34 ぅ…わん!
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「ぅ…わん!」
と、声が聞こえて、僕は振り向いた。
そして、例の三人組に気が付いた。
「け、刑事さん…?」
「安川さん、やっぱり。ほら、あのモリスさんだって言っただろ。」
「まさか、こんな偶然があるなんて、本当は捜査の一環で拝見したんですけど、踊りがあんまり素晴らしかったから、ひとこと伝えようと思って…。」
二人の刑事は、安西監督の映画を見て以来、モリスのファンになってしまったのだという。
一通りしゃべると、二人は安川の隣の青年が泣いているのに気が付いて、
「あ…お取込み中…でしたね…すいませんでした。」
僕は、とっさに
「あ…ちょっと、待ってください。」
僕は、根角さんの肩をつかんで、少し上を向かせた。優しく聞いた。
「この方たちは、僕の知っている刑事さんだから、一緒に話を聞いてもらいましょう。」
根角さんに反論する力なんて、残ってなかった。ぐずぐずと鼻をすすりながらうなずいたので、僕は改めて刑事さんに呼び掛けた。
「あの、お手数なんですが、このまま楽屋まで来ていただいて…話を聞いてもらえますか?」
「あ、でも、俺たち捜査が…」
と言い出した、幸田刑事を仙田刑事が遮った。
「ひょっとして、その、捜査の件じゃないのか?」
僕は深刻な話になると分かっていたけど、あえて、深刻にならないようにしたかった。
「あ…はい、多分、あの…
犬とネズミって、同席大丈夫でしたっけ?」
根角さんが健在なら、きっと答えてくれただろうけれど…
ちょっとみんなで沈黙していたら、モリスが服をヒラヒラさせながら、
「犬はネズミ様の一番の家来だから、大丈夫―。」
と言った。
刑事二人は振り返って、マック警部を見た。
「お前のせいで、どうもこいつを擬人化してみてしまう。とりあえず、一緒に連れていこう。」
マック警部はまったく気にしていないそぶりで、大物ぶりをうかがわせた。
楽屋に入ってとりあえずは、根角さんに水を一杯飲ませた。
「少し落ち着きましたか?」
刑事たちは黙って成り行きを見守っている。
しばらくたって、
「僕は…」
と根角が語りだした。
名前のせいであだ名がいつもネズミで、子どものころは結構ないじめにあったこと。
でもそれが、もとでネズミに興味を持ち、本で調べ、実際に飼ってみて…そうこうしている間に、ネズミのことなら他の誰よりも詳しくなったこと。
そして、知れば知るほど、世間のネズミに対する評価は不当だと感じるようななったこと。
ネズミが世間的にこんなにまで嫌われなければ、自分の人生は違う結果になったのではないかとずっと思ってきた。
今回、ラットたちがショーに出れないと言われて、世間に復讐したいと思うようになったのだ。さらに、この計画が成功すれば、ネズミが人類より優れているという証明にもなる。誰かの命を奪おうとは思っていなかったけど、もしかして、少しくらい傷ついてもいいんじゃないかと思っていた。
正直、テレビでサイバーテロの疑いが出て、警察や会社の偉い人が大変そうに走り回っているのはザマミロって思ったんだ。
だけど、停電のせいで、転んで病院に運ばれたおばあさんの報道を見たとき、初めて、戦慄した。テロ集団と疑われていることも、だんだん、実感がわいてきて、怖くなった。
僕だけじゃなく、ラットたちも犯人に…もし、捕まったら、殺処分に?
もう、もやもやした気持ちでいっぱいだった。
そんな時、モリスの踊りを見た。
モリスが腕を一振りするごとに余計な情報、余計な感情がひらりひらりと取り除かれていく、本質だけがありありと、存在する状況になった時、そこにあったのは、自分が罪を犯したという事実だけだった。
長い長い根角さんの独白…
僕たちは、聞き入っていた。




