第8話 僕を信じる彼女と、僕を捨てたパーティー
宿屋を出て冒険者ギルドへ向かう道中も、ブレンダは僕のすぐ隣をくっついて歩いていた。人通りの多い通りに出ると、彼女は自然な動作で僕の手を握る。僕が驚いて顔を向けても、彼女は涼しい顔をしていた。
「はぐれたら困るからな」
「さすがに、はぐれないと思うけど……」
「念のためだ」
それ以上は何も言えなかった。握られた手から伝わる温もりが、どうしようもなく嬉しかったからだ。
冒険者ギルドに着くと、受付の職員が僕たちを出迎えた。
「お2人で依頼を受けられるのですね。パーティーは結成されていますか?」
「いえ、まだです。これから登録したいと思っています」
「それでしたら、先にパーティーの登録をお願いします。代表者をお決めください」
代表者、と言われて僕は少し考えた。ブレンダは元騎士団の副団長で、実力だけなら僕とは比べものにならない。
「私はノーランにやってほしい」
「そう?」
「ああ。私もここには来たことがあるが、実際に冒険に出たことはない」
「分かった」
確かに、依頼を選び、計画を立て、必要な手続きを進めるのは僕の役目になるだろう。彼女もそれを望んでくれている。
「僕が代表者になります。名前はノーラン・トッドです」
「分かりました。では、パーティー名をお願いします」
パーティー名。そんなものを考えたこともなかった僕は、思わずブレンダを見た。彼女は少し考えるように目を伏せてから、そっと僕の手を握った。
「……陽だまり(ソラリア)、というのはどうだろう」
「陽だまり?」
ブレンダは照れくさそうに微笑んだ。いつも凛としている彼女が、こんな表情を見せてくれることが嬉しくて、僕はその顔をじっと見つめてしまった。
「私にとって、ノーランは陽だまりみたいな存在だから」
その言葉を聞いた瞬間、胸がいっぱいになった。ブレンダは僕のそばで安らげると言ってくれた。僕といることに意味があるのだと、まっすぐ伝えてくれた。
「……僕も、そんな場所になれたら嬉しい」
ようやく絞り出した言葉に、ブレンダは優しく目を細めた。
「もう、なってくれている」
頬が熱くなって、うまく顔を上げられなかった。
すると受付の職員が、早くしろとでも言うように咳払いをした。
「すみません、『陽だまり(ソラリア)』でお願いします」
「それでは、パーティー名は『陽だまり(ソラリア)』で登録しますね」
手続きが終わると、僕たちは正式にFランクパーティー『陽だまり(ソラリア)』の一員となった。
それから僕らは依頼掲示板に目を向け、貼り出された依頼書を順番に確認していく。薬草の採取、街道沿いの荷物運び、農場の手伝い。
討伐依頼もあるけれど、今の僕たちが手を出せるものではなかった。
「ブレンダ、僕たちはまずFランクから始めることになる。だから報酬が高くて危険な依頼は選べないんだ」
「分かった。依頼の選び方はノーランに任せる。冒険者としての仕事については、お前のほうが詳しいのだろう?」
「そう言ってくれると助かるよ」
確かに、以前のパーティーでは戦闘以外のことをほとんど僕が担当していた。依頼先までの道のりを調べ、必要な道具をそろえ、食料や薬品の残量を確認する。魔物の出現情報を集めて、危険を避けるための計画も立てていた。レックスたちは、そんな仕事を誰にでもできる雑用だと言っていたけれど……。
ブレンダは僕の手を握ったまま、真剣な顔で言った。
「戦う者が剣を振るえるのは、準備を整えてくれる者がいるからだ。必要な道具がなければ戦えないし、食料や薬が尽きれば、どれほど腕が立っていても危険にさらされる。ノーランは、それをずっと担っていたのだろう?」
「……うん」
「なら、私はノーランの判断を信じる。私が前で戦うから、ノーランは後ろから支えてくれ。お前がそばにいてくれるなら、私は安心して剣を振るえる」
その言葉を聞いて、胸の奥がじんわりと温かくなった。以前のパーティーでは、僕が準備をしても誰も気に留めなかった。うまくいって当たり前で、失敗すれば僕の責任。役に立っていると認めてもらえたことなんて、ほとんどなかった。
それなのに、ブレンダは僕の仕事を必要だと言ってくれる。僕に任せると、迷いなく信じてくれる。
「……ありがとう、ブレンダ」
彼女は僕の手をきゅっと握り直した。嬉しさで顔が緩みそうになり、僕は慌てて依頼掲示板へ視線を戻した。
僕たちは相談しながら、薬草採取の依頼を1つ選んだ。指定された薬草は低レベルのダンジョンで採取でき、出没する魔物も少ない。報酬は決して高くないけれど、今の僕たちが無理なく達成できる依頼だ。
まずは確実に実績を積み、Fランクから上がっていくのがいいだろう。
●レックス視点
「ぐあっ!」
魔物の爪が俺の腕をかすめ、鋭い痛みが走った。剣を握る手に力が入らず、俺は思わず顔をしかめる。
「レックス、右だ!」
戦士ヴォルクスの叫びに反応し、俺は剣士としての反射で魔物の攻撃を受け流した。直後、ヴォルクスが大剣を振るい、魔物を押し返す。黒いローブをまとった魔法使いオラクルが攻撃魔法を放ち、ようやく最後の1匹を仕留めた。
「くそっ! たかが魔物相手に、なんでこんな苦戦するんだよ!」
俺たち『黒太陽』はSランク冒険者パーティーだ。こんな場所で傷を負うなんて、本来ならありえない。
「レックス、傷を見せて!」
金髪を三つ編みにした治癒術師メルシーが駆け寄ってきた。彼女は俺の腕を確認し、治療魔法を使おうとしたが、すぐに表情を曇らせた。
「魔力がもう限界……」
「はあ? 治療薬は?」
「治療薬も包帯も、もうほとんど残っていないわ」
「ちゃんと準備したんだろ!」
「必要な量がわからなかったのよ! いつもノーランが管理していたから……」
「その名前を出すな!」
俺は思わず怒鳴った。
そもそも、ここまで苦戦している原因は道を間違えたことにある。出発前に地図を確認したはずなのに、魔物の縄張りを避ける道がわからず、気づけば群れの中に踏み込んでいた。
以前なら、ノーランが地形や魔物の情報を調べ、安全なルートを用意していた。食料や薬品の数も管理し、荷物まで必要なものだけに絞っていた。俺たちは何も考えず、用意された道を進めばよかったのだ。
「レックス、ぼさっとするな!」
戦士ヴォルクスの声が響く。別の魔物が飛びかかってきた。俺は剣士として剣を振るったが、負傷した腕に痛みが走り、攻撃を受け止めきれなかった。鋭い爪が脇腹をかすめ、俺は地面に膝をつく。
「ぐっ……!」
魔法使いオラクルも魔力を消耗し、肩で息をしていた。治癒術師メルシーは俺たちの傷を治そうとしているが、薬品が足りず、十分な処置ができない。
結局、俺たちは全員が傷を負いながら、どうにか魔物の群れを退けた。
「……なあ、レックス。俺たち、今までこんなに苦労してたか?」
大剣を地面に突き立てた戦士ヴォルクスが、疲れ切った顔で尋ねてきた。
「してねえよ……!」
俺は傷ついた腕を押さえながら、吐き捨てた。
そうだ。こんなことはなかった。道に迷うことも、必要な薬が足りなくなることも、荷物のせいで動きが鈍ることもなかった。
全部、ノーランが裏で片づけていたからだ。
だが、認めるわけにはいかなかった。あいつは戦えない役立たずだった。そんな奴がいなければ成り立たないパーティーなど、あってたまるか。
「俺たちはSランク冒険者なんだぞ!」
俺は自分に言い聞かせるように叫んだ。
しかし、傷の痛みは消えなかった。治療薬も包帯も足りず、俺たちは応急処置だけで帰り道を探すことになった。




