32 シェパードの?
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「シェパードの?」
思わず声が出てしまった。
ダメだ、こんな余計な事考えてちゃ。
集中、集中!!
何かを思い出しかけたけど、ここはあえて、試行を遮断して、舞台に集中することにした。
大丈夫、感覚が戻ってきた。
さあ、幕が上がる。
舞台上のモリスは、やっぱり見事だ。
僕はモリスの動きに合わせて、赤いリボンを繰る。根角さんには動かないほうの端を管理してもらっている。モリスと息を合わせるのは、思いのほか簡単だった。
モリスの踊りは唯一無二という点では個性的なのだけど、
好きとか嫌いを超えたところに存在していて、僕にとっても、おそらく、誰にとっても
「合わない」ということのない踊りだ。
すーぅと心にしみこんでくる。
僕の場合で言えば、忍者が音も気配もなく近寄ってきて、突然心をわしづかみにされるような感覚。リボンを繰るのは、その感覚のまま素直に動かせばいい。
モリスが伸ばした手の先に、僕の手が重なる。
思っていたよりも、ずっとずっと高く高く手が届くんだと、思い知る瞬間。
モリスが僕に合わせているのかと思うくらいに、自然に同じ動きができるのだ。
僕の場合が特別に顕著なのかもしれないけど。
だから、モリスの動きは、一人でも舞台いっぱいいっぱいに広がる。
とてもダイナミックだ。
今日のモリスの踊りは、生き物同士の関わりみたいだ。
支配被支配のように見えて、実はそうではない。
それは、ともにいるように見えて、実はまったく別の次元にいるというような…
たとえて言うなら、アニメーション上でともに関わりあうように動くキャラクターが
実は別々のセル画にのっかっているみたいな感じ。
ショーが終わった。
観客席は静まり返っている。
当然だと思う。
この踊りが与える影響は、視聴後に観客が立ち上がってブラボーとさけぶような
種類のものではないからだ。
じわじわと心にしみてくる。
肩にかかる春の雨のように、染みたのか染みていないのか、自分でもわからないくらいに
自然に、心だけが潤いを感じている人もいれば、雷に打たれたような衝撃を受ける人もいるだろう。
ふと、僕は「この踊りをたくさんの人に見てもらいたい」という衝動にかられた。
それは、一つの使命が下りたような感覚だった。




