35 そんなことしなくても、最初からネズミ様は王様だったのに
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「そんなことしなくても、最初からネズミ様は王様だったのに。」
モリスが言った。
僕は、また、モリスが変なこと言うから、他の人がいぶかしく思うんじゃないかって心配になったけど、そこにいる全員がフムフムとうなずいたから、逆にえ?そうなの?と疑ってしまった。それがもろ顔に出たんだろうな、幸田刑事が気を利かせて
「あぁ、比喩ですよね。」
と声をかけてくれた。
そう、比喩ね。
モリスは本当にネズミが王様と思っているけどね。
続けて、幸田刑事はいかにも刑事らしい質問をした。
「具体的には、どうやってケーブルを切断したんですか?」
根角さんはずっとうつむいて話していたけれど、少し顔をあげた。
「何かメモがあるでしょうか?」
どうやら、じっくり説明する気らしい。
僕は紙とペンを用意して、みんなを奥のテーブルにいざなった。
根角さんはさらさらと、この周辺の地図を描き、バッテンをつけた。
「現在位置がこの×印です。ターゲットはここからネズミの足で十分の範囲と決めていました。なので、ここに直径12センチの円を引きます。そして、この中で一番太いケーブルがどこにあるか調べました。大量の電気を使う所、もちろん、ここも巨大施設ですから、他の住宅地よりは電力を使いますが、割と自然を利用したアトラクションが多くて、それほどの容量ではなかったのです。そこで、注目したのが、円からすこし外れてしまうけれど、サイバーエージャント社の存在です。」
僕はさっきまでは、本当の意味で根角さんが犯人だと実感できてなかったのだと、わかった。目の前にいるのは、泣きじゃくる気弱な青年じゃなく、ち密に犯罪計画を立てる犯罪者そのものだった。
「ターゲットをサイバーエージェント社と決めたら、あとはケーブルまでの侵入経路を作るだけです。まず、地図を500分の1にした模型を作りました。
そして、ラットたちに該当箇所まで行く道を覚えさせます。本当にわかりにくい数か所に目印になる匂いをつけておきます。
目標箇所まで行き来できるようになるまで、2か月ほど訓練しました。」
もう、根角さんは犯罪者にしか見えない。そんなに根気よく計画を実行していたなんて…
そりゃ、欲しいから盗みました、みたいな万引き犯とは違う…
この人は、どこかで人としての道を間違えている…
根角さんは、まだ、その先を話し出した。
「その後、折り返し地点で、ケーブルを包んでいる塩ビをかじることを覚えさせます。塩ビの下から出てくる金属の匂いも覚えさせたので、後は、切断するまで繰り返すだけです。」
「ああ…。毎日、行かせます。朝昼夜と一日三回行かせます。実際にかじっているかどうか、僕にはわかりませんから、とにかく、なにか起こるまで続けるつもりでした。」
根角さんは、もう泣いていなかった。
自分がやったことを全部言葉にしてからなのか、何かの踏ん切りがついたからなのか、清々しい顔つきに変わっていた。
根角さんは、僕とモリスに深々と頭を下げた。
モゴモゴとまだ何か言っていたけど、刑事さんたちに促されると一緒に警察に行ってしまった。
僕は…思った。
犯罪なんて、テレビの向こう側の遠い遠い所にあると思っていたけど…
本当は人間のすぐ後ろにいつも控えていて、何かの拍子に振り返って見てしまったら、虜になってしまうものなんじゃないかと…。
僕が恐ろしくなって、ブルっとしたところで、モリスがぐいっと寄ってきた。
「で…お願い事はどうやってかなえますか?」
「えっとー、モリスは何の話してる?」
「さっき、根角さんにお願いされたネズミ様のこと。」
「え?何をお願いされたの、え?いつ?僕たちに?」
「ネズミ様の今後をお願いします、って。」
「え?本当?僕聞こえなかったけど、最後にモゴモゴ言ってたあれ?」
「ハイ、モリスにはちゃんと聞こえました。もちろん、頼まれなくとも、すでにモリスはネズミ様の家来になりました。力になりたいと思います。
僕には聞き取れなかったけど、確かに根角さんが言いそうなことだ。
犯罪者だけど、ネズミへの気持ちは本当ぽかったし、モリスに嘘がつけると思えない。
僕は考えこんで、すぐに思い出した。
監督との生活の中で学んだ大切なこと、それは、
「言った、言わない」の論争が一番意味がないってこと。
つまり、言ってても、言ってなくても、
結局大事なのは、僕がどうするかってことだ。
そして、モリスだけでなく僕も…すでにこのネズミたちに情が移ってしまっていたのだ。
もちろん、家来ではないけれど。
とにかく、何とかしてやりたい。
ショーで踊っていた小さいネズミたち、マウスたちはすぐに貰い手が見つかった。
完全にバラバラになるのも忍びなかったので、オス同士とメス同士に分けてもらってもらった。
問題はラット、大きすぎるネズミは、嫌悪感を抱かせる…興味本位で見に来た人も、さすがに引き受けるという所までいかなかった。そして、自分でもぎょっとなるほどの生き物をペットにどうですかなんて、人に勧めることはできない。
そして、なるべくして今に至る。
帰国した監督が見たものは……
一列に並んで、伏し目がちにたたずんでいる安川、モリス、以下ラット……たくさん…
監督は仁王立ちになって一瞥すると、
「分かったわ、ここにおいてあげる」
やったー、と喜ぶ安川。
モリスとラットは、分かっているのかどうか、不明ながらも安川に合わせて、喜んで、ぴょんぴょんしていた。
監督は、その小さな騒ぎを遮るように、トントンと足を踏み鳴らして、高らかに宣言した。
「た、だ、し!
全員、去勢してもらうわよ!!」
僕は戦慄した。
え?まさか、人間は入ってないよね、その全員って……。




