15 良くないことも…
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「良くないことも…。」
このところ、監督が麻薬疑惑で警察の取り調べを受けてるって報道がワイドショーで盛んに流された。たまたま、大きな事件がなかったんだろうか…。
「業界を蝕む薬物汚染」の特集のはじっこに、監督が現在進行形で疑われてることがばれて、作品や顔写真がTVで流れてしまった。
「疑い」で捜査の時間が長いことも、少しだけテレビの人の興味を引いてしまったみたいだ。
まだ、個別に取材が来るってほどじゃない。
ドキュメンタリーを愛する、もしくは、よく知る人の層の薄さが幸いしたんだろう。
事務所に苦情の電話がかかってきたわけでもない。
だから、大丈夫とタカをくくっていたら、別方向からドカンと来た。
言いずらいことだったから、あえて、なのかな、今朝、プロデューサーから留守番電話にメッセージが入っていた。
このご時世に留守番電話!
確かに監督は、まだ、固定電話も携帯と同じくらい愛しているけど…
このいい声で話すプロデューサーもそうなのかしら…
とにかく、このいい声で発せられた良くないお知らせは、こうだ。
このスキャンダルで、大部分のスポンサーが降りちゃって、残ってるところで渋谷のミニシアターを確保するので精一杯だった…と。
僕はそれを残らず、監督に伝えた。まだ、体調も良くないから、がっかり、させたくなかったけど。
そしたら、存外監督は全然へっちゃらのように言ったのだ。
「そう、そんなに良くないことじゃないわ。」
強がってるのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
監督はこう続けた。
「大丈夫、ロードショウになるわ。だけど、いったん降りたスポンサーに二度目はなしよ。インドのスポンサーにこっちに乗り換えるように言ってみて。」
僕は、息が詰まった。それは・・・。
「監督・・・。監督にとって、この映画はそれほどですか。これで、終止符を打つほど?インドだって、スポンサー降りたら、撮れないじゃないですか、それって・・・もう映画はなしってことでしょう?監督が、途中で投げ出すわけないじゃ・・・」
最後は少し涙が出てしまった。監督は、ばれたかというように、テヘペロっとすると、
「そうね、ごめんなさい。ごまかして済む問題じゃなかったわね。これが最後だわ。わかっていたの。刑は確定するわ、分かってたもの、それに、体がもたない、薬って…怖いわね。」
安川は、ぐっとおなかに力を入れて、握りこぶしを作った、涙をこらえるためだ。
「監督は、素晴らしい監督にしか見えません。いつも、監督は人間である前に映画監督でした。」
「ちょっと、ちょっと、棘のある言い方だけど、まあ、いいわ。そう、アタシはちっとも誇りを失っちゃーいないのよ。確かに薬に負けたわ。でも、イーじゃない。そんなところも嫌いじゃないもの。」
重い内容を軽く吹き飛ばすように、監督は大きく伸びをした。そして、また、ロッカーの鍵を僕の目の前でチャリチャリいわせた。
「またですか?」
「そうよぉ~。休めると思ったの?すぐ、行って。すぐ、とりかかって。」
監督は、ゆっくりと目を閉じた。
細くて意外にも繊細な長い指が内側から外側に数回揺れる。




