15 ウォン!
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「ウォン!」
マック警部がとうとう吠えた!
マック警部以下二名は麻薬疑惑の真相のすぐ目の前に来たと感じた。
これで事件は解決だ!
マック警部が吠えたのは、モリスのバックについていた紐だった。
最初の捜査で発見されなかったのは、この紐が事務所から離れた建物のごみ置き場のドアストッパーに使われていたためだった。
これで、薬物の特定さえできれば、入手先にもおおよその検討がつく。
入手先が判明すれば、ほぼ解決したも同然。
し、か、し、
期待を裏切って、既存の麻薬成分は検出できなかった。
科捜研が他大学の教授数名と協力の上、やっとのことで神経に作用すると思われる成分が検出されたということで、マック警部以下二名は、白衣の先生五人とお見合いするような形で会議室にすわっているのだった。
五人の先生のうち、ひとりは不安そうであったし、一人は唇の端に笑みさえ浮かべかねない様子だったし、また他の人は無表情だった。
マック警部がどう考えたかわからないが、以下二名の方は、十分警戒していた。
「それで、なんだったんですか?」
仙田刑事は単刀直入に問いかける。
「植物性のアルカノイドの一種で天然に存在するのはアルファ型で、これは無害なんですけど、なんの要因か不明ですが、何か・・・熱か乾燥か、植物に対してストレスになるような環境、もしくは、これは本当にまれですが、突然変異の可能性も否定できないんですけど、ベータ型に変化すると、神経に作用し麻薬のような症状が出ます。」
マック警部と仙田刑事は最初の五文字で理解を断念していたが、幸田刑事は、根気よく聞き続けていた。
「簡単に言うと、植物の毒ってことですか?」
「ええ、そうですね。要は、植物が持つ毒性の物質ってことです。」
「では、ケシのような植物ってことですね?」
「いいえ、ケシとは違いますね。この植物は、日本では育たないでしょうし、また、人工的に栽培することも難しいでしょう。それに、これが一番重要な情報ですが、通常のこの植物の状態では毒性はありません。」
「というと?犯罪性は・・・」
「ないでしょう。というか、意図的に毒を作り出すのが不可能です。この植物はコーヒー豆とよく似た味をもつ実をつけます。亜種も違うし、見た目も全く似ていないんですが、味だけコーヒーなのです。だから、ドミニカのある地方では、これがコーヒー飲料水として実際に利用されています。ドミニカ政府にもこの毒による死亡例がないかどうか確認いたしました。死亡例も毒性の報告もありません。監督が飲んだ分だけ、偶然何らかの条件によって毒性を帯びてしまった。それをそうとは知らず長期服用していたというのが、科捜研の見解です。」
「混入の可能性は?」
「未開封の状態のものは日本にはなかったので、ドミニカから20本取り寄せました。それで、検査したところ、8本に、毒性がありました。」
「つまり、未開封なのに、中で変化した?」
「そうですね。」
黙って聞いていた、仙田刑事がおもむろに声をあげた。
「そりゃ、腐ったんじゃないのか?」
「え?」
科学者の先生を含めみんなが仙田刑事を見た。
「腐ったもんを食べるとおなか壊しますよーって、おふくろがよく言ったもんだ。」
仙田刑事は自分に集まった視線をぐるりと見渡し、
「だよね?」とにっこり笑った。
科捜研と協力してくださった先生方にお帰りいただくと、仙田刑事は、自分の肩をさすりながら、もう少しで終わるな、とつぶやいた。
「事件性なしで終わりですか。わざとじゃないですか?」
幸田刑事は納得がいかないような口ぶりで言った。
仙田・幸田両刑事は、署に戻って、マック警部と合流した。
何も、一緒じゃなくても、と渋る仙田を、俺たちはチームですから、と幸田が説得したのだ。
マック警部は、嬉しそうに尻尾を振って、ついてきた。
「どう思います?」
「だから、俺は犬に使われるのは、まっぴらごめんなんだよ。」
幸田は、マック警部の背中を撫でながら、苦笑い。マック警部は、気持ちよさそうに目をつぶっている。
「あ、そっちじゃないです、安西監督の方です。」
しばし、幸田の手元に目線が釘づけだった仙田は、ちょっぴり照れながら、
「ん、そっちか。そっちはだな。」と、続けた。
「心証ではでは、あの監督は黒だよ。麻薬作用があると知ってて服用したんだ。何の麻薬かは、分かってなかったと思うけど、麻薬と思って服用したんなら、それはそれだけで、罪だと俺は思う。そして、あの人はその罪も甘んじて受けるつもりだったんだろう。最後の安川との会話、覚悟してる感じだったから。」
「死をもって、償うって奴ですか?」
「死ぬまで、考えたかどうか…実際中毒で死にかけたから、自分の体の感じからは、ひょっとしたらそこまで覚悟してたかもしれないけどな、実際にかけたのは監督としての死だよ。犯罪者になったら、監督として終わるだろ。」
幸田は仙田が所在なさげに、手を組んで顎に持っていくのを見ると。
「あれ?もしかして、仙田さん、あの監督のファンでした?」
仙田はがばりと立ち上がり、
「お前は、捜査のイロハもなっちゃいないのに、どうしてそんなところだけ勘が働くんだよ!」
と、叫んだので、マック警部がどうしたの?というように、斜めに仙田を見上げた。
秘密にしていたタガが外れた仙田はそれから、2時間にわたって、安西監督の映画について、幸田とマック警部にみっちり講釈を叩き込んだ。




