2 あんた、名前は?
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「あんた、名前は?」
監督は、まじめモードで切り出した。
だのに、外国人の方はちっともまじめじゃなかった、相変わらず、たどたどしい、カタカナの日本語でベラベラしゃべりだした。
「ナマエ、ハ、モリス。モリスウイエ、サンホセ、エドワード、ジュニア。ミナ、モリスッテ、ヨブ。モリス、ヨバレタラ、ハイッテ、イウ。」
モリスという外国人は、まだまだ、しゃべりそうだったが、さすがに、監督もめんどくさくなったのだろう。無理やり遮るように。
「モリス、あたしについて来なさい。」
と叫んだ。
僕も叫んだ。
「どうするんですか?こんなの、連れて行ったって…。」
「ヤスカワちゃん、だから、あんたはいつまでたっても、一皮むけないっていうか…。この子見て、何も感じない?」
大げさに頭を抱えるポーズをする監督に僕も食って掛かる。
「ま、まさか、これが俗にいう金の卵?ダイヤの原石?そんな…。」
「いいから、ほれ、モリス、どうするの?来るの?来ないの?言っとくけど、覚悟決めてもらうわよ。厳しいから、この世界。」
モリスはさっきまでと、特に変わらないナチュラルなトーンで
「モリス、キマス。カントク、イイヒトネ。」
と言った。
僕はまだ、信じられないという風にモリスをながめていた。
監督は、先頭に立って、行くわよと歩き出した。もちろん、荷物は持っていない。僕は、いったんずり落ちた荷物を抱えなおして、足を進めると、モリスが少し慌てて、僕の服を引っ張った。
「ニモツ、マダアル。」
モリスが指差した先には、荷物引き渡しのベルトコンベアがあった。その上には、1メータ近くあるずた袋が5つばかり並んでいた。僕は脂汗がジワリと首筋をおりてくるのを感じた。
「ヤスカワちゃん、荷物持ってあげなさい。レヂィには優しくね。」
僕は外れて欲しかった予感が的中してがっかり、でも、さすがに5つは無理だったので、モリスにも3つばかり持ってもらった。
荷物は結構な重さなのに、3つ背負ったモリスは、監督の隣をスタスタ歩く。はるか遠くから僕が、というより、人間の体重を凌駕した量の荷物が続いている。
「ところで、モリス。」
監督は改まった様子で切り出した。
「カタカナでしゃべるのをやめて頂戴。分かりにくいから。ひらがなと漢字でしゃべるの。いい?」
「わかりま巣。これで、胃胃?」
「まあまあだわ、許してあげる。きれいな日本語はアクトレスになるための第一歩よ。忘れないで。」
「肺。」
監督とモリスは、タクシー乗り場についた。監督は早速、一台確保すると、片手を高々とあげ、大きな声で
「セバスチャーン、こっちよ~。」
僕は監督の声に気が付くと、猛スピードで追いついた。
「カ、カントク、僕は安川です。や・す・か・わ。全く名前まで変えられちゃ、たまんないですよ。」
「フン、どうでもいいわね、そんなこと。今、気分が最高にスリジャヤワルダナプラコッテなのよ。」
「す、すじゃー、悪だ、なんですか、それ?」
僕が混乱していると、タクシーの座席からモリスが顔を出して、
「モリス、思うに、スリランカで巣。」
監督は、大きくうなずいた。そして、不必要なほど、サリーの裾をひらりとはためかせながら、車に乗り込んだ。
「荷物つめて、六本木の事務所に行くわよ。」
監督と入れ替わりに、外に出た運転手は、荷物の量を見て、いったん目を見開いたがタンタンと、ギュウギュウ車に押し込んだ。
結局、荷物はトランクに入りきるわけもなく、それぞれのひざの上にも進出した。荷物でいっぱいのタクシー車内。運転手も自分の上にも、落ちて来やしないかと冷や冷やしながらの運転となった。
監督もモリスも、どこにいるのか、いないのか、わからないような状態で、
「やっぱり、ちょっと荷物多いわね。先、帰ろうかしら…」
僕は50センチと離れていないはずの監督にむかって、大きくうなずいた、つもりだったけれど、その動きは実際には2センチほどの小さな動きで、かつ、口は荷物のひもを押さえるために使用中であったため、その意思は監督に届かなかったようだった。数秒後には、
「いいえ、やっぱり、事務所!モリスのカメラテストをやるわ。」
「あ~アア~(えー、帰って荷物の整理)。」
「つべこべ言わない!!」
僕の抗議はむなしく、タクシーは事務所に到着した。監督はバーゲン会場のおばちゃんのごとく荷物をおしのけ、掻き分け、タクシーから自分だけ出てくると、すっきり爽快とばかりに、おすまし顔で言い放った。
「セバスチャン、荷物。」
監督の暴挙によって更に深くなった荷物の海でおぼれそうな僕は、目の前の荷物だけをどうにかこうにか押しのけて、監督に毒づいた。
「はいはい、セバスチャンでもトバスちゃんでも、もう、何でもいいですよ。早く出たい、ああ、苦しい。ところで、監督は全然手伝う気はないんですか?」
「ないわ。カメラテストの準備ができたら、呼んで頂戴。応接室で一休みしてるから。」
ヒラリヒラリと手を振りながら去っていく監督の背中が恨めしい。
僕がやっとの思いで外に出てみると、奥の席でモリスは、さっきまでの僕と同じように首まで荷物に埋もれながら、すっかり熟睡していた。“まったくたいしたもんだ”と半ばあきれながら、モリスをタクシーから引きずりおろした。道路に放り出されても目覚めないモリスを無視して、僕は黙々と荷物の搬入をこなしていった。小一時間ばかり経っただろうか、ふと、見ると、モリスはずた袋に上半身丸ごと突っ込む勢いで、何かを探していた。
僕がやっとの思いで、荷物を片付け、カメラテストの準備が完了したころ、応接室で一眠りしていたに違いない監督とずた袋を引きずったモリスがスタジオに入ってきた。
「モリスのデビュー作は、何がいいかしら。今、撮ってるインドのボートピープルを扱ったものでもいいんだけど…。ちょっと、イメージじゃないのよね。モリス、あなたに何か希望とかってあるの?」
モリスは監督の話を理解できているのか、怪しいけれど、フンフンとあいづちをうちながら、答えらしき言葉を言った。
「モリス、夢いになるため、きた。」
「夢い?あ、有名ね。そう、そうよ。あなたは有名になるわ、とても。そう…。」
監督は一瞬、遠い目をした。それじゃあ、やっぱり戦争未亡人ね。戦争未亡人をやってもらいます。あたしの一番敬愛する檀ふみの再来にしてあげます。」
「オゥ」
モリスも監督も興奮のあまりグリコのポーズになっていた。僕は、ぼそっと
「一番がコロコロ変わるんだよね、前は吉永小百合って言ってたのに。」
監督は僕の小さな声に反応し、
「そのことは、忘れるべきよ!心外、憤慨…。」
「ああ、そーかい。」
監督の言葉を、つい引き継いでしまった。帰って休めるとばかり思っていたので、この重労働には本当に嫌気がさしていたから、すごい形相だったのだろう。監督もそれ以上食って掛かってこなかった。そして、不機嫌な僕を無視すると決めた監督は一転して、優雅にサリーをたくり、ひらひらさせていい感じのムードを作り出した。そして、右手を高々と上げ、腹の底から出るいい声で
「イぇース、メン。モリス、あなたは、これから日本を代表する国際的女優になるのです。戦争未亡人は、その第一歩にすぎないのです。覚悟はできていますね。」
その決めポーズにぐらっときたモリスはスタンディンオベーションだ。
「わんだほー。わんだほーです。かんとく。モリス、やりま巣。なんでも、やりま巣。」
「そう、その意気よ、モリス。」、
モリスは興奮しきって、監督の言葉も耳に入らない様子で、言葉をつづけた。
「モリスはおどります。いちばんのおどり。Dominicのおどり、かんとくの田め、おどる。」
すると、モリスはスタジオの中央に陣取って、背中を丸め、膝を折ると、上から順に折りたたまれるように、小さく小さくなった。しーんと静寂がおとずれるやいなや、小さな丸い塊がゆっくりと回転し始めたのだった。その回転はどっしりと重心が固定されて、まるでそれはろくろの上の粘土そのものだ。監督は神妙そうに頷いている。僕が一瞥して、準備を続けようと、視線を外した途端に、監督からの怒気がとんだ。




