↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
役立たずと追放された僕が傷ついた女騎士の居場所になったら、命懸けで愛されるようになりました  作者: 座間あぜん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/22

第4話 初夜

「今夜だけでいい。そばにいてくれないか」

「……え!?」


思わず声が裏返った。ブレンダさんは僕の袖をつまんだまま、じっとこちらを見つめている。赤い瞳には先ほどまでの鋭さがなく、見捨てられることを恐れる子供のような不安が浮かんでいた。


「えっと……、僕もこれ以上は大したことはできませんけど……」

「何もしてくれなくていい。ただ、そばにいてほしいんだ」


その声を聞いて、僕は返事に困った。元騎士団副団長といえば、きっと大勢の部下を従え、誰からも頼りにされていた人だ。そんな人が、出会ったばかりの僕にここまで頼み込むなんて思わなかった。


けれど、先ほどの彼女の姿を思い出すと、断る気にはなれなかった。3人の男たちに囲まれ、何度殴られても立ち上がろうとしていた彼女。僕をかばったときの声も、今にも消えそうなほど弱々しかった。


「……分かりました。僕でよければ、ここにいます」


そう答えると、ブレンダさんの指から少しずつ力が抜けた。


「すまない。ここは君の部屋だったな。迷惑をかける」

「気にしないでください」


本当は疲れていた。殴られた頬は痛むし、体を動かすたびにあちこちがうずく。できることなら、今すぐベッドに倒れ込んで眠りたかった。それでも、彼女を1人にして部屋を出る気にはなれなかった。


僕は椅子をベッドのそばに寄せ、腰を下ろした。


「よければ、一緒に寝てほしいんだが……」

「……えぇぇえええええっ!?」


思わず大声を上げてしまった。ブレンダさんは顔を赤くしながらも、真剣な顔で僕を見つめている。冗談を言っているわけではなさそうだった。


「い、いや、あの……。一緒にっていうのは、つまり……」

「同じベッドで眠ってほしい。駄目だろうか」

「駄目というか、その……僕たち、今日会ったばかりですよね?」

「だめか?」


彼女は僕の袖をつかみ訴えている。


「……すまない。1人になると、どうしても落ち着かないんだ。目を閉じると、あのときのことを思い出してしまう」


そう言って、ブレンダさんは目を伏せた。さっきまでのやり取りで、彼女がどれほど追い詰められているのかは分かっていた。ここで断ったら、また1人で苦しむことになるのかもしれない。


「……分かりました」


ブレンダさんは、ようやく少しだけ表情を和らげた。


というわけで、僕はブレンダさんと触れ合う距離で一緒の布団に入った。





「…………」


近い。とにかく近い。


横になった僕のすぐ隣に、銀色の髪が広がっている。彼女が呼吸するたびに、胸がゆっくりと上下するのが分かった。女性と同じ部屋で過ごすだけでも緊張するのに、まさか同じ布団で眠ることになるなんて、今朝の僕に教えても絶対に信じないだろう。


目を閉じてみるけれど、眠れる気がしない。


隣から伝わってくる体温が気になって仕方がない。少しでも動けば触れてしまいそうで、寝返りを打つことすらできなかった。僕は体を硬くしたまま、天井を見つめ続けた。


一方、ブレンダさんはすぐに眠りについたようだった。先ほどまで不安げに僕の袖をつかんでいた指も、今は布団の上に置かれている。ようやく安心して眠れたのなら、それはよかったと思う。僕が眠れないくらい、どうということはない。


そう自分に言い聞かせながら、どれほど時間が経っただろうか。


「上からの命令だ……」


隣から苦しそうな声が聞こえた。


僕は慌てて顔を向けた。ブレンダさんは目を閉じたまま、シーツを強く握りしめている。額には汗が浮かび、呼吸も乱れていた。眠っているはずなのに、何かから逃れようとするように体をこわばらせている。


「ブレンダさん?」


呼びかけても返事はない。


「違う……! これ以上、死人を出したくない……!」


彼女の唇が震えた。必死に何かを訴えている。きっと戦場の夢を見ているのだろう。撤退を命じたときのこと。自分の判断で仲間を失ったと思い込んでいること。彼女が背負ってきた苦しみが、眠っている間も心を縛りつけているのかもしれない。


「ブレンダさん、起きてください。ここは戦場じゃありません」


僕は肩にそっと手を置いた。けれど、彼女の体は震えたままだった。


「もう大丈夫ですよ。あの男たちもいません。ここには僕しかいませんから!」


声をかけると、ブレンダさんの目が勢いよく開いた。赤い瞳が不安げに揺れ、僕の顔を見つけるなり、彼女は荒い息を繰り返しながら手首をつかんだ。


「……ノーラン?」

「はい。僕です」

「そう、か……。夢……」


彼女はようやく息を吐いた。それでも、手は僕の手首をつかんだままだった。少ししてから慌てて手を離した。


「すまない。起こしてしまったな」

「謝らなくていいですよ。怖い夢を見たんでしょう?」

「……ああ」


ブレンダさんは顔を背けた。僕から表情を隠すようにして、唇をかみしめている。


「あれは夢ではない。私が実際に経験したことだ。仲間たちが倒れていく姿も、私が撤退を命じたことも、すべて現実だった」


彼女の声は静かだった。けれど、布団を握る指には力がこもっている。


「私は、生き残ってしまった」


その言葉を口にした途端、彼女の頬を涙が伝った。


「私が死んでいれば、みんな納得したのだろうか。私があの場に残っていれば、仲間を救えたのだろうか。何度考えても答えは出ない……」


僕には、彼女の苦しみを完全に理解することはできない。大切な仲間を失ったことも、命令を下す立場に立ったこともない。あの戦場にいたわけでもない僕が、無責任に「あなたは悪くない」と言い切ることはできなかった。


それでも、1つだけ伝えたいことがあった。


「ブレンダさん。あなたが生きていてくれて、僕はよかったと思います」


彼女の動きが止まった。


「僕には、戦場で何が起きたのか、詳しいことは分かりません。ブレンダさんの判断が正しかったのか、僕が決めることもできません。でもブレンダさんが死んでいたら、僕は今日、あなたと会って、こうやって話すこともできなかった」


僕は彼女の手を見つめた。細かな傷が残るその手は、きっと大勢の人を守るために剣を握ってきたのだろう。今は剣を握る力さえ残っていないように見えるけれど、それでも、彼女は僕を守ろうとしてくれた。


「僕は、あなたが生きていてくれてよかったです。僕も、追放されたその日に1人でいるのはつらかったので。ブレンダさんがそばにいてくれて、救われてます」


本心だった。今日、僕はすべてを失った。帰る場所も、お金も、仲間もなくなり、自分には何の価値もないのだと思い知らされた。それでも、今こうしてブレンダさんと話していると、少なくとも僕たちは互いに1人ではないのだと思えた。


彼女の指が、そっと僕の手のひらに触れた。


「……ノーラン」


ブレンダさんは僕の顔を確かめるように見つめた。何かを言いたそうに唇を動かしたものの、うまく言葉にならなかったらしい。やがて彼女は、小さく「ありがとう」とつぶやいた。


次の瞬間、ブレンダさんの頭が僕の胸元に寄せられた。


「えっ、ブブブブ、ブレンダさん!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。