3 ちょっと、これ、カメラ回して
◆
「ちょっと、これ、カメラ回して。」
反射的に体がカメラを回し始める。そして、吸い寄せられる、スタジオの中央に。粘土にしか見えなかったかたまりが回転とともに開花していく。形ができていく、誰かの手で粘土から生み出される・・・ツボ?ツボから蝶が出てきた、と思ったら掌だった。掌が蝶のようにひらひらと、ああ、次はなんだろうもう少し大きなネズミ?ああ、足か。早いスピードで動き回る、直角に曲がる、ああ、ネズミにしか見えない。いつの間にか蝶が消えていた。次に現れたのは、ワシの頭だ。今にも飛び立ちそうな。安川は夢中になってみていた。これは、地球ドラマチック・・・?そこで、不意に、監督の声がした。
監督は手を大きく振りながら、スタジオ中央に歩いていき、踊るモリスを抱きしめる。
「その先は、取っておいて。アタシの心の準備ができてから。」
モリスは分かったのか、分かってないのか、とにかく頷いている。
安川は、カメラを止めて、そして思った。
え?音?
音なんて鳴ってない。音なんて鳴ってないのに・・・聞こえた。
僕にも聞こえてた。監督にも聞こえていただんだろうか。
知らないうちに、モリスの踊りに引き込まれたんだ。僕も監督も…。
監督が聞いていた音は、僕に聞こえていたのと同じだろうか。
音階なんて分からないけど、最初はずいぶん低い所のド、しばらくドがゆったりとしたリズムを刻んだ・・・そしてレの音、いや、レじゃないのかもしれないけど、最初より少し高いような音。だんだん、音が高くなっていく。ああ、この先を見たい、見たいけど怖い気もする。不思議な踊り。
「監督、なんでしょう、これ。僕・・・。」
「ヤスカワチャン、あんたにも分かったようね。前から勘だけは鋭いから。受け取れたのね。モリスのメッセージ。ねえ、やすかわちゃん、これは戦争よ。私はモリスで戦争未亡人を撮るわ。日本人は平和ボケして久しいって言われてる…これは、警鐘なのよ。」
「か、監督…。」
僕は何やら、大作の予感に打ち震えた。
監督は天空を見上げ、続ける。
「世界的に見れば戦争は、まだまだ、継続中なのよね。大きな戦争だって、ともすると小さな小競り合いだって、戦争って表現すべき戦いは無数にあるわ。そして、その戦争にはね、未亡人がつきものなのよ。ワンセットなのよ。それをシナリオにして、温めていたの。言葉面だけの戦争未亡人のイメージを一転させるわ。モリスにぴったりよ。っていうか、モリス以外で実際に撮る気になれなかったと思うわ。実際、忘れてたし。」
僕は、しゃべりつづける監督の本気に圧倒され、心なしか手に震えが走る。ワクワクがとまらない。
あの長い踊り。長く感じたけれど、本当は長くなかったかもしれない。時間の観念すらないがしろにしてしまう。そんな特別な感覚だった。とにかく、その踊りが終わると、モリスは出会った時と同じ、変な外人の女の子に戻った。そして、監督のサリーにしがみついて、
「モリス、ついていくま巣。かんとく、ついていく。とこまでも。床までも。」
すると、監督は、ぽっとほほを赤らめ、
「床はいいわ。床は来なくて。なぜなら、あたしの作品にHは必要ないから!ラヴシーンはないの。ええ、一切ないの。」
僕は一瞬固まり、モリスをにらむ。それは禁句なのに。案の定、監督は我を忘れて、地団駄を踏む。
「そう、実生活にもないの!一切ないの。実生活にはあってほっswi---!絶対、あってほっswii—!なにがなんでも、あってほっswii—!」




