながら、荷物の中からモカシェイクを取り出して、モリスに手渡した。モリスは物珍しげに、モカシェイクをぐるぐるとこねくりまわしたあと、蓋を開けると一気に飲んだ。
「これは、モリスノコーシーのあじ、しま巣。だも、きもtiよくならない。」
と、不思議そうにに首をかしげている。
僕は思った。監督といい、モリスといい、躊躇という言葉を知らないのか、くそ度胸があるのは女の特徴かと。つい、数時間前に出会った外国人についてきて、手渡された得体のしれない飲み物を、こんなに一気に飲めるものなのか…。自分には無理かもと。
「おい、モリス。片づけ終わったから、帰るぞ。とりあえず、僕んとこ来るしかないよ。歩いて帰るからな。遠いぞ、覚悟しろよ。」
「モリス、あるく、とくい。」
安川とモリスは、スタジオを出て歩き始めた。もちろん、モリスに荷物を半分持ってもらうことにした。並の男より力はあるのだから、当然だ。そうか、筋肉なんだ。ぽっちゃりしてるから、分かりにくいけど、カメラテストの踊り、駒みたいに回ってたけど、あれも筋肉がないと、ぶれるもんな。と、物思いにふけっていたら、ポンポンとひざの後ろを叩かれた。
モリスが足で蹴っているのだった。安川は少し怒って言った。
「ちょっと、人を蹴るってどうよ?」
「モリス、て、つかってる。」
とすました顔。
「で、何?」
「アクタカワサン、あえる、ある?」
僕は、言葉に詰まった。まだ、説明してなかったっけ?モリスが少し気の毒に思えたので、自然に優しい声になる。
「日本語は、芥川さんに習ったの?」
「はい、アクタカワサン、とてもいい、ひと。にほんのことば、も、いろいろおしえた。」
「そうか、でも、そうだね。その人は、もういないよ。亡くなったんだ。だいぶ前に。だから、モリスは会えないよ。」
「アクタカワサン、びょうき、してた。なおる、なかった。かもしれない。Dminic、なおすため、きた。なおるなかったかもしれない。」
「うん、治すためか、どうだろう。人は死ぬ前になると突拍子もないことすることがあるからね。日本で治らない病気がドミニカで治ると思えないな。何か、自然とか文化とか違う国を見たかったんじゃあ・・・あ、ごめん。とにかく、アクタカワサン、に会って日本に来て、監督に拾ってもらったんだ。すごいことなんだよ。ああ見えて素晴らしい監督なんだ。感謝しなきゃね。」
って、あれ?いない…
振り向いたらモリスはすでにあちらこちら、物珍しそうに見学していた。
「ちょっと、ちゃんと聞いてよ。監督はモリスになんてほんとは興味持たないんだよ。美少年ごのみなんだから。」
「び、しょうねん?」
「あっ、そこには反応するんだ。つい、余計なこと言っちゃった。ははは。別にモリスがブサイクって言ったんじゃないよ。って、言っちゃったかな、へへへ。日が落ちたとはいえ、まだ、暑いな。なんか、飲むか?その店で買っていくけど?ちめーたーい、ビールがいいな、僕は。ってか、モリス、二十歳超えてる?」
僕にだって、しゃべりだすと止まらない監督の特性が、すっかり移っている。もじもじしながら、聞いていたモリスが、大きく一息吸って、
「モリスハ、モリスのっコーシーのむっ。」
僕は、ビールをのんでいないのに、すでに酔っぱらっているかのようなタイミングで、かぶせて言った。
「おれは、ビールのむっ。あ、そうだ。モリスはモカシェイク飲んで、体重落とさなきゃ。No モリスのコーシー but モカシェイクなっ。もしくは、only モカシェイクって言えばいいかな。おっ、ついたよ。ま、あんまり綺麗じゃないけど、あがって。」
「いたたきま巣。」
「おじゃまします、だろ。」
「すみません、おためします。」
「ま、いいや。」
二人が、家に入って、腰を下ろす、その瞬間をまるで見ていたかのように、ピッタリと電話が鳴った。
「あ、はいはい。安川です。
あ、監督ですか、今、帰ったところですよ。
よく、分かりましたね、あっ、20回かけた。ああ、そりゃ、下手な鉄砲ってやつですね。
え?はいはい、余計なことです。
で、明日朝5:00六本木スタジオ、はい、分かりました。
あれですよね?インドの編集。
え?延期?
延期なったんですか、なんで?今日の打ち合わせ?
あ、あの後行ったんですね。
でも、そしたら、何を・・・。
えっ、はい、そうですね、分かりました。あぁ、いますよ、かわりますか?」
安川はモリスに受話器を渡した。念のため持ち方をジェスチャーで示した。
「監督から。」
「肺。だいじある。もすもす、モリス。肺、肺、肺。だいじある。ヤスカワさん、かわる。」
「はい、分かりました。モリスも?ええ、分かりました。それじゃ、お休みなさい。」
安川は、こんなに張り切る監督は、久しぶり、いや、初めてかもしれない、と首をかしげた。
「ねえ、モリス。監督、なんて言ってた?多分だけど、監督がこんなにはしゃいでるの初めてだよ。だってね、集合が朝でしょ、監督、朝ダメなんだ。朝の撮影はダダこねて大変なんだよ。徹夜で朝を迎えて、夜の続きって、ごまかして撮影するんだ。フラフラだよ。それが、自ら朝指定。しかも、良く寝て、元気いっぱいで来てだって…。なんだろ、逆に気持ち悪い。怖いな~、絶対遅刻できないね。モリスも来いって、聞いた?」
「肺、モリス、きます。」
「ん、じゃ、早く寝よう。あっ」




